「内定通知→受諾」をめぐるリスク転職を阻む意外な落とし穴(11)

転職する際に重視することは何か。給料、希望職種、経営者のビジョンや方針、スキルアップ支援など。しかし、いざ転職する場合に、そんなこととは関係なく、思いもよらぬことで転職を断念しなければならないことがある。そんな例を、毎回キャリアデザインセンターのキャリアコンサルタントが紹介する。

» 2004年10月07日 00時00分 公開
[山田理人キャリアデザインセンター]

最終面接終了後、その場で採用通知にサイン

 紆余曲折を経た結果、やっとのことで応募企業から「内定」を勝ち取ったときはうれしいものです。しかし、有頂天になって安易に内定を受諾したことで、思わぬトラブルに発展するケースが最近後を絶ちません。

 前回(「第10回 退職したいと申し出た後のトラブル対処法」)は、退職交渉にまつわるリスクを説明しましたが、同時並行し、密接に関係するものとして、この「内定受諾」というプロセスがあります。これらの交渉・手続きは重要かつ繊細です。それにタイミングが非常に重要なのです。いくら本命の企業であっても、正式な内定受諾の返事をする際には慎重を期すべきでしょう。つい最近も、洒落にならない「思わぬ」ケースがありました。今回はそんな事例を中心に紹介します。

 中堅システムインテグレータ(SI)でプロジェクトリーダーを務める石村さん(仮名)は、あるパッケージベンダーA社の求人に応募し、2回の面接を経て、プロジェクトマネージャ候補として見事内定を勝ち取りました。2回目の面接後、その場で内定通知をもらうことができたのです。通知には約1カ月後からきてほしいとの規定があり、面接をした社長はもしよかったらいま返事を聞かせてほしいといってきました。

 石村さんからすると条件は希望にかなうものでしたし、現職の会社も多分、問題なくやめられるだろうと判断し、その場でサインして社長と握手して別れ、喜び勇んで私に連絡をしてきました。

 しかし私は、現勤務先に退職の意思表示もせずに入社日を決定しまったことに不安を覚えました。そしてその不安は最悪の形で的中したのです。

内定受諾後の辞退で損害賠償

 石村さんは翌日、勤務先に退職の話を切り出しました。ご本人は退職の交渉も「何とかなるだろう」と考えていましたが、上司は必死の慰留をしてきたのです。「君はわが社に必要な人材だ。残ってほしい。希望は聞くから」といわれ給料のアップと、希望の仕事ができる部署への異動が確約されました。石村さんはこんなに自分が今の会社で必要とされていることに感動し、「やっぱりこの会社に残ろう」とあっさり翻意をしてしまいました。

 その日の夜、「申しわけないが、今回の話はなかったことにしてほしい」とA社に電話を入れたところ、A社の社長は烈火のごとく怒り、「何をいまさらそんなことを言っているんだ。きみが入社を決めたからプロジェクトを受注してしまった。いまからキャンセルなどできない! キミの業務知識が要になるプロジェクトなのだからきてもらわないと困る。そもそも内定通知にサインしておいて断るとはどういう神経をしているんだ! もし入社できないのなら今回かかった費用を請求させてもらう」と、石村さんに詰め寄ったのです。

 結局、われわれの必死の説得により、なんとか損害賠償の件は取り下げてもらったのですが、石村さんにとっては何とも後味の悪い結果となってしまいました。当然、内定は取り消され、しかも現勤務先に残留の意思を表明した途端、なんと昇給の話もなくなったのです。

 規模の大小にかかわらず、中途採用をしている企業は重要なポジションの人材を採用する場合、その成否が会社の浮沈を握るケースも少なくありません。安易な内定受諾後の入社辞退は非常に重いトラブルに発展することを肝に命じるべきでしょう。

「内定」その時考慮すべきこと

 石村さんのケースは結局、現職先から昇給&異動の打診があった結果、転職をとどまったという事例ですが、そのほかに内定受諾を決める前に考慮しておくべき点があります。

(1)家族の同意は本当に得られているか?

 家族に内緒で転職活動し、合格した後で伝えればいいと考えている人が意外と多いようです。例えば内定受諾の返事をした後に家族に相談したところ、奥さまの父から大反対に遭い、翻意をした結果トラブルになったケースがありました。最低でも内定受諾前に、奥さま、恋人、両親(奥さまの方の両親も)に相談し、同意を得ておくべきでしょう。

(2)生活環境にどのような変化があるか想定できているか

 福利厚生の充実した企業だと、住宅ローンの金利が優遇されているケースがあります。転職することで借り換えが必要になり、審査を待っている間に内定先の企業から「もう待てない」と返事を迫られ、泣く泣く辞退、などというケースもありました。収入に関して、転職を通じてどのような変化が起こるのか慎重に検討すべきでしょう。

(3)現職には何があったら「とどまる」のか?

 石村さんのケースもそうですが、もしいまより年収が上がったり、業務が変わったら、自分はひょっとしていまの会社にとどまるのではないかということ、しっかり考えておくべきです。つまり、どんな条件ならばいまの会社に残るのか。その点は転職活動をする前に考えておくべきでしょう。異動できれば、という条件であれば、まずその実現の可能性、方法を考える方が先です。

 最後に、内定受諾の返事をするのは退職意思表示をしてからにすべきなのは明白です。皆さんも気を付けて転職活動を行ってください。

著者紹介

山田理人(やまだりひと)

神奈川県出身。1998年早大卒後、金融機関の営業職を経て2000年にキャリアデザインセンターへ入社。2001年より人材紹介部門に所属、カウンセリングと企業採用窓口の両方を兼務。採用現場から得られる豊富な企業情報や業界知識と、採用側の事情を知り尽くしたカウンセリングには定評がある。ITエンジニアに対して「思いもよらぬ」キャリアを提案することが得意だという。



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