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経営者から若いITエンジニアへのメッセージ

第5回 求む、ピエロになれるITエンジニア

三浦優子
2007/4/20

企業各社にとって、人材戦略は非常に重要な課題だ。人材の育成に当たって、トップは何を思うのか。企業を担う若いITエンジニアに何を求めているのか。

 サイボウズの代表取締役社長青野慶久氏のブログ「サイボウズ青野の3日ボウズ日記」に、次のような一節があった(2006年3月16日)。

最近、サイボウズの人事制度を取り上げていただく機会が増えております。
産休6年や年功重視など、流れの速いIT業界では珍しい制度を取り入れているからだと思います。

 青野社長自身が認めるとおり、IT業界の流れは速い。

 経験が浅く、若いITエンジニアであっても、実力があれば、年齢を重ねたITエンジニアを超える年収を獲得することも珍しくない。常にそうした実力主義がいいというITエンジニアが多いだろう。しかし一方で、バリバリと働きたいときもあれば、少し余裕を持って仕事をしたい、プライベートを重視したいという人もいるはずだ。どちらかだけというよりも、その人の人生の段階ごとに、望む働き方を変えられる、というのを多くの人が望んでいるのもしれない。

サイボウズが目指すもの

 青野社長は「サイボウズが目指すのは、トヨタ自動車や松下電器産業のような伝統を重ねた、安定した大企業。多くの人が長く働くことができる会社にしたいと思って、新しい人事制度をつくりました」と説明する。

サイボウズの代表取締役社長青野慶久氏

 新しい人事制度では、これまでの人事制度である「成果重視型」とともに、「年功重視型」を採用。社員は自分の適性に合わせて人事制度を選択することができる。成果に追われて仕事をするのが苦手なITエンジニアにとっては、ありがたい人事制度といえそうだ。

 といっても、青野社長のイメージの中には「社員が長い間働く=安穏として仕事をこなす」というイメージはない。それは次の発言からも明らかだ。

 「例えば、技術者が6年間産休を取ったとします。それまでも技術者として働いてきたのだから、技術の移り変わりが激しいことなんて分かっていると思うんです。6年休んで復帰するのはもちろん簡単なことではないでしょう。にもかかわらず、それだけブランクがあっても復帰したいというのは、よっぽど勉強家で、サイボウズという会社を愛している証拠じゃないですか。そんな社員を失うのはもったいないと思いませんか?」

 長く働きながらも、常に緊張感を持って仕事を続ける――青野社長の頭の中にあるのはそんな企業像のようだ。

 そのためのキーワードとなるのが、「お客さまの方を向いているエンジニア」。真摯(しんし)に顧客の声を聞く姿勢があれば、年を重ねてもエンジニアが仕事をしていくことは十分可能だと青野社長は考えている。

「生涯プログラマ」という選択があってもいい

 日本においては、「プログラマ」は、コンピュータエンジニアとして仕事を始めたばかりの、経験の浅い人に課せられる職責と考えられることがある。しかし、米国では決してそうではない。

 青野社長はサイボウズの米国法人を担当していた時代、展示会で年を重ねたITエンジニアが、「自分はプログラマだ!」と誇りを持って名乗るのを目の当たりにした経験がある。

 「髪の毛が真っ白になった、明らかに50代から60代の年配の人が、誇りを持って『自分はプログラマだ』と名乗るんです。日本ではプログラマを何年か務めた後、システムエンジニア(SE)になって、その後にプロジェクトリーダー、マネージャになって、といった通念がありますが、それは本当にそうあるべきなのか。いわゆる、『マイスター』として、1つの仕事を続けていくのが向いている人だっていると思うんです」

 確かに技術者の中には、「いつまでもプログラマのままでは問題がある」という風潮に違和感を覚える人もいる。だが、フリーの技術者ならともかく、企業に所属していると、職責を変えていくことが求められるケースが多いというのが現実だろう。

大切なのは願うこと。すべてはそこから始まる

 「僕はサイボウズをトヨタのような企業にしたいと思っています。自動車の世界だって技術変化は激しい。30年前の自動車の造り方と、現代ではまったく違うはずです。おそらく、トヨタさんには技術者を甘やかさず、技術変化に対応させるやり方を持っているんでしょう。同じことがサイボウズでも実現できないのかと考えているんです」

 もちろん、デジタル技術は自動車のようなアナログな部分も残る製品とは、技術進化スピードに違いがあるという反論も可能だろう。だが、「やろうと思わなければ、実現することはないんです。まず、強く願うことが大切でしょう?」と青野社長は問い掛ける。

 青野社長自身は大学卒業後、松下電工に入社したものの同社を退社し、サイボウズを創業した。「強く願うことが大切」というのは、松下電器の創業者である松下幸之助氏のエピソードを知って、痛感したことだそうだ。

 「自分で辞めたくせに、松下という会社は本当にすごい会社で、素晴らしいと思っているんです。実現するためにまず願うことが大切というのも、松下幸之助さんの本を読んで、紹介されていたエピソードで知って、その大切さを痛感させられました。幸之助さんは、『ダム式経営』を行うべきだという経営哲学を持っていたんだそうです。ダムという言葉から分かるように、経営に必要な資源をためておいて、問題が起こったらそれを活用することで問題を回避するという考え方です。幸之助さんが講演会でこの話をしたところ出席者から、『自分のところには余裕がないので、とてもダムなど造っている余裕はない。そういう場合はどうすればいいのか』という質問が上がったそうです。それに対して幸之助さんは、『ダムを造ろうと考えることが大切』と答えた。質問をした人は答えをはぐらかされたと思ったそうですが、そうじゃないんですよね。ダム式経営を実現したいと思ったら、まず思うこと。そしてそれを実現していこうという意思が大切ということなんです。このエピソードを聞いて、幸之助さんの答えは本当に奥が深い答えだと思いました。実際に経営者になって、その深さを思い知らされた感じです」

普通の人が使うからこそ必要な人事制度

 サイボウズが年功を重視する人事制度の導入を決めたのは、同社の環境が大きく変わってきていることにも起因する。

 「当社はベンチャー企業として創業したわけですが、現在のサイボウズは東京証券取引所一部上場の企業になった。いつまでもベンチャー気分で行け行けドンドンで仕事をしていっていいのかと考えたからでもあります」

 特にサイボウズの場合、手掛けているソフトウェアは特殊な人ではなく、普通にオフィスの中で働く人が使うもの。青野社長の言葉を借りれば、「車でいえば、フェラーリやランボルギーニのようなスーパーカーではなく、まさにトヨタが造っているような大衆車」である。利用者に適応したソフトウェアを開発するためには、産休を経て働き続ける女性、長い年月働き続けるサラリーマンの感覚も必要という側面もあるようだ。

必要とするITエンジニアは?

 自社に必要なITエンジニア像を問うたときにも、青野社長は次のような回答をした。

 「きちんとお客さまの声に耳を傾けることができる人ですね。サイボウズOffice 6に搭載した新機能が、開発した本人にとっては自信満々であっても、お客さま自身がその機能の存在に気が付かなかったなんていうこともある。お客さまにとっては、新しい機能よりも『ここの部分を使いやすくしてほしい』と思っているかもしれない。それをきちんと認めて、新しい機能を作ることよりも、お客さまの声に耳を傾けて開発ができるのかが重要なポイントなんです」

 顧客の声に真摯に耳を傾けるというのは、簡単なようでなかなか難しい。トラブルが起こっている場合など、顧客から飛んでくる言葉はITエンジニアにとってかなりつらい言葉になる可能性だってある。

 サイボウズには社内、顧客などから寄せられた意見を掲載する「ダメ箱」というものが用意されている。そこには批判、提言、褒め言葉などさまざまな声が寄せられるが、「これを見るのがつらいと思ってしまう人はサイボウズには向かないかもしれません。寄せられる意見には貴重な声も多いですから、これを参考にできると前向きにとらえられる人がサイボウズで働くのに向いている」

ピエロになれる人

 しかも、顧客の要望に応じるというのは、ある意味では新機能を開発するよりも技術的に難度が高い。「新機能」はエンジニアの意向を基に開発していくことができるが、「使いやすさ」を実現するためには、どんなに難しい技術を使っていても、それを見せない工夫が必要になってくる。

 「うちの技術者にはサーカスのピエロのような力が必要です。ピエロが空中ブランコのパフォーマンスをすると、一見、落ちそうに見えながら、決して落ちないで空中ブランコを乗りこなすでしょう? あれは格好よく、普通の空中ブランコの乗り手よりも、難易度が高い技が必要だと思うんです。使いやすいソフトを作るというのも、格好いい新機能を追加することよりも、難易度の高い技術が必要です」

 この青野氏の言葉に素直に共感できる人が、サイボウズという企業で働くのに適したITエンジニアではないだろうか。

なぜ?

 ちなみに、サイボウズでは新卒面接で「なぜなぜ攻撃」を仕掛けるのだそうだ。

 「なぜ、当社を志望したのですか、と質問をすると格好いい答えが返ってくるじゃないですか。それに対して、『なぜ、そう思うのか?』と質問を浴びせかけるんです。その質問にも答えられても、なぜが3つも続くと、最初のように格好いい答えができなくなってきます。そこからどんな答えが出てくるのかが重要なんです」

 つまり、サイボウズでは単なる優等生的な回答だけを求めているわけではないということだろう。真剣に、「ITエンジニアとして、どうやって仕事をしていくべきか」ということを考えて、面接に臨むことが求められているようだ。

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