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第26回 転職を思いとどまらせた上司のデカいひと言

Tech総研
2006/4/25

ごくまれにではあるが、上司のひと言で転職を思いとどまるケースがあるという。その選択が正しいかどうかは本人のみぞ知ることではあるが、率直なひと言が部下の心を打つこともあるようだ。上司と部下の関係を考えさせられる。(Tech総研/リクルートの記事を再編集して掲載)

 

内定獲得後
内定を辞退させた理由は「止めない」「部署変え」「感動させた」

 今回のアンケート調査はエンジニア約4200人に配布。転職活動経験のある約2200人のうち、110人が「上司の言葉や行動で転職をやめた」と答えている。これだけでも予想以上の数だったが、最も少ないと思われた「すでに得ていた内定を断った」エンジニアが31人と、転職活動の各段階別では一番多かった。その決断をさせたひと言の内容を大別すると、転職を止めない、部署異動させる、部下を感動させたの3つだった。

1.無理に転職を止めず、部下の気持ちに任せてくれた

上司のひと言
2つ上の上司 部長から

転職を止めはしないが、おまえは絶対に必要だ。ポジションは空けておくからいつか戻ってきてくれ。

それまでの経緯

会社もそうだが業界全体の将来に不安があり、長く続けられる仕事を探して転職活動をした。内定を得て退職意思を伝えたら、部長はかなり親身になってくれ、私への思いやりが感じられた。とてもうれしく、会社にとどまることを決意した。
オープン系SE(28歳)

上司のひと言
直属の上司 課長から

この会社でまだまだやりたいことができる。そうおまえが思うなら、転職はやめた方がいい。

それまでの経緯

学生時代に慣れ親しんだ街で自分の経験を十分に発揮できる求人が、日本を代表する大企業からあった。内定の報告をすると上司は努めて冷静に話を聞き、真摯(しんし)に自分の考えを語ってくれた。私は、現在の会社にいる価値と住環境を変えてやり直す価値とは次元が異なり、判断できないと思った。それならば会社にとどまろうと決めた。
プロセス開発(31歳)

上司のひと言
3つ上の上司 部長から

辞めることはいつでもできる。大事なのは、やり残したことがないかどうかだ。

それまでの経緯

現在の職場では先行きがまったく見えず、不安から転職を考えた。部長は直接的に「残ってほしい」というニュアンスでは話さず、いまの職場で自分のしたいことをすべて終えたのかどうかと聞いてくれた。内定は断った。
運用・サポート(25歳)

上司のひと言
2つ上の上司 部長から

いまの職務でも知識を得られる立場にする。それから転職するのでも遅くないし、準備期間としてもちょうどいいだろう。

それまでの経緯

金融業界関連のエンジニアとしてテクニカルサポートをしてきたが、金融業務自体に興味を持った。部長は周りに悟られないように振る舞い、違う業界に転職しようとする自分に考える時間を与えようとしてくれた。転職はやめた。
運用・サポート(32歳)

2.よほどの度量がないと断言できない部署の異動を約束してくれた

上司のひと言
3つ上の上司 経営層から

おれが全部の面倒を見てやる。

それまでの経緯

直属の上司に嫌われて、実績とは関係なく人事評価を落とされ、後輩の方が先に昇進する始末。仕事は気に入っているが職場の人間関係が退職理由だと伝えたら、同じ仕事ができるまったく別の環境を用意してくれた。この上司はもともと社内で唯一尊敬できる人であり、この人のためにやってやろうと思った。
社内SE(31歳)

上司のひと言
直属の上司 課長から

おまえが思っている以上におれはおまえを買っている。ほかの部署でどうだ。

それまでの経緯

当時の業務で自分の可能性の限界を感じ、ほかの業務に適性があると感じていた。しかしこの言葉で、現状の業務に適性がないと思うなら、まずは社内での部署変えを希望すればよいと思った。内定は断った。
ミドルウェア開発(32歳)

上司のひと言
所属していた親会社の上司 部長から

開発がしたいならポストは準備する。戻ってこい。

それまでの経緯

指揮系統がはっきりせず現場任せの子会社で、何ごとも親会社のいいなり。期待して仕事を依頼してくる顧客に申し訳なくなり、ほかの会社に移って以前やっていた開発をしたくなった。しかし私の意思が伝わると、上司は迅速に根回しをしてくれた。初めて、人間関係や恩という言葉を意識した。
コンサルタント(39歳)

上司のひと言
海外勤務時代の上司 課長から

やりたいことをやればよいが、おまえが絶対打ち込めるプロジェクトが近いうちに立ち上がる。ちょっと待ってみないか。

それまでの経緯

25歳から3年間海外勤務を経験し、海外畑でキャリアを積みたいという強い希望があった。しかし希望は通らず、公私共にお世話になっていた昔の上司に相談した。信頼している先輩であり、一緒に頑張ろうといわれて心が動いた。
汎用機系SE(39歳)

3.自分のことをここまで考えてくれる人がいると気付かせてくれた

上司のひと言
直属の上司 係長から

おまえが内定をもらった会社をいろいろ調べてみたが、いまよりいいところは1つもないぞ。おれは絶対に見過ごせない。

それまでの経緯

当時の課長とウマが合わず、最低の査定を付けられたことを人づてに知って転職活動を始め、内定を得た。上司に退職の意思を伝えると、このように熱心に語ってくれた。考えた末、この人にしばらく付いていこうと思った。
半導体設計(37歳)

上司のひと言
2つ上の上司 部長から

そんな寂しいことをいうな。上司としてではなく、個人としてとどまってほしい。

それまでの経緯

営業部門へ異動になったが、業務内容が自分と合わなかった。過去にプロジェクトの上司だった部長に退職の意思を伝えたところ、2人だけの会議室でこういわれてグラっときた。過去の仕事、打ち上げ、プライベートでの交流などを思い出し、1週間後に残ることを報告した。
オープン系SE(38歳)

上司のひと言
3つ上の上司 部長から

5年待て。君ならポジションも上がり、仕事も面白くなる。おれの言葉を信じろ。

それまでの経緯

年功序列の会社に嫌気が差して転職を考えた。しかし、上司の言葉を聞いて信じる気になった。5年間は精いっぱい働いてみようと思った。
ネットワーク設計(30歳)

上司のひと言
直属の上司 課長から

君はおれに似ているから分かる。自信を持てる柱を1つつくって、それをベースにお客さまと話せばいいんだ。

それまでの経緯

社内外の人間関係がうまくいかずに、出社拒否症になっていた。課長は気さくにコーヒーショップに誘ってくれて、2人で並んで話した。実は私もこのようにお客さまに接したいと思っており、また、自分のことをここまで考えてくれている人がいたと知って、内定を断った。
コンサルタント(36歳)

「上司の言葉」で転職活動をやめたエンジニアは5%

 今回アンケートに回答してもらったエンジニア4202人中、「転職を考えたことがある」が3422人、そのうち「転職活動をした」が2218人だった。この人たちに「転職をやめた理由」を最大3つまで答えてもらったところ、「上司の好意的な言葉や行動に気持ちを動かされた」人が110人という結果となった。

 最も多かったのは「魅力的な企業が見つからなかった」で、次が「応募条件に当てはまらなかった」。つまり、「できれば転職をしたかった」人がかなり多い。

 そんな状況の中で、「上司の言葉」は異色だ。そんなこと(?)で転職をやめる、ましてや内定を辞退するなど、信じられないと思う人もいるだろう。実際、Tech総研に寄せられる読者の声も、上司への不満を語ったものが数多い。しかし、5%のエンジニアが、これで転職活動を中止したのだ。やはり上司の存在は「デカい」。

図1 転職活動を途中でやめた理由(最大3つまで)

 

転職活動中
中途で転職活動をやめさせたのは上司の本気モード

 ここでの「転職活動中」とは、封書や電子メールでの履歴書・職務経歴書の送付から、幾度かの面接を経て内定前の最終面接までのいずれかの段階に進んだということ。まさに活動の真っ最中なのだが、上司の言葉はそんなエンジニアを止めた。

上司のひと言
直属の上司 課長から

今日からおれが課長になった。いままでの残業代は全部精算し、仕事はすべてリセットする。

それまでの経緯

残業が月に150〜200時間あったが、21時以前の残業代は支払われず、遅刻は厳禁。体の危険も感じて転職活動を始めたが、上司の言葉を信じて面接前に転職活動をやめた。その後残業代はきちんと精算され、課の体制も変わり、残業時間も月50〜60時間になった。この人の印象は「切れる人だが穏やかで笑顔」だ。
FAE(26歳)

上司のひと言
2つ上の上司 部長から

皆同じことを考えている。ただ、次のプロジェクトを最後までこなせば、相当のスキルが付く。

それまでの経緯

会社の業務方針に不安を覚えて転職活動を始め、最終面接までいっていた。部長に話すと、「少なからず皆が同じことを考えている」といわれ、その後でこう励まされた。実際に2、3年とどまっても、キャリアとして無駄にはならないと思った。
オープン系SE(30歳)

上司のひと言
2つ上の上司 課長から

転職もいいが時期はいまじゃない。もう少しここでスキルをためてから考えた方が良くないか?

それまでの経緯

転職活動と同時に進めていたスキルアップのためのスクール通いの計画を真剣に聞いてくれ、時間配分を上手にすれば通ってもよいと了承してくれた。転職活動ではほかの企業の面接を受け、確かにスキルが足りないと気付かされていた。2次面接に行くのが不安にもなり、上司の言葉を重く受け止めた。
社内SE(37歳)

上司の上司、その上の人たちも自分を見ていた

 アンケートでは「自分から見た上司の地位」と「役職」も尋ねている。上司のひと言の上に「2つ上の上司 課長」などとあるのがそうで、声を掛けた人が直属の上司に限らないという前提による。

 それでも、「転職を思いとどまらせるひと言」を掛けるのは、直属の上司が圧倒的に多いだろうと考えていた。なぜなら、本人の性格や業務内容を最もよく知るのも、内定者が退職の意思を伝えるのもこの人だからだ。しかし直属の上司は回答数の半分にも満たなかった。先に情報を得たのが上の上司だったのか、「この問題は係長には任せられない」などとして乗り出してきたのか。

 いずれにせよ、普段はさほど接する機会のない上の上司が、思った以上に自分のことを見て、考えていてくれた。そんな事実と彼らのひと言が、転職を思いとどまらせる大きな要因になっているようだ。

図2 自分から見たその上司の地位

 

転職準備段階
実際の転職活動を始める前だが、気持ちは上司に届いていた

 ここでの「転職準備段階」とは、単に転職を考えただけでなく、転職サイトや転職情報誌、企業のWebサイトなどで転職情報を調べたり、転職サイトや人材紹介会社に登録した人のこと。いわば転職活動の初期段階だが、コメントからは回答者の意志の固さが目立った。

上司のひと言
直属の上司 チームリーダーから

それでもいいから試験は受けろよ。転職するにしてもこの資格がある方が得だ。

それまでの経緯

開発業務で大きな成果を挙げて、期待されていると思っていたら、単純なデータ取得作業の業務に就かされた。ややうつ状態になって転職を考えている最中に、会社の補助で受ける資格試験の話があり、押し問答の末に「辞めるので必要ないです」といってしまった。自分の負担が増えることが明らかなのに、上司は試験を勧めてくれた。この人を支えたいと思った。
プロセス開発(30歳)

上司のひと言
4つ上の上司 社長から

おまえに辞められたら困る。いまの不満や不安は絶対改善するから、一緒に頑張ろう。

それまでの経緯

休日がほとんどなく、仕事ばかりの生活。唯一信頼できる同僚もうつ病になり、限界を感じて、辞める意思を上司にメールで伝えた。有休で休んでいたら、社長から携帯電話に「いますぐどこかの喫茶店で会おう」と連絡が入った。出張を早めに切り上げてまで引き留めようとする行動に、もう少し頑張ってみようという気持ちになった。
オープン系SE(35歳)

上司のひと言
3つ上の上司 経営層から

勉強させるための異動だったんだぞ。お前に期待しているんだ。

それまでの経緯

設計部門から営業部門に異動。栄転のはずだったが実績がないため、同期の営業職より給料や役職を上げてもらえず、実質的な減給・降格となった。納得できずに好きだった設計の仕事に転職しようとしたが、今後のポジションを説明され、自分が会社に必要とされていると感じることができた。
機械・機構設計(30歳)

どうやって上司は部下の転職意向を知ったのか?

 上司は、なぜ部下の転職したい気持ちが分かったのか? 普通なら転職の意思を伝えるのは上司がいちばん後で、まずは家族や友人に相談する……と考えがちだが、現実は逆だった。「自分から進んで伝えた、相談した」が6割とダントツなのだ。

 例えば上記の転職準備段階なら、本格的な転職活動はしていないわけだから、友人や同僚に伝えるのは早いだろう。そのためか、転職準備段階の回答者全員が、自分から上司に転職の気持ちを伝えていた。

 内定後なら「報告」するのが当然だが、内定前に「相談」する相手として上司は適切なのか? エンジニアは本当に、上司にそれだけの信頼を置いているのか? その辺の関係については、また別の機会に調べたい。

図2 上司が転職意向を知った経路

 

エンジニアにとっての上司。その存在はやっぱりデカい

 今回のアンケートから見えてきたもの。それは組織の構成員としてではなく、1人の生身の人間としての上司に触れて転職を思いとどまったエンジニアの多さだ。転職動機である待遇・処遇の改善が理由となったケースもあるが、その決断には大きな責任が伴うはず。人間的な器の大きさがないと、すなわち組織の構成員レベルの考え方では約束できないものだろう。できれば私もそんな方々にお会いして、じっくりと技術の話でも聞いてみたい。


☆「おまえが必要だ」は心に響く

 人生、何がどう転ぶか分からないものだ。上司に話が伝わるなんて、転職がかなり現実味を増している段階のはずだ。そこから転職を思いとどまる結果になるとは、かなりの「どんでん返し」のケースだろう。こうした逆転劇はそうめったに起きるものではない。調査結果にあるように、上司の言葉で転職活動をやめたエンジニアは全体の5%であり、かなりのレアケースであると覚えておくべきだろう。

 また引き留めに応じてしまったが故に、社内で気まずい立場に陥るケースだって考えられる。上司の引き留めがあったかどうか、そこで判断を思いとどまったかどうか、これらの結果だけでは一概に成否は判断できない。

 それにしても、部下の引き留めを成功させた上司の言葉はどれも熱烈だ。転職とは立場の弱い部下に許された最後の手段であり、うまくいかない関係を清算する「別れ」の宣言ともいえる。だが「おれにはおまえが必要だ」と逆に告白されると強く響くのだろう。そこで復縁に至るとは、まるでドラマのようだ。職場でもまた人間の信頼関係が大きな位置を占めるのだなと考えさせられる。

(加山恵美)


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