IT企業でうまくいく目標管理制度の運用法IT企業のための人事制度導入ノウハウ(8)(1/2 ページ)

IT企業の人事担当者に読んでほしい、人事制度導入ノウハウ。導入プロジェクト開始の準備から設計、導入、実際の運用まで、ステップごとに詳細に解説する。

» 2009年06月23日 00時00分 公開
[クレイア・コンサルティング]

 前回の記事「社員の行動を成果につなぐ『評価制度』策定ノウハウ」では、評価制度構築の際の基本的な考え方として、評価制度が持つ3つの機能と、評価制度設計の3つのポイントを解説しました。

 今回は前回の議論を踏まえ、IT企業において運用面で課題の多い目標管理制度に重点を置いて、評価制度運用のポイントを解説します。

目標管理制度とは

 まず、目標管理制度について解説します。

 目標管理(Management By Objective)はマネジメント手法の1つで、その言葉どおり「目標」でマネジメントすることです。組織目標からブレークダウンした個人目標の実現プロセスを個人裁量に委ねることにより、本人の自主性を引き出し、組織の革新を推進する組織運営の仕組みとして用いられてきました。

 この目標管理と人事制度を連動させたのが目標管理制度です。個人が設定した客観的で具体的な目標の達成度を、一定期間後に評価し処遇につなげる仕組みです。個人の組織目標達成に向けたインセンティブ強化を目的としています。

目標管理制度運用の難しさ

 目標管理制度は、社員の自主性を引き出すマネジメントツールであるとともに、高い貢献に対して高い処遇で報いるための仕組みとして導入されてきました。しかし、多くの企業で「制度運用がスムーズにいかなかった」「社員のモチベーションを下げてしまった」という声を聞きます。IT企業において目標管理制度がうまくいかない理由として、以下の点が挙げられます。

(1)社員が目標を適切に設定できない

 技術職(SE)の場合、期の初めに今後どのようなプロジェクトが発生するかが分からない状態で、プロジェクトの中でどのように貢献するかを目標として立てるのは極めて困難です。

 プロジェクトによって担う役割が変わる場合、目標をあらかじめ考えることは不可能に近いといえます。案件の多様化、小規模化、短納期化が進む今日では、これまで業務アプリケーション開発のリーダーをやっていた人が、別プロジェクトでは仕様変更管理を担当し、次に技術評価、製品開発を担当することが起こり得ます。そうすると、プロジェクトごとにどう活躍すべきかを考えて行動するしかなく、期の初めに立てる目標には「現在進行しているプロジェクトを無事終わらせること」といった無難な目標を書くのが精いっぱいになってしまいます。

(2)上司が部下の目標の達成度や貢献を正しく評価できない

 評価する側にも問題があります。最も難しいのは、上司が仕事において部下とほとんどかかわらない場合です。

 部下が携わるすべてのプロジェクトで、上司=プロジェクトマネージャ(以下、プロマネ)という関係が成立しているわけではありません。ほかのプロマネに任せきりで部下が日ごろどのような作業に従事しているかを詳しく知らなかったり、部署は同じでも勤務地は部下だけ客先常駐であったり、別のプロジェクト応援で長期間、部下が上司の管理下にないところに配置されたりといったことが、IT企業ではしばしば見受けられます。このように上司が日ごろの部下の仕事ぶりを見る機会がほとんどない場合、部下の目標達成状況や貢献は、自己申告の内容からしか推測できない状況が発生します。

 さらにITの世界では、部下の方が評価する側より高度な知識・ノウハウを持っていることもままあります。すると部下が立てた技術的な目標が現実的なのか、どの程度の難易度なのか、狙いどおりの成果が上がったのかなどを、確認することすら困難であるといった事態も発生してきます。

(3)現場に目標管理の意義が十分に伝わっていない

 最後は、制度運用の旗振り役である人事部門が苦心している点です。

 人事部門は、目標管理制度を用いてどのように評価して報酬につなげるかという点において、従来からの制度の変更点を含めて現場に正しく理解してもらうために労力を割いているでしょう。しかし、制度を活用すれば評価者である管理職自身の成果向上にもつながるということを、現場の管理職に十分に納得してもらうところまでには、手が回っていない企業が多いのではないでしょうか。

 そもそも現場以上に人員に余裕のない人事部門だけの力では、多様で複雑なIT企業の現場に対して、目標管理という新しいマネジメントツールに意義を感じてもらって、実際の業務に役立ててもらうところまで落とし込んでいくのは、かなり難しいことだと思います。しかし、本来の目標管理の意義が正しく伝わっていない状態が続いた場合、制度が形骸(けいがい)化し、思いがけない事態を引き起こすことにもなりかねません。ひいては業績が悪化してしまうといったことも起こり得るでしょう。

IT企業における目標管理制度設計・導入の工夫

 以上のようなさまざまな問題をはらむIT企業では、目標管理制度を教科書どおりに導入しても、期待する成果を上げることは難しいのが現実です。そこで、IT企業の特性を踏まえつつ、目標管理制度の良さを生かすにはどのような工夫ができるでしょうか。

I.【社員の立場】職務における役割を明確にし、役割ごとの目標を明確化する

 IT企業の社員に適切な目標を設定してもらうための工夫です。

 営業、開発系SE、保守などの職種ごとに、管理責任者、プロマネ、リーダー、担当者といった役割があります。もしそれらの役割において果たすべき責任と権限があいまいになっているなら、以下のような工夫が考えられます。

・役割ごとの責任と権限を明確化し、目標を事前に絞り込んでおく

 プロジェクトの規模や期間、開発言語、プラットフォームなど、プロジェクトによってさまざまな違いはあるでしょう。開発系のSEの場合、業務チームのリーダーとして、全工程を管理・推進するという役割が明確に定められれば、どのような責任と権限があり、どのような業務を担うべきかがある程度決まります。また、自分のチームの採算性や品質、チーム内の後輩指導、顧客との良好な関係構築など、それぞれの役割に応じてどのような責任を果たすべきかを評価項目として決めておけば、プロジェクトの特性によって多少本人の立ち位置が変わったとしても、果たすべき役割そのものが大きく変わることはないでしょう。

 先ほどの例で「開発のリーダーをやっていた人が、その後に別のプロジェクトでは仕様変更管理を担当」することになった場合でも、仕様変更管理というポジションが開発系SE職種の中でリーダー相当の働きを期待される役割である限り、目標として設定する項目や指標は同じ内容で問題ないはずです。もちろん役割が大きく変わる場合は、その都度目標を再設定しなければなりません。

 このように役割ごとの評価項目をあらかじめ明確にしておくことで、その中で自分はどのように貢献できるか、どの部分を強化・改善していくべきかがより明確になり、他者との公平性を保つことにもつながります。

II.【上司の立場】正確な情報を集約し、多面的に評価する

 部下の状況把握が難しい上司が、部下の貢献を正しく評価するための工夫です。

 正しく評価を行う場合、目標設定から評価を実施するまでの間に、部下が期待される貢献レベルに対してどのような行動を取り、どのような成果を上げたのかを把握する必要があります。ここでは、

(1)部下との接点が少ない場合に部下の職務状況を把握する工夫

(2)専門性の高い職務に従事している部下の専門領域の評価を行うための工夫

の2点について解説します。

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