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経営者から若いITエンジニアへのメッセージ

第6回 技術だけではないITエンジニアが必要

三浦優子
2007/6/18

企業各社にとって、人材戦略は非常に重要な課題だ。人材の育成に当たって、トップは何を思うのか。企業を担う若いITエンジニアに何を求めているのか。

 日本オラクルの取締役副社長執行役員の東祐二氏は、自社のITエンジニアに求める資質として次の5つを挙げる。

  1. オラクルの製品知識と製品適用経験
  2. ITシステム構築手法に関する知識と経験
  3. 顧客業務に関する基礎知識
  4. 課題を聞き取り、解決案を提示、それを納得させるコミュニケーション能力
  5. 自らの作業に関連する売り上げや利益などのビジネス知識

 「エンジニアに必要な資質は技術」と考える人にとっては、意外な選択かもしれない。(1)と(2)は技術に関する知識だが、(3)(4)(5)は技術とは異なった知識である。だが、東氏自身がITエンジニアとして仕事をした経験から、「技術だけでは対応できない仕事がある」と指摘する。

自らのITエンジニア人生の転機となった体験

 東氏が上記の5つを、ITエンジニアにとって欠かせない資質として挙げたのは、自らの経験に基づいている。

日本オラクルの取締役副社長執行役員の東祐二氏は、ITエンジニア出身。コンピュータメーカーで、さまざまなプロジェクトを経験した

 「私が28歳のとき、1人で1年間、中堅の金融機関を担当し、既存のメインフレームと営業店システムを新システムにリプレースしたことがある。そのときに『技術力以外の要素の重要性』を痛感したのです」

 大学を卒業後、コンピュータメーカーに勤務した東氏は、都市銀行担当のシステムインテグレート部門に配属された。当時の都市銀行は第3次オンラインシステムの開発の真っ最中であり、数あるコンピュータ・システム開発の中でも、都市銀行のバンキングシステムは最新で最先端の大規模なものだった。

 「28歳ごろは仕事にも慣れて、自分に自信も付いてきた時期です。いまから思うと、自分の技術力にも自信があったし、天狗(てんぐ)になっていたんじゃないかな」と東氏は当時を振り返る。

 そんな中、「中堅金融機関を担当せよ」といわれたときは、「最初は、何で僕が担当しなくちゃいけないの?」という気持ちだったという。

 そんな心中を察してか、上司は次のように説明した。

 「君は降格されたような気持ちになっているかもしれない。しかし、そういう意図でこの仕事を担当しろといっているわけではない。だまされたと思って、1年間やってみないか。きっと得るものがあるはずだ」

 そういわれた東氏は、「だまされたつもりで1年間やってみるか」という気分になり、担当する顧客のところに出向くことになった。

 実際に仕事を始めると、メーカーの担当SE(システムエンジニア)は自分1人しかいない。それまでのように複数の担当SEとチームで作業をしていたときとはまったく勝手が違っていた。「プロジェクトに参加するエンジニアの1人」として仕事をする感覚では務まらない。

 顧客が実現したい業務を正確に理解し、それを自社製品の機能、顧客メンバーのスキルと体力、顧客予算とスケジュールなどの制約条件の下、どのようにして新システムを作り上げていくかをプランし、ガイドしていかなければならない。つまり、東氏が最初に挙げたITエンジニアにとって必要な5つの要素すべてが必要になった。

 「顧客メンバーが計画どおりにシステム構築を進めているか否かを監視することも必要です。もちろん仕様変更も発生します。決められた顧客予算やスケジュールにも上限があります。それまでの技術作業だけではなく、プロジェクトマネジメントや業務コンサルティングとしての責務も意識しなければならなくなりました。技術力だけで勝負していたときとはまったく違うスキルが求めらることになったわけです」と東氏は語る。

 客先では思わぬことも要望されたと東氏は振り返る。

 「いまでも忘れられないのが、情報システム部門というか、当時は電算室という名前だったと思うが、顧客先に初めてお邪魔すると、電算室長から『システム構築を進めていく中で、私どもの課題を解決する方法をいくつか提案してもらうことになるのでしょうが、私どもには複数の選択肢からこれといったものを選択する力がない。だから、東さんが最適だと考える解決策を1つだけ教えてください。そのとおりにやりますから』と真顔でいわれたことです」

 この要望に、東氏は戸惑った。先方の指摘するとおり、顧客のシステム構築上の課題に対して、メーカーはいくつかの問題解決方法を提示し、顧客がその中から最適なものを選択するというのが、従来のやり方だった。

 万が一、選択したシステムが構築の途中で意に沿わないものであっても、「最終的に選択したのはお客さま自身」ということになる。しかし、提示した問題解決方法が1つだけとなるとそうもいかない。

 「しかも担当は私1人ですから、誰かのせいにする、というわけにもいかない(笑)。最初から、これは大変だと思いましたね」

顧客の要望を聞き取るとは

 最適のシステムを1つだけ提案するためには、顧客の要望を正確に聞き取ることが必要だ。それを自分の会社に持ち帰り、マニュアルなどを調べるだけでなく、同僚や上司、さらに製品開発部門などの意見も確認しておく必要がある。さまざまな人の意見を聞き取り、それを適切な解決案として整理し、顧客に提示し、説得する力も求められる。

 「いまになってみると分かるのですが、『お客さまの要望』をそのまま聞くだけでは、実は正しい解決方法にならない場合が多いのです。適切にシステムを構築するためには、技術面の考慮だけではなく、エンドユーザー部門も含めた顧客メンバーのスキルや経験、顧客予算、スケジュールなどに留意し、制約条件下で『これが最善だ』と判断した解決案に、顧客を引っ張っていく力が必要になります。優秀なエンジニアには、このような判断力とリーダーシップが必要となる」

 東氏は1人で顧客を担当したことで、ITエンジニアには技術以外の資質が非常に重要であることを身をもって知ることとなった。だが、「すべてのエンジニアが1人で顧客を担当すべきだといっているわけではない」という。

 「私の場合は、この時の実体験が認識を広げるきっかけとなりました。おそらく、そういう機会はいろいろなところにあるのではないでしょうか。例えば、自分が参加しているプロジェクトを、よりうまく進めていくには自分ならどう進めるかなと、いつもと違った観点から見直してみると、認識を改めるきっかけになることがあるはずです」と東氏はアドバイスする。

ITエンジニアを取り巻く環境も大きく変化

 ところで、東氏はITエンジニアにとって技術が二の次だといっているわけではない。「エンジニアにとって技術力が基本であることは、昔も現在も変わりない」と断言する。

 ただし、現在のシステム開発を取り巻く環境は昔と大きく異なってきている。例えば、システム構築作業は、グローバルな分業の中に組み込まれつつある。日本の顧客が日本の会社だけに仕事を依頼するとは限らない。

 「“技術力”だけを自分の強みとするのであれば、日本のトップグループかつ世界のトップグループの技術力を維持しなければならない時代になっています。特にソフトウェア市場では、新たな商品開発は米国が、エンジニアリング作業は費用対効果が高いインドや中国が、ますます強みを発揮してきてます」

 さらに、メインフレーム時代は、コンピュータを構成する要素も比較的シンプルであり、特定メーカーのCPU、メモリ、ディスク、ネットワークの動きを押さえておけばたいていのことが分かった。しかしいまは、オープン系サーバシステムやネットワーク、DBMS(データベース管理ソフトウェア)、ミドルウェア、パッケージアプリケーションなど、複数ベンダの複数のソフトウェア製品を組み合わせて業務システムを構築するケースが一般的だ。

 「いまのシステムは、ソフトウェア製品1つ1つをコードレベルで深く理解し構築するというよりは、各製品機能を外側から理解し、1つ1つの長所を組み合わせて構築するアプローチが多くなっています。少数の製品技術を深く知っているエンジニアは貴重ですが、いろいろな製品の機能を幅広く知り、どのように組み合わせれば効果的なのか、ガイドできる“コーディネーター的能力”を持ったエンジニアが貴重とされる場面が増えているのも事実です。日本オラクルが必要とするエンジニアは、オラクル製品を知っているのは当然のことですが、同時にシステム構築に必要とされる製品以外の知識や経験を兼ね備えた人材でもあるのです」

 いい換えれば、「技術が分かる営業が重要であることと同時に、ビジネスが分かるエンジニアが貴重になります」と東氏は指摘する。この言葉から分かることは、技術力以外の要素が、ITエンジニアの重要な要件となっているということである。

5つの要素すべてそろっていなくても構わない

 そこで必要となるのが最初に紹介した5つの要素だ。

 「もちろん、そのすべてを網羅した人材が望ましい。しかし、すべてを兼ね備えた人というのは現実的には少数でしょう。5つの要素のうち、2つか3つの経験がある人がほとんどだと思います。やる気のある人であれば、日本オラクルで経験を積んでいく過程で、ほかの要素を伸ばしていくことは可能です。また、IT業界での経験がなければ仕事はできないと思われがちですが、顧客や社内との適切なコミュニケーション能力があり、プロジェクトを効率的に進めていくリーダーシップを持った人材であれば、IT業界でチャレンジすることは可能だと思います」

 東氏自身は、コンサルティングサービス部門を担当している。同社のコンサルタントには、前述の5つに加え、次の4つのスペシャリティが必要だと東氏は指摘する。

  1. 個々の製品に精通しているテクノロジスペシャリスト
  2. 製品を組み合わせ、業務システムとして設計するソリューションアーキテクト
  3. 予算、期間に合わせて、プロジェクトを効率的に進めていくプロジェクトマネージャ
  4. 最新ソリューションを顧客へ提案するビジネスデベロップメント

 「4つの役割によって、最初に挙げた5つの資質のウエートが違ってきます。例えば、製品スペシャリストにとっては、オラクルの製品知識の深さが重要になりますし、ビジネスデベロップメントには顧客業務に関する知識が重要になってきます」

 日本オラクルのコンサルタントとして仕事をしていくためには、トレーニングを受けて自身に必要なスキルを身に付けることも、大切な業務の1つとなっている。技術的なトレーニングだけでなく、ファシリテーションやプレゼンテーションなど、コンサルタントとして上記のスペシャリティを伸ばすためのトレーニングも用意されている。個々の受講プランは、半期に一度、上司との面談の中で目標を決めて計画される。常に向上していく姿勢が求めらる。

成長の鍵

 もちろん、会社が提供してくれるトレーニングだけでは埋まらない部分も多いだろう。東氏も、「自分の仕事を向上させていくのは、やはり仕事の中で得られる要素ではないか」と指摘する。ただ、実務で学ぶ機会に恵まれながら、それを自分にとってのチャンスだと気が付く人もいれば、気が付かない人もいる。

 先ほど紹介した東氏自身のような経験も、「自分は降格させられた」と感じて、会社を辞めてしまう人もいるだろう。逆風の中での経験を、いかに糧にして生かしていくのか――ここでITエンジニアとしての価値、ビジネスパーソンとしての価値が決まるといっても過言ではない。

 所属する会社が用意してくれたトレーニングの機会をうまく生かしながら、顧客と対面する現場で遭遇する出来事を、どれだけ自分の知識や経験の向上に生かしていくことができるか。ITエンジニアの成長の鍵は、そんなところに隠されているのだろう。

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