自分戦略研究所 | 自分戦略研究室 | キャリア実現研究室 | スキル創造研究室 | コミュニティ活動支援室 | エンジニアライフ | ITトレメ | 転職サーチ | 派遣Plus |

組み込みエンジニアは何を見るか

第4回 経験を次に生かせるような技術を習得すべし

松岡功
2007/6/27

最近注目されている組み込みエンジニア。彼ら、彼女らは、どんな製品にかかわっているのだろうか。

 撮った画像をその場で確認でき、何度でも撮り直しができる手軽さから人気を呼んでいるデジタルカメラ。中でも小さなボディに先進の機能を凝縮したコンパクトタイプは、手軽さや使いやすさだけでなく、コストパフォーマンスの高さを追求した製品が続々と登場している。今回はデジタルカメラの世界でトップレベルにあるキヤノンで、コンパクトタイプの組み込み用ファームウェアの開発に携わる同社 イメージコミュニケーション事業本部DCP第一開発センター副部長の小笠原豊氏に、組み込みエンジニアに求められるスキルやキャリアについて語ってもらった。

ファームウェア開発の腕の見せどころとは

キヤノン イメージコミュニケーション事業本部DCP第一開発センター副部長の小笠原豊氏。これまでずっと組み込み系の仕事に携わってきた

 ここ数年、他業種がうらやむほどの活況を呈しているデジタルカメラ市場。引き続き消費者の需要を喚起するコンパクトタイプの製品が続々と登場しているのに加え、ここにきてデジタル一眼レフブームを迎えている。また、海外での需要も大きく膨らみつつある。しかも注目すべきは、世界的に普及しつつあるこの製品が、日本のメーカーの独壇場となっていることだ。それだけに、開発に携わるエンジニアにとっても大いにやりがいのあるところだ。

 そうした中で、この市場で大きな存在感を誇るキヤノンは、コンパクトタイプで年間16機種の新製品を生み出している。主力ブランドは「IXY」と「PowerShot」。1996年にコンパクトデジタルカメラ市場へ参入した同社は、カメラメーカーとしての長い経験と技術を生かし、初代「IXYデジタル」を投入した2000年を契機にデジタルカメラ市場でも主役に躍り出た。

 小笠原氏はそうした同社の強さの原動力を、「ひと言でいえば、キヤノンのDNAがデジタルカメラでも発揮できたことです。カメラの本質である画質を徹底的に追求し、必要となる光学技術や高密度実装技術、電子デバイス技術、そして私たちがやっているファームウェア技術などを合わせた総合力をもって、まじめに製品づくりに取り組んできたことがお客さまに評価していただけているのだと思います」と語る。

 ちなみに小笠原氏が開発に携わっている組み込み用ファームウェアは、ハードウェア技術が目立ちがちなコンパクトデジタルカメラでは地味な存在に映りがちだが、同社独自のデジタル画像処理プロセッサ「DIGIC」をはじめ、あらゆる技術を束ねる重要な役どころだ。小笠原氏によると、「強力なハードウェア技術は必須ですが、それらをいかに生かして使い込むかというのがファームウェア開発の腕の見せどころです」という。

ファームウェア技術の根っこは同じ

 ではそんな小笠原氏は、これまでどのようなキャリアを経て、どんなスキルを身に付けてきたのか。

 「キヤノンには21年前に中途採用で入社しました。その前は電機メーカーで主に農業系の専用システム向けのソフトウェアを開発していました。もともと大学では数学を専攻したのですが、プログラミングに興味を持ち、ものづくりにかかわりたいと思って電機メーカーに就職しました。4年ほどたってそろそろ新しい仕事にチャレンジしたいと思っていたところへ、キヤノンでプリンタの組み込みエンジニアを募集していると聞き、それならこれまでやってきた自分の技術を生かせると考えて転職しました」

 キヤノンには、小笠原氏のように中途採用で入社してきたエンジニアが少なくないという。外部からも高いスキルを取り込んで、常に先進技術を駆使した製品を世に送り続けるのが、同社の活性化手段なのだろう。小笠原氏の場合は、当時エンジニアとしては数少なかったリアルタイムOSベースのファームウェア開発という前職のキャリアとスキルを生かした転職となったようだ。

 「キヤノンに入社してからは、プリンタ、スキャナ、光カード装置、光磁気ディスク装置(MO)を経て、当社が市場参入した1996年からコンパクトデジタルカメラを担当しています。仕事は一貫して組み込み用ファームウェアの開発です。それぞれまったく違った製品ですが、私にいわせればファームウェアに求められる技術や知識の根っこのところは同じで、要はそれをどう応用していくかです。その点、私の場合はいろいろな製品を担当できたことが、自らのスキルアップにも大いにつながっていると思います」

組み込みエンジニアに求められるQCD

 キャリアがスキルを生み、そのスキルがまた新しいキャリアを生む――小笠原氏はまさしくそれを体現してきた組み込みファームウェア開発のスペシャリストである。では同氏のような組み込みエンジニアになるためには、どのようなスキルを身に付ければよいのか。小笠原氏はこう語る。

小笠原氏が最初に手掛けたデジタルカメラが、1998年11月に発売されたPowerShot Pro70だった。168万画素(有効画素数160万)。価格は15万8000円(税別)だった

 「ソフトウェアのエンジニアとしては、当然ながらプログラミング言語やOS、アーキテクチャ、開発手法などといったソフトウェアに関する技術を幅広く修得することが求められますが、組み込みエンジニアにはそれらに加えて磨かなければいけないスキルがあります。それは、ものづくりのベースでもあるQCD、つまり求められる品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)を絶対に実現することです。品質と納期については組み込みに限らないかもしれませんが、難関なのがコスト。CPUの能力やメモリ容量、消費電力といった限られたリソースをどう効率よく使って、求められるコスト内に収めるか。組み込みエンジニアになるには、そのための技術や知識を大いに磨く必要があります」

 ではそのスキルを磨くためには、具体的にどうすればよいのか。「そうした技術や知識を習得する努力はもちろんのことですが、そこから先は自らの経験を常に次に生かしていくことが非常に重要だと思います」と小笠原氏。やはり、組み込みエンジニアにとっては経験を積み重ねていくことが大事なようだ。実際、小笠原氏自身も次のような経験をしたという。

 「光磁気ディスク装置のファームウェアを開発した際、コストとリソースが限られていたことから、サーボ制御やリード/ライト、外部との通信をはじめとしたあらゆる処理を1つのCPUで行わせるために、CPUの能力を効率よく割り振って最大限生かせるようにしました。厳しい条件があったからこそ生み出せた技術ですが、それが何と次のデジタルカメラの技術的な課題の解消にも役立てることができたのです。例えば起動時間。当初は数秒かかっていたものが、CPUの効率稼働で1秒程度に短縮できました。これなどはまさしく経験を次に生かせた格好の例だと思います」

開発プロジェクト全体を把握せよ

 小笠原氏には先に、ファームウェア開発の腕の見せどころの話を少し伺ったが、あらためて組み込みエンジニアとしての「やりがい」という意味では、どんなところに感じているのか。

 「それはもう何といっても、ものづくりそのもの。まず構想を練って設計して、それをプログラムにしてデバッグして……、そして最終的に製品になったときの達成感ですね。また、コンパクトデジタルカメラはコンシューマ製品ですから、自分たちのつくった製品が街角などで使われているシーンを見るとうれしくてたまらなくなります。新製品が出たときなどは店頭をのぞいて、お客さまがどのような反応をされるか、ドキドキしながら見ています。これはまさしく、ものづくりのエンジニアとしてのだいご味だと思います」

 これまでおよそ25年にわたって組み込みエンジニアひと筋に歩んできた小笠原氏。いまではマネージャとしてファームウェア開発部隊を率いる同氏にとっては、有能な人材を育成することもこれからの重要な仕事だ。そこで、これから組み込みエンジニアを目指す人たちに心掛けてほしいことを聞いてみた。

 「これから組み込みエンジニアを目指す人たちには、特定の技術や与えられた自分の仕事だけにとどまらず、どんな開発プロジェクトでも全体を把握して、その中での自分の役割をしっかりと理解したうえで仕事に取り組むように心掛けてほしいですね。組み込みエンジニアは特に、自分の持ち分の仕事だけできればいいという考え方に陥ってしまいがちなんです。実際にいま担当している製品ではそれで問題がなくても、次に違う製品を担当したときには通用しなくなってしまいます。つまり、いま手掛けている技術がすべてではないこと、次に違う製品を担当してもそれまでの経験が生かせるような技術や知識をしっかりと身に付けておくことが非常に大事だと思います」

コンパクトフォトプリンタにも注力

 では最後に、小笠原氏が考えるデジタルカメラの今後の進化、およびこれからのご自身の活動について語ってもらおう。

 「例えば5年先、デジタルカメラがどのように進化しているかと問われれば、明快な回答はできません。想像を超えるほど進化しているかもしれません。ただ個人的には、静止画を撮るというカメラ本来の役割はいつの時代にも残るだろうと考えています。おそらく大きく変わっていくのは、デジタルカメラの周りを取り巻くネットワークインフラをはじめとした利用環境だと思います。また、製品の中身としてこれから最も変わっていくのはメディア容量です。これはムーアの法則に基づいて今後も増大し、動画も本格的に扱えるようになるでしょう。とはいえ、デジタルカメラ本来の写真を撮るというところのファームウェアは今後も不可欠ですから、私たちはそれをベースに製品の進化を図っていきたいと考えています」

 「その前に、私たちがいまコンパクトデジタルカメラとともに力を入れているのは、カメラからダイレクトに写真をプリントできるプリンタ製品の展開です。まだ立ち上げたばかりの事業で開発フローも確立していないので、早急に体制を整えたいと考えています。私自身キヤノンに入社して初めてかかわった製品がプリンタでしたので、個人的にも思い入れがあるんです。コンパクトフォトプリンタ『SELPHY』という新ブランドも立ち上がったので、こちらも大いに盛り立ててコンパクトデジタルカメラとの相乗効果を高めていきたいと思っています」

 新しいコンパクトフォトプリンタのカタログを見せながら、身を乗り出して説明する小笠原氏の表情は、まさしく新しいターゲット製品を見つけた組み込みエンジニアそのものだった。

 

自分戦略研究所、フォーラム化のお知らせ

@IT自分戦略研究所は2014年2月、@ITのフォーラムになりました。

現在ご覧いただいている記事は、既掲載記事をアーカイブ化したものです。新着記事は、 新しくなったトップページよりご覧ください。

これからも、@IT自分戦略研究所をよろしくお願いいたします。