第3回 在宅勤務は、会社に通えない人だけのもの?
長谷川玲奈(@IT自分戦略研究所)
2007/9/27
在宅勤務、短時間勤務、休職して復帰……。多様化するITエンジニアのワークスタイル。これらを支えている企業の取り組みを紹介する。今後の働き方を考える際のヒントとしてほしい。 |
今回は、古くから「社員に働きやすい環境を提供したい」という考えを持っていた企業を紹介しよう。さまざまな背景を持つ社員が活躍できる環境をつくることによって、企業としての一層の成長を目指す日本ヒューレット・パッカード(HP)だ。
HPにおいて、「ダイバーシティ」や「ワークライフバランス」という概念は目新しいものではない。同社 人事統括本部 人事企画・コミュニケーション本部 人事企画部 松村安名氏は、「柔軟な働き方のできる職場環境が重要だという考え方は、古くからHPにありました」と語る。ダイバーシティ、ワークライフバランスという言葉に象徴されるこうした考え方の基盤となっているのが、創立時からの企業理念である「HP Way」だ。
HP Wayは、創業者の1人であるビル・ヒューレット氏の「人間は男女を問わず、良い仕事、創造的な仕事をやりたいと願っていて、それにふさわしい環境に置かれれば、誰でもそうするものだ」という信念に基づくもの。「そういった環境を用意するのが会社の責任であると考えています。そのための施策として、ダイバーシティ推進制度、ワークライフバランス支援制度、キャリア開発制度などを整備しています」と松村氏は説明する。
■育児休職取得者が数年で1.5倍に
「柔軟な働き方のできる職場環境の提供」は、HPの人事戦略の1つであるという。柔軟な働き方の中で自律した社員を育成し、さまざまな背景のある人がそれぞれの能力を発揮することで、会社が強くなり成長するという戦略だ。
日本ヒューレット・パッカード 人事統括本部 人事企画・コミュニケーション本部 人事企画部 松村安名氏 |
HPの日本法人では、1970年代からフレックスタイム制度が導入されていたという。「ほかの企業では柔軟な働き方がしづらかった時代から、当たり前のようにそういった環境を提供していたのです。社員の間にも、仕事とは、自律的に時間管理することや効率の良いアウトプットの仕方などを考えて進めていくものだという姿勢が根付いています」
もともとの基盤があったところに、ダイバーシティやワークライフバランスに関する施策を追加していったのであれば、しばしば見受けられる「制度はあるけれど、利用実績が少ない」という状況にはなりづらいだろう。
そうはいっても、以前は「周りに利用している人がいない」「利用しづらい」という声もあった。その状況をかんがみ、「ここ2〜3年は情報提供などの啓発活動を積極的に行い、実際に制度を利用した人の事例を継続的に社内に発信しています」と松村氏はいう。例えば育児休職制度でいうと、啓発活動を始める前と比較して利用者数が約1.5倍に増え、男性社員の取得も定着するなど、かなりの効果が出ているそうだ。
■HPの各種制度
具体的な取り組み、施策について見ていこう。
家族の介護をする社員のための介護休職制度、介護短縮勤務やホームヘルパー派遣制度などは以前から提供されている。また、社会貢献休暇という制度があり、これは社外のボランティア活動に取り組む社員を支援するものだ。手話のサークルやボーイスカウトでの活動、国際会議の通訳を行うなどの例があるという。
障害者への対応も積極的に進め、「シードセンター」と呼ばれる部署を2001年から運営している。毎年7、8人、障害のある人が契約社員として迎えられ、シードセンターで研修を含む2年間の勤務に就く。契約社員はビジネススキルやPCスキルを学んだり、社内の仕事を請け負ったりする。シードセンターでの2年間の業務を終えた後は、HPまたは他社に就職したり、「インターナルサービスセンター(ISC)」という人事が管理する部署に登録して社内派遣で働いたりといった選択肢がある。利用者からは、「バディ(緊急支援者)システムや避難訓練などサポート体制が充実している」「体調管理をしながら仕事ができる」という声が上がっているという。
現在最も注力しているのが、女性の働きやすい環境の整備である。出産・育児に関する制度も「昔から手厚い」が、そこに必要に応じて改良を加えているという。例えば産前42日、産後56日に給付する出産手当金の1日当たりの金額を、法定である標準報酬日額の60%から85%に引き上げるなどだ。
育児休職制度は基本的に、子の1歳の誕生日直後の3月末日まで利用できる。以前は法定どおりの1年間の利用だったが、「保育園が探しづらい」という社員の声を取り入れて延長したそうだ。
育児短縮勤務制度では、子が小学校2年生の年の3月末日まで、通算3年間の短縮勤務を認めている。1日の勤務時間は最短で4時間。以前は「子が3歳まで」取得できる制度だったが、より柔軟に利用ができるよう2005年に改良された。その背景には、保育園と小学校の預かり時間の違いがある。「子どもを保育園に預けるようになって安定してくると、フレックスタイム勤務でも対応しやすいのです。ですが保育園から小学校に上がると帰宅時間が早くなるため、仕事との両立に悩む社員が多く見られました。そこで小学校の2年生までに延長してほしいという社員からの声を受けて改良しました」と松村氏は語る。
男性の育児休職では、短期間の利用に対するニーズが多いという。ここ2年ほど試験運用を行い、利用者が一定数いたため今年正式な制度となったのが、「14日以上20日未満の育児休職なら、復職時にその期間の給与が100%支給される」というもの。結果的に有給休暇と同じ扱いになる。「短い期間なら有給休暇を利用するという声もあったのですが、基本的に有給休暇はリフレッシュのためのものと考えていますので、同じ条件で休職できるよう導入しました」。女性が産休の終了後、早めに復帰する場合も利用できるという。
「男性の育児休職取得者が増えることを期待して導入した制度でしたが、男性だけでなく女性の取得者も増えましたね」と松村氏は語る。HPの労働組合はワーキングマザー、ワーキングファーザーのネットワークを持っていて、そこから出てきた要望を基にしたそうだ。「働き方は人それぞれですが、会社としてはやはりできるだけ早く復帰してほしいので、そのインセンティブの意味も込めた制度です。会社としては、なるべく早く戻ってこられるような環境をつくることも必要だと考えています」
■利用促進のために啓発活動を進める
積極的に進めている啓発活動の1つとして、HPは労働組合との共催で、産休・育休を迎える人向けの説明会を実施する。「いままでは冊子を作成して配布したり、イントラネットで情報を提供したりしていましたが、今回はコミュニケーションできる場をつくろうということで企画しました。社員数が多く、プロジェクト単位で仕事をすることが多いHPでは、フェイストゥフェイスの機会がどうしても少なくなりますから」と松村氏はいう。
説明会の定員は70人だが、参加希望者を募ったところ、3日ほどで定員に達してしまったという。うち本人または配偶者の具体的な出産予定がある社員が半数弱、今後出産を考えている社員が半数ほど、部下に制度利用者が出るかもしれないというマネージャが1割ほど。全体の半数近くが男性だった。
目的は社員の制度に関する疑問に答えることと、出産を控えた社員のネットワークづくりに役立てることだ。社員からの問い合わせには、制度そのものよりもどのように使えばいいか、例えば前述の育児短縮勤務制度はどのタイミングで利用するのが一番いいかなど、実践的なものが多いそうだ。当日は制度利用経験のある社員を招いての質疑応答も行い、疑問を解消するという。
これら啓発活動の結果として、「ここ3年くらいで、利用者数の増加はもちろん、社員の意識が明らかに変わった」と松村氏は断言する。「社員の考え方として、仕事と育児を両立するのが当たり前で、悩んだら仲間やマネージャに相談し、自ら環境を良くするというように変わってきています。必要な制度は会社に要望を出すこともできます。また、終業後の会合に出づらいワーキングマザーのために昼休みに開催するミーティングや、WAWJ(Women at Work Japan:HP女性社員のネットワークグループ)の会合などを通じて社員同士の交流が深まり、同僚あるいはマネージャと部下とで、知恵を出し合い工夫するという相乗効果が見られます」という。
制度の改良、新設に当たっては、労働組合や社員代表であるワーキングマザー、ワーキングファーザーが人事と定期的に話し合いをする。「ITエンジニアのワーキングマザーが多く参加していますが、以前のミーティングで会った社員の中には、間もなく第2子を出産するという人もいました」など、人生のステージに合わせて働き方を柔軟に変えていける状況に近づいているようだ。
全社員が利用できるフレックスワークプレイス(在宅勤務)制度。 その実態は? |
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