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不定期コラム:Engineerを考える(15)

年功序列の列車に乗るか、降りるか

加山恵美
2006/12/7

 ITエンジニアの働き方は年々多様化しているようだ。従来の前提や将来像が変化していく中、自分自身の行く道を模索している人が少しずつ増えているように思う。

感覚は変化してきている

 本屋で『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(城繁幸著、光文社新書)を目にして読んでみることにした。年功序列をテーマにした書だ。著者と近い年代のせいか、感覚的に共感できることも多かった。とはいえ筆者自身は年功序列というシステムから離れて久しく「そういえば普段からあまり意識していないな」といまさらながら気付いた。

 この本を通じてふと現状を見渡してみると、社会は着実に年功序列の前提や感覚が変化しているという印象がある。年功序列という前提、いや「呪縛(じゅばく)」のようなものは薄れつつあるような気がする。

 ただ年代により潜在的な価値観に温度差はあると思う。若い世代は年功序列にあるような昭和的な感覚や価値観をあまり持ち合わせていない。だが入社して周囲を見渡すとそうとは限らない。だから戸惑う。そして会社を離れる人も出てくる。

 だからといって、会社や価値観を模索するのは悪いことではないと思う。もちろん永遠に放浪したままでは困るだろうが、現実に直面したうえであらてめて考えをまとめることや適材適所に自分を置くことができれば、それはそれでいい。

ITエンジニア版の年功序列キャリアパス

 近年じわじわと実感することとして、ITエンジニアの職業や将来の幅が広くなりつつあることがある。基幹系からオープン系、または組み込み系などITエンジニアが活躍する領域は多岐にわたり、多様な役割が出てきて活躍のバリエーションも増えてきている。

 かつてITエンジニアのキャリアパスというと、暗黙的な感覚として、プログラマやシステムエンジニアから始まり、後に小規模チームリーダーとして部下を持つようになると、徐々に配下のチームやプロジェクトの規模が大きくなり、いつかはプロジェクトマネージャ、などという基本路線のようなものがあった。

 だがこれらの役割は明確に分かれているわけではないし、また実際の仕事内容や能力と一致しないことも少なくない。チームリーダーでも切羽詰まればプログラミングだってするし、すごく優秀で実績を積んだプログラマだっている。

 かつてこのようなキャリアパス像があったのは、年功序列的な感覚が前提としてあったからではないだろうか。いまさらながらそう気付いた。なんだ、年功序列の職位をITエンジニアに当てはめただけなのかと。

 この考えが絶対的な真実であると主張するほどの確信はないが、一直線の段階型キャリパスだといかにも年功序列的な感覚が前提にあるような気がする。

ITエンジニア、30歳定年説は都市伝説か

 それにかつては「30歳(〜35歳?)、ITエンジニア定年説」なんていう言葉もたまに耳にした。いまから思うと都市伝説のような話だった。

 現実では何ら違和感なく30代や40代になってもITエンジニアを続ける人を目にする。それどころか50代や定年間近だがXMLからJavaまで最先端の技術にものすごく強くて、XSLTを自在に操りマッシュアップのプログラミングまでばりばりこなす人もいる。そういうITエンジニアに筆者は、心の中で「お父さん、すごい」と素直に尊敬の念を抱いてしまう。

 それでふと気付いたのだが、「ITエンジニア定年説」の定年とは、実は年功序列的な感覚でいうところの「平社員を卒業し管理職になる」ことに相当していたのではないだろうか。

 いや待てよ。ということは、何か。もしそうならITエンジニアとは作業をこなす平社員と見なされていたということだろうか。いや、本来なら違うはずだ。技術職というのは作業員ではないだろう。

 潜在的な感覚に思いをはせるときりがないが、かつては年功序列の感覚に照らし合わせただけのITエンジニアのキャリアパス像というものがあったのではないかと思える。

減るが、わずかに残るのでは

 いまや年功序列は環境の変化にさらされて存在が危ぶまれている。昭和の高度成長期に当たり前のように浸透していた年功序列は「なくなりつつある」または「機能しなくなる」など、いずれ消えゆくものだという見方が多い。

 おそらくそうだろうと思う。年功序列は多数に適用できるシステムではなくなり、会社員の多くが持つ前提ではなくなるのだろう。

 ただし筆者は完全に消えることはないだろうとも考えている。レールの最終地点に到達できる人はわずかだろうが、年を重ねたことが主たる評価理由になるのは多少なりとも残るのではという意味だ。

 あくまで感覚的なもので大して根拠はないが、そういうシステムに価値や必要性を見いだす人や会社は残ると思うのだ。年齢以外に評価する指標が見つからない、または機能しないなど何らかの理由で。

40代と30代の違いとは何か

 だが確実に年功序列は先細りしていく。比較すると年上ほど年功序列の感覚は根強く、若くなるにつれて希薄だ。30代中ごろの筆者からすると、ちょうど40代の感覚と20代の感覚の中間に位置しているような気がする。

 間なのだから中間にいるのは当然だが、単に中間や平均にいるという意味ではなく、30代は何かの転換点にいるような気がするのだ。両方に手が届く位置にいるせいか、たまに複雑な気持ちになる。

 何が違うのかよく分からないが、大ざっぱな一般論として、40代が持つ感覚と30代が持つ感覚のどこかにギャップがあるとふとしたところで感じる。ただ30代の価値観はまだら模様でもあり、年上の世代と同じ感覚を持つ人もいれば、そうでない人もいる。だが20代となると40代の人が持つ感覚を持つ人はとても少ない。

 ここ数年そんな違いを漠然と感じていた。その違いの1つに年功序列への信奉度みたいなものがあるのではとふと気付いた。

違いはどこから生まれたか

 40代と30代前半の違いを生んだきっかけの1つに就職氷河期があると思う。バブル時代に会社からちやほやされて入社した人と、会社の都合でいきなり冷たくあしらわれた人とでは社会人の出発地点で明らかに違う待遇を受けている。

 入社して何年かすればそんな入社前の数カ月間の記憶など忘れてしまうと思うかもしれないが、会社に対する第1印象は将来にわたって影響するのではないだろうか。特に潜在的な信頼関係や忠誠心などだ。

 20代となるとまた少し違う。採用する側が即戦力を重視し始めたため、評価される側も即戦力を身に付けようと変化してきた。裏を返すとそれまでは即戦力より忠誠心のようなものが重視されていたのではないだろうか。それで生き残る人材も価値観も変わる。

 そうして頼りにする対象が「会社の年功序列」から「自分の即戦力」へと、より端的にいうと「会社」から「自分」を信じるようにと変化しているのかもしれない。実際に20代と話すと年功序列や終身雇用なんて自分たちが引退するまでに崩壊するという感覚でいることがありありと分かる。これも年代ごとの違いの1つだ。

従来のシステムに残るか、去るか

 そもそも年功序列とは人口が末広がりで、かつ経済成長がなくては維持できないシステムだ。人口減少時代に突入した日本で機能不全となるのは明らかである。20代や30代はこの事実と将来をきちんと受け止めているが、それより上の世代となると「たぶん自分の世代まではどうにかなるだろう」という感覚や期待もいくらか残っていると感じる。

 最終的にそれが正しいかどうかは何ともいえない。社会の動向次第、会社次第、本人の努力や運次第でもあるからだ。

 ただ確実にいえるのは、ITエンジニアにしろ何にしろ、親の世代のように一直線のレールを進むキャリアパスを進めるとは限らないということだ。多少の遅滞は生じるけども、年を重ねるにつれて次の駅、次の駅へと進むようなレールに乗ることになるだろう。

 レールは確実に減っていくだろうが、完全になくなるとも限らない。レールの上に残ることに賭けるのもいいだろう。それもいいし、または一直線のレールから途中下車して違う道を模索することもできる。それ以前に最初からレールに乗らないという選択肢だってあると思う。

何に価値を見いだして歩むか

 エンジニアならプロジェクト管理へ進む道もあれば、専門技術をとことん究める道もある。またはITアーキテクトなどエンジニアで得たスキルに別の要素を加えた独特の道に進むのもいい。バリエーションは広い。

 ただ広いとかえって迷うこともある。迷ったときは自分が何を重視するか見定めることが必要ではないだろうか。達成感や満足の基準を何とするかだ。収入か、職位か、実績か、評価か、はたまた成果物となるシステムの品質か。または仕事ではなく家族や趣味か。

 冒頭に紹介した本の著者は年功序列というシステムが崩壊することについて、悲観的には受け止めていない。随所で感想などを見ると「年功序列が奪う日本の未来」というサブタイトルから「年功序列が崩壊することで日本の未来が崩壊する」と誤解する人がいるような気がしてならない。だが逆だ。「年功序列にいつまでも縛られていると日本の未来が奪われる」というのが、著者のメッセージではないだろうか。

 年功序列というシステムはこの先確実に機能しなくなるが、それは年功序列というレールに縛られることがなくなることを意味する。だからむしろ幸せではないかと受け止めることもできる。著者は結びで「自分で道を決める自由」という「宝物」があると説いている。

 心の中の「宝物」は自由かもしれないし、実は違うものかもしれない。だが考え抜かないと宝物は見えてこない。自分で考えることが大事だと思う。

筆者紹介
加山恵美(かやまえみ) ●茨城大学理学部化学科卒業。金融機関システム子会社とIT系ベンダにてシステムエンジニアを経験し、グループウェア構築や保守などに携わる。そのかたわらで解説書を執筆していたが、それが本業と化す。技術資料を提供することで、日夜システムと格闘しているエンジニアをサポートできればと願う。幼少からバレエを始め、現在コンテンポラリーダンスを習っているが、いまだに身体が硬いのが悩みとか。双子座A型。

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