停滞するSI業界と伸びるWeb業界の“分かれ目”はどこにあった?ヘッドハンターのIT業界・転職動向メモ(1)

IT・Web業界専門のヘッドハンターは、日々の情報収集を欠かさない。本連載では、ヘッドハンターならではの視点でIT業界の転職動向を眺め、気になったネタを紹介していく。

» 2011年09月12日 00時00分 公開
[篠原光太郎@IT]

 リーマンショック以降、同じ「IT」でもシステム・インテグレータ(SI)業界とWeb業界のたどる道は大きく変わった。SI業界はシュリンクする一方だが、Web業界は成長している。

 両者の違いはどこにあったのか。「売上」「ビジネスモデル」「採用動向」という3つの視点から、SI業界とWeb業界の“分かれ目”を考察する。

売上:受けた打撃と回復のスピードが違う

 まず、SI業界から見ていこう。リーマンショック以降、金融業界をはじめ、日本国内の基幹産業である製造業など、各企業の業績が一気に悪化した。これらの企業をメインクライアントとしていたSI業界も同様に業績が悪化した。

図1 「受注ソフトウェア」の売上総額の推移 図1 「受注ソフトウェア」の売上総額の推移

(経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」より抜粋)

 クライアント企業内では、コスト削減の動きにおける設備のコスト削減・見直しが課題となった。そのため、システム投資額が大幅に削減され、大規模システムプロジェクトの凍結、大幅な予算削減などが多数、発生した。

 一方、Web業界はSI業界とは異なる展開を見せた。

 リーマンショック当時、Web業界も大きな打撃を受けたことは同じだった。クライアント企業のコスト削減に伴って広告事業が伸び悩んだが、入れ替わってeコマースやソーシャルネットワーキングサービス(以下、SNS)などが急成長した。中でも特に拡大したのが、SNS事業、関連するソーシャルゲーム・アプリ事業である。2011年のソーシャルゲームの市場規模は2000億円を超えるといわれており、今後も市場規模は拡大するだろう。

ビジネスモデル:BtoBかBtoCか

 両者の違いは、ビジネスモデルの違いによるところが大きい。SI企業はさまざまな業界の企業を相手にするBtoBビジネスだ。そのため、クライアント企業の業績が悪化し、コスト削減を行えば、SI企業は一本柱なので直撃を受けることになる。

 一方、Web業界はBtoBビジネスとBtoC事業という2軸で事業を展開する企業が多かった。インターネット広告事業やWeb制作企業などのBtoBビジネスは、SIと同様にクライアント企業側のコスト削減で受注が落ち込んだものの、個人消費から成り立っているeコマースやSNSなどのBtoC事業は、いわゆる「巣ごもり」需要の影響もあってリーマンショック後も着実に成長していった。

採用動向:コスト圧縮か、利益に直結する人材を採用するか

 こうした業界全体の動向は、その中で働くエンジニアたちのキャリアにも大きな影響を及ぼした。

 SI業界で案件数が減少、縮小したため、さまざまな企業がリストラや経営統合を敢行し、業界再編の動きが加速した。ITホールディングスの誕生、TISやISID、CSKなどのリストラは記憶に新しい。ある大手SI企業はリーマンショック以降、2011年8月現在に至るまで採用を完全に凍結している。

 このような極端な例だけではないが、新卒・中途を問わず、人材採用を凍結しているSI企業はいまだに多い。最近になってようやく中途採用が増えてきたものの、ピンポイント採用などが多く、ハードルは高いままだ。

 一方、Web業界は2010年ごろから積極採用を始め、今もその姿勢を崩していない。

 BtoBビジネスモデルを立て直す見込みが立てにくいSI企業は、コスト削減を推し進める戦略を採るしかない。しかし、Web企業は早々に方向性を切り替えた。この差は「人材採用における明確な特徴」から分かる。Web業界では、リーマンショック以降は一貫して、サービスを企画する事業企画やサービスそのものを作るエンジニアなど、「利益に直結している」人材が求められた。

 リーマンショック以前は、管理職や企画職など、必ずしも最終的な収益責任を持たないポジションの募集も活発に行われていたが、リーマンショックを境に「人材の採用=収益の拡大」という成長曲線を描きやすい人材を、企業は積極的に採用するようになった。

 利益を生み出すサービスを支えるのは、ITエンジニアである。ITエンジニアの存在は、SNS事業やソーシャルアプリ事業が急速に事業を拡大できた一因でもある。つまり、これらのサービスではエンジニアがサービスを考えることが多く、そのため企画からサービスリリースまでのスピードが圧倒的に速くなったからだ。また、ユーザーのニーズをサービスに的確に反映できることも強みだった。

 1人でサービス企画から開発までこなせるエンジニアが集まり、Web企業のいくつかは目ざましい急成長を遂げたのである。

ヘッドハンターならではの視点でIT業界を見る

 私は、IT・Web業界専門のヘッドハンターとして、刻々と変化し続ける業界動向や、業界で働く人々のキャリアについて日々、情報収集を行っている。

 ヘッドハンティングは、転職を希望する人材がレジュメ登録を行う人材紹介とは、システムが根本的に異なる。ヘッドハンティングの場合、クライアント側の経営課題において、「人材獲得によって解決できる課題」を明確化し、戦略の立案から採用業務までヘッドハンターが携わる。そのため、「クライアントが求めている人材は、どんなスキルを持つのか」について要素を因数分解し、理解する能力が問われる。また、重要なポジションの採用を任されるケースが多いため、クライアント企業の風土や文化を理解することも重要だ。 つまり、ヘッドハンターは、常に企業の採用意識や動向の最新情報に触れている職種なのである。

 本連載では、ヘッドハンターならではの視点で、IT業界の採用動向を紹介していこうと思う。SI業界のシュリンクは逃れられない傾向だ。そのため、SI業界で働くエンジニアは、そのままSI業界にとどまるのか、それとも別の道を模索するのか、選択を迫られている。

 このメモは、机上の空論ではない。日々動き続けている現場ならではの経験に基づいた視点が、少しでもSIエンジニアのキャリアアップの一助になれば幸いだ。

著者プロフィール

篠原光太郎(しのはら こうたろう)

IT・通信・インターネット業界のミドルマネジメントから経営層まで数々のスカウト実績を残し、クライアント・キャンディデート双方からの信頼も厚い。

固定概念に囚われないサーチサービスに強み。サーチファーム・ジャパン最年少取締役および最年少グループリーダー。ITサービスグループ主幹。



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