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不定期コラム:Engineerを考える(16)

外科医とITエンジニアの意外な共通項

加山恵美
2007/5/18

背中にゴミがたまる:トラブル発生

 昨年、背中から角(!)が生えて病院のお世話になった。といっても、エイリアンや妖怪に襲われたとか、奇病になったわけではない。皮膚の下に皮脂や角質(垢)がたまってしまったそうだ。痛みがなかったのでしばらく放置していたのだが、そのうち気になるほど大きくなり、友達の勧めもあり、いやいやながら病院に行くことにした。

 一般的には、少し切開して出口を作ればゴミを袋ごと出せるそうなのだが、そこにばい菌が入ると周辺もろとも取り除かなくてはならない。本格的にばい菌が入ると痛みや白血球減少でぐったりするそうだが、筆者の場合はまだぴんぴんしていた。

 土曜日に切ってみたものの、翌週の月曜日に別のお医者さんが診たころには患部が腫れてきた。ゴミがきちんと取り出せていなかったらしく、今度は本格的に切らないといけないらしい。悪いタイミングが重なってしまったようだが、そんなに何度も試行錯誤で切られたらたまったものではない。「明日お願いします」とその場は再手術の恐怖でひとまず逃げた。実際、その日は取材もあったのだ。だが不信感が募り、夕方には違う病院に駆け込んだ。

 「だめだよこれじゃあ。穴開けただけだもん」

 いかにも「下町の医者」の雰囲気がある院長さんは、傷口を見て即座にこういった。あまりに露骨、いや正直な指摘にショックのあまり崩れ落ちそうになったくらいだ。院長は周辺を全面的に切除する必要があると判断を下したが、翌日なら外科の得意な副院長がいるらしく彼に任せれば大丈夫だという。

切りたい衝動を抑えていた外科医

 そして翌日「今度こそ切られる」と決死の覚悟で副院長と対面するも、前日院長が出してくれた抗生物質のおかげで患部は腫れが引いていた(そのときになって初めて、それまで抗生物質が一切与えられていなかったことに気付き疑問を感じたのだが……)。

 「いま切る必要はない」との判断で手術は見送られた。それはそれで胸をなで下ろしたが、よく考えれば背中の隆起は残ったままである。いつ本格的に噴火するか分からない火山を抱えたまま生きていくのも怖い。数日後、意を決して副院長に「やっぱり切ってもらおうと思いました」と手術をお願いした。

 少し間をおいて副院長は「そうか」とうなずいた。そのとき、副院長の顔から喜びの表情が見て取れた。いかにもうれしそうだったのだ。言葉少なく応じたものの、内心は「やったぜ」というような顔をしていた。

 「……。先生、うれしそうですね」

 「そうでないと外科は務まらないからなあ。あっはっはー」

 図星らしい。外科のプロフェッショナルの副院長にしてみれば、こんなにいい機会はない。再手術の日、副院長はやる気満々で電気メスやら何やら持つ武器を駆使して患部を切除してくれた。切ってみればすでにばい菌が潜んでいたらしく、そのまま放置していたらまずいことになっていたようだ。

 失礼ないい方かもしれないが、傷口を少し見ただけで「うひゃー」とお手上げの状態で逃げ出したくなるような弱虫の筆者からすれば、皮膚を切り裂くことに喜びを感じる外科医の心理はまったく理解できない。だがそういう人がいるからこそ、筆者は助かった。世の中、うまくできているものである。

たらい回しにされるトラブル

 この経験はいろんな意味で印象深い出来事だった。タイミングが絶妙だったのかもしれないが、こうも医者の意見が分かれると誰の所見を信じたらいいのか分からなくなりそうだ。それだけ診断は難しいということだろうか。

 ITエンジニアの仕事も、時として医者の仕事と似ているのかもしれない。運用していてトラブルが発生すればプロフェッショナルの出番となる。だが表面化している問題から原因を探り、適切な対処は何かを判断するのはとても難しい。特にパフォーマンスが徐々にスローダウンしていくときなど、要因が複雑に絡み合うと原因分析は困難を極める。

 筆者の例なら背中が隆起したのが最初に発見された表面的な問題だ。今回の場合は分かりやすい例だろう。医者は内部にゴミがたまったものとすぐ判断できたようだが、最初のプロフェッショナルは少しだけ切除して対処しようとした。

 これをITの運用で生じたトラブルと考えると、とてもありがちな光景が浮かんでくる。通報を受けトラブルを最初に見たITエンジニア(土曜日の医者)は、「まずはパッチで修正しよう。これでうまくいくはず」と対処した。だがそのパッチを当ててから問題は悪化し、数日すると管理画面にはエラーログがずらりと並ぶようになり別のITエンジニア(月曜日の医者)が「何じゃこりゃあ?」と驚く事態となっていた。

 そこでシステム管理者は、たまたま近くにいた専門外のITエンジニアに意見を求めてみたら「こりゃあ、駄目ですね。でもうちにいいITエンジニアがいるから明日連れてきましょう。それまで問題ありそうなサービスを停止しておきましょうか」と応急処置をしてくれた……かのようにだ。

本音を抑え、必要最小限の処置にとどめる

 そうして最後に真打ちが登場する。彼はいきなり大なたを振るうことはしなかった。もちろん彼の腕なら間違いなく処理できただろう。だが外科手術にしろ、トラブルシューティングのための設定変更にしろ、実行することで発生するリスクはゼロとは限らない。処置する範囲が広ければほかへの影響だって大きくなる。だから慎重になった。

 だが内心では衝動もあったようだ。腕に自信があればこそ、大胆に問題のある部分を除去したいと思ったはずだ。ITの現場ならトラブルの周辺に散見する、熟練者から見たら不出来で気にくわない何かだ。例えば「何だ、このセンスの悪いSQLは」とか「何でこんなデータ構造にしているんだ」とか、「おれならこんなことはしない。修正してやりたい」と思うようなことだ。

 実際、最終的に手術してくれた外科医は最初の医者が切った跡を取り除くように切除した。単に患部を切除するだけなら一直線に切ればいいのだが、外科医は細長い葉の輪郭を描くように切ったのだ。たぶん最初の傷跡は彼の美意識によほどそぐわないものだったのだろう。

 手術の計画段階から「おれはこう切る」と前の跡を除去することを断言しており、その話しぶりからすると気持ちのうえでは患部を除去するより優先順位が高かったのではと思えたくらいだ。だが、そうした隠れた本音も「やはり医者も技術者であり人間」と思えてしまった。

 トラブルシューティングをするようになると、問題の原因ではなくても見苦しいソースや設定などを見ることもあるだろう。熟練になればなるほど、ほかのエンジニアの仕事の出来・不出来が目につくようになる。だがトラブルシューティングでは対処は必要最小限に絞らなくてはならない。必要以上に修正してしまうとかえって混乱してしまうことだってある。

 腕のよいプロフェッショナルは時には美意識を追求したい気持ちを抑え、必要な処置のみ施せるものなのだなと思った。

筆者紹介
加山恵美(かやまえみ) ●茨城大学理学部化学科卒業。金融機関システム子会社とIT系ベンダにてシステムエンジニアを経験し、グループウェア構築や保守などに携わる。そのかたわらで解説書を執筆していたが、それが本業と化す。技術資料を提供することで、日夜システムと格闘しているエンジニアをサポートできればと願う。幼少からバレエを始め、現在コンテンポラリーダンスを習っているが、いまだに身体が硬いのが悩みとか。双子座A型。

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