第1回 なぞのゼロ災運動、ITに関係あり?
人間はしばしばミスをしてしまう。エンジニアなら「うっかりデータを消してしまった」なんてことはあるだろう。だがその「うっかり」が顧客のシステムを停止させ大損害を引き起こすこともあり得る。こうしたささいなミスで信用失墜を起こさないように、社員一丸となって対策を実践している会社の努力の軌跡を追う。 |
■戦後、増加の一途だった労働災害
本編に入る前に、今回は「ゼロ災運動」について触れておこう。ゼロ災運動を推進している中央労働災害防止協会の文章から引用しよう。
ゼロ災運動は人間尊重の理念に基づき、全員参加で安全衛生を先取りし、一切の労働災害を許さずゼロ災害、ゼロ疾病を究極の目標に働く人々全員が、それぞれの立場、持ち場で労働災害防止活動に参加し、問題を解決するいきいきとした職場風土づくりをめざす運動です。 |
これに込められた願いや意義はとても深い。ITの仕事をしているとピンとこないかもしれないが、こうした安全衛生の徹底は工事現場や製造現場、医療現場などで大きな意味を持つ。ちょっとしたミスで自分または誰かの生命さえ危うくしかねないからだ。いまでこそ、努力の積み重ねにより労働災害は少なく抑えられているが、まだゼロ災運動がなかった時代はそうではなかった。
歴史を振り返っておこう。グラフは労働災害発生状況の推移だ。戦後しばらくは労働災害が増加の一途をたどっていた。1961年の死亡者数は戦後最悪の6712人にも上った。1963年11月9日には三井三池炭坑で炭塵爆発が発生し、死亡者458人と一酸化炭素中毒患者など重軽傷者839人を出した。折しもその日は国鉄(現JR)東海道線神奈川県横浜市の鶴見付近で列車脱線多重衝突事故も発生し、死亡者161人、重軽傷者120人を出すなど、歴史的な大惨事の日となった。
グラフ 1963年の労働災害の死亡者は、戦後最悪の6712人となった。この前後は、まだまだ労働災害による死亡者が多いことが分かる。死亡者が減るのは1970年代からだ |
■ゼロ災運動のスタート
こうした大惨事は珍しいこととはいえ、労働災害の累計を見ると数々の現場で悲劇が起きていたことが分かる。社会は数々の事故を通じて労働災害などの恐ろしさを痛感し、安全性確保の重要性が次第に浸透してきた。それで1972年には労働安全衛生法を新たに制定する運びとなった。労働環境に関する法律といえば労働基準法があるが、労働基準法は使用従属に基づく安全衛生面についてのみ規定しており、時代にそぐわなくなったためだ。翌1973年には名古屋市で全国産業安全衛生大会が開催され、このときの大会決議がゼロ災運動の実質的なスタート地点となる。
安全意識の欠如が、時にミスを誘発し、それが大惨事につながることが多々ある。特に工事現場などではささいなミスから、死亡事故を起こすこともあるからだ。常に「誰1人、死なせてはならない。誰もがかけがえのない人だから」という意識を持ち続けることが大事だ。この人間尊重の意識がゼロ災運動の理念の中心にある。
■不安全な状態や行動を徹底して排除
中央労働災害防止協会 ゼロ災推進部 部長 田畑和実氏 |
事故はどうして起きてしまうのか。中央労働災害防止協会 ゼロ災推進部 部長 田畑和実氏は「労働災害は人と物とが混在し、異常な接触があって起こります」と話す。正常な状態なら人間が何かにぶつかることはないはずなのに、ぶつかってしまうという現象だ。
例えば人通りが少ないので、ショウウィンドウを見ながら(よそ見をして)歩いていたら、通りかかった自動車と接触してしまった。または製造現場で、ちょっと製品が引っ掛かったので、取り除こうとしたら手が機械に巻き込まれてしまったなど。そうした「異常な接触」が労働災害の姿だという。
労働災害の原因を分析すると、「不安全な行動と不安全な状態の両方がかかわるケースが8割を占める」(田畑氏)という。それゆえに不安全な状態や不安全な行動を地道に根気強く減らしていくことがゼロ災運動で大事なことだ。これは簡単なようで難しい。
なぜなら人間はついつい不安全な行動を起こしがちだからだ。その原因には、「そんなにたくさん覚えられない」という人間の能力の限界、「いつもやっていることだから」という思い込み(錯誤)、「うっかり忘れていた」という一時的な物忘れ(失念)、「そんなこと知らない、できない」という知識や技量不足、さらには、「面倒だから」という手抜き(違反)などがある。こうした労働災害の原因となり得る不安全行動を減らしていくには、危険を先に予知して先に対策を立てておくことが大切だ。
また全員参加も大事だ。誰か1人だけ、またはどこかの部署だけ、現場だけ、または経営者だけ、と参加者が限られているのでは効果が上がらない。このゼロ災運動にはいまでも多くの職場や団体が継続して取り組んでいる。
さてこのゼロ災運動だが、一般的には工事現場や製造現場、さらには医療現場など人命にかかわる職場で実践されている。だがゼロ災運動に果敢に挑戦し、いまも実践を続けているIT企業が存在する。彼らはなぜゼロ災運動に着目したのか、その過程でどんな困難に直面したのか、そしてどのような成果を得たのか。その点は、次回以降で紹介する。
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