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外資系コンサルタントのつぶやき 第25回
海外へのアウトソーシングの是非

三宅信光
2004/10/26

   海外移転の理由

 今回は最近IT関連分野で流行している「海外への業務委託」(アウトソーシング)についてお話ししようと思います。ITの開発に限らず、人件費の安い海外に生産活動を移し、コストを下げようという動きは昔からあります。生産業でははるか前から、工場の海外移転が進められてきました。もっともこれは必ずしもコスト面だけの話ではなく、製品を販売しようとした場合、関税やそのほかの制度的な問題で、現地で生産した方が有利な場合があったから、ということもあります。

 IT関連でいま進められているのはプログラム開発やコールセンターといった、比較的付加価値が低い(と思われている)作業を、優秀な人材を安い人件費で採用できる国で行い、開発コストや運用コストを下げようとするものです。実際私のいる会社でもいくつかのプロジェクトでは、海外の組織を使って開発費を抑えたケースがあります。また、私の会社では一部の部門を海外の部隊に委託し、コスト削減を行ったりしています。

 確かに、インドや中国には非常に優秀と思われる人材が数多くいるようです。日本の場合、取りあえず言葉の壁があるので、要件の取りまとめまでを任せた、という話はまだ聞きませんが、プログラム開発、テストといったフェイズであれば日本人よりも優秀かもしれません。何人かの中国人の方と仕事をしましたが、言葉の壁はともかく、ITスキル、特にプログラミングスキルについては非常に高いものを持っていました。もうかなり前になりますが、インドから来た方と仕事を一緒にしたときも同じ印象でした。

   海外開発での失敗事例はコミュニケーションに

 しかし、私自身はこうした動きに疑問を覚えています。開発を海外に委託して成功したプロジェクトもあります。私が知っている成功したプロジェクトは海外の委託先に日本語に非常に堪能なスタッフがいて、その人が日本側の要件取りまとめ、チームとのパイプ役を務めてくれました。おかげでコミュニケーションがスムーズで、問題が起きなかったと聞いています。ただ、そのスタッフは最初からいたわけではなく、最初はかなりコミュニケーションに苦労して、思ったようにプロジェクトを進めることができず、やむなく、その人を強引に連れてきたとも聞いています。

 一方で、失敗したプロジェクトの話も聞いています。私が聞いた失敗プロジェクトの例は、そもそも日本側のスタッフの業務取りまとめスキルに問題があったので、必ずしもプログラム開発フェイズを海外に委託したことがすべての原因であったわけではありません。

 しかし、コミュニケーションに問題があったことが、「プロジェクトに致命傷を与えた」といってもよい状況を作り出してしまったようです。すでにそのプロジェクトは終了し、システムは稼働しているのですが、当初はまともに稼働せず、カットオーバーしてから日本側でさまざまな手直しを行い、やっとの思いで動かしたようです。

 友人がそのプロジェクトで働いていましたから、「どうだった?」と聞いたのですが、「こちらの取りまとめもひどかったが、海外にこちらの要望がきちんと伝わらなくて。結局、海外で開発したコードのうち、残っているのは10%に満たないんじゃないかなあ」と、疲れた表情でいっていました。要は海外で開発してもらったものをもう一度日本で開発し直したので、ほとんど同じシステムを2回作ったような状況になってしまったわけです。

   身近な海外アウトソーシングでのストレス

 先ほど、私の会社の一部の業務も海外に委託されていると書きましたが、まだ仕組みの整備がきちんとできていないこともあって、時々いき違いや、矛盾を感じることもあります。

 例えば、私がある書類をもらおうとしたときのことです。最初、日本に残っている担当に尋ねたところ、海外スタッフに申請してほしいといわれました。それで、電子メールで申請をしますと、よく分からない答えが返ってきました。どうも海外スタッフが私の日本語を理解し損ねている様子です。何回かいい方を変えたりして、やりとりをしたところで、やっと私が何をしたいのか、理解してもらえました。少し急いでいたこともあって、かなりストレスを感じました。何回も電子メールのやりとりをして、やっと海外スタッフに理解してもらえた結果は、何と日本に残っていたスタッフに申請し直してくれというものでした。

 私と海外のスタッフが電子メールでやりとりをしている間に、申請のルールが変わったためだそうです。まあ、これは制度の移行の際にありがちな話かもしれませんが、最後の海外スタッフからの最後の電子メールを読んだときは、しばらく絶句して、「わが社は役所と同じか」と思わずつぶやいてしまいました。

 成功例、失敗例を見ると、コミュニケーションの問題が最大であり、それをクリアできれば海外での開発、あるいはコールセンターといった業務を海外に委託することはできないことではないように思います。確かに、海外のIT技術者のスキルは高いものがありますし、また、人件費は1けたは違います。壁となるコミュニケーションスキルも、中国などには日本語をよく理解する人材もかなりいて、チーム体制などをよく考えれば、大きな問題にならないかもしれません。しかし。私が危ぐしているのは、コミュニケーションが取れるか取れないか、というポイントだけではありません。

   海外の人件費の大幅な上昇

 1つは海外に委託する大きなメリットである、海外の人件費が急激に上昇していることです。いつまで海外に委託することがコスト的に有利なのかは、あまり楽観視できないのではないでしょうか。

 実際、ITスキルが高く、日本語を理解可能な人は、例えば中国などでもかなり優秀とされる人材です。そういう人の人件費は、年率で10%以上の割合で上がる場合もある、と聞いています。海外のITの会社と信頼関係を結び、委託が可能な状況を作り上げる、あるいは自前の部隊を海外に作り上げるでもよいですが、それなりのコストと期間がかかります。国内部隊がその体制に順応する時間とコストも必要です。委託先の人件費の上昇によってせっかく作り上げた信頼できる委託先、あるいは自前の海外スタッフによる部隊が、どのくらいの期間、海外委託による人件費削減のメリットを維持できるのでしょうか。海外委託の体制づくりに必要なコストと期間に見合うのかどうか。

   いわゆるスキルの空洞化と将来の不安

 もう1つ危ぐする点は、開発フェイズを海外に委託することによる日本国内の開発スキルの低下です。これは単にプログラミングだけではなく、開発、テストフェイズのプロジェクト管理のスキルの低下を含みます。こうしたスキルは教科書を読むだけで取得できるものではなく、実践での経験が必要なものだと思います。小規模なものを教育目的で日本で行えばよいといった話もあるでしょうが、大規模プロジェクトと小規模プロジェクトでは必要とされるスキルが変わるものです。いずれ海外の開発コストも上がり、開発フェイズなどを海外に委託することがコスト的にも見合わなくなったとき、日本の開発スキルが低下していたため、なかなか国内に戻すことができないといった事態にならないか、と考えるのは杞憂でしょうか。

 いずれ、日本と日本よりも低コストである海外の人とのコストの差がなくなるとき……。こうした日はいつかくるでしょう。それこそが、国境を越えた新たな競争の始まりを告げるのではないでしょうか。海外のIT企業が力をつけてきて、日本に本格的に進出してくるかもしれません。そのとき、日本のIT企業に開発能力がなくなっていたら、どのような対応をするのでしょうか。

 取りあえずITと名が付けば投資をしてくれる時代はずいぶん前に終わったように思います。日本という限られた、それも今後も少子化によって確実に小さくなるパイの中で生き残るためには、優れた戦略、戦術とともに、しっかりとした実行能力が求められるのではないでしょうか。安易な海外への委託が、自らの将来の競争力を削ぎ取ってしまう結果を生まないか。それが私が一番恐れているシナリオです。

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