学校のIT教育現場も人材不足 特別編
最終回(第7回)
高校生の科学オリンピックは、ITなんて当たり前
中内美紀
2002/9/18
本当にお久しぶりです。前回からだいぶ日がたってしまいました(正確にいうと9カ月ぶりです)。別にネタがなくなって連載を続けることが難しくなったわけではありません。毎週学校に行けば、必ずや珍事件や難題は起きていました。ただ、そうした学校の「変わらない状況」に、少し嫌気がさしてきて、原稿を書くのがつらくなったのです(地域によっても違うのでしょうが)。しかし、この連載がきっかけになり、米国のIT教育やIT活用の一断面かもしれませんが、それを見学する機会がありました。これは読者に伝えなければと思い、今回の原稿になったという次第です。そして、今回でこの連載も最終回にしたいと思います。なお、本記事で取り上げた参加者の学校名・学年などは、ISEF 2002への参加権を獲得した当時のものです。
Intel ISEFとは? |
米国ケンタッキー州ルイビルで、2002年5月12日から1週間の日程で開催された「Intel ISEF(International Science and Engineering Fair) 2002」を取材する機会がありました。ワシントンの非営利団体、サイエンス・サービスがボランティアで運営を始めてから今年で53回目を迎えるこのイベントは、「高校生の科学オリンピック」とも呼ばれているそうです。Intelが教育支援活動「Intel Innovation in Education Initiative」の一環として、このイベントを1997年からメインスポンサーとして支援しているそうです。
ISEFに集まったのは、世界39カ国総勢1200人以上の学生たちです。学生たちは、総額300万ドルの賞金を競い、数学、物理をはじめ、コンピュータ・サイエンス、エンジニアリング、老人学(Gerontology)、細菌学など計15分野から研究テーマを選んでその成果を披露するとともに、世界各地の同年代の仲間のほか、審査員の科学者(中にはノーベル賞受賞者も!)や研究者などと交流を図ります。
今年、本大会での最優秀賞「Intel Foundation Young Scientist Award(インテル青年科学賞)」を受賞し、奨学金として5万ドル、副賞として高性能パソコン、ストックホルムで開催されるノーベル賞授与式への招待を獲得したのは、化学、物理、行動社会科学部門の3人でした。化学部門の受賞者、アレキサンダー・ミタルさん(米国コネチカット州、17歳)の研究テーマは、「自己形成型DNA・PNA複合体を用いたナノ(超微細)構造」です(写真1)。
写真1 「Intel Foundation Young Scientist Award(インテル青年科学賞)」を受賞したアレキサンダー・ミタルさん(米国コネチカット州、17歳) |
テーマからは想像しにくいのですが、コンピュータチップの開発が、より小さく、より速く、より安い電子装置との関係で変化する可能性があるのかどうか、という研究です。このように、コンピュータ・サイエンスやエンジニアリング部門以外でも、研究のプロセスでコンピュータや最新テクノロジが多く使用されています。例えば、「タイヤの隠された物理法則」(写真2)のテーマで、人間の肺に悪影響を及ぼすゴム微粒子を収集する装置を作った学生もいれば、「安価なマテリアルを利用し、コンピュータで地雷危険地域イメージを作成する“地雷探知機”」(写真3)を発明した学生もいます。
写真2 「タイヤの隠された物理法則」というテーマで発表した学生 | 写真3 「安価なマテリアルを利用し、コンピュータで地雷危険地域イメージを作成する“地雷探知機”」を発表した学生 |
コンピュータ・サイエンス部門でも、「(人間の)神経ネットワークを使用したHIV治療反応の予測」(ジュニファー・ペイカイ・ジーさん、米国メリーランド州、17歳)、「コンピュータは、人間のスピーチ時の感情変化を理解することができるのか?」(エンドン・ユさん、中国、16歳)といった多岐にわたるテーマを扱い、プログラム作成や研究を行っています。
学生たちが選ぶ研究テーマには、彼らを取り巻く社会事情や環境が、大きく反映されているようです。例えば、近年、深刻なゴミ問題を抱えるメキシコの学生たちは、「大人に私たちの研究結果を実感してもらいたい」と、ゴミ再生利用の研究をしています(写真4)。太陽エネルギーを使用した冷却システムによる「低コスト冷蔵庫」を作ったのは南アフリカの学生で、母国で特許を取得したそうです。電球の伝導熱と放射熱を利用した「クレヨン創生マシン」を作り出したエリザベス・ウィットフィールドさん(米国アーカンソー州・16歳)の父親は、美術の先生。家中に散らばる使いかけのクレヨンを何とかしたいためにこの研究を始めました(写真5)。
写真4 深刻なゴミ問題を抱えるメキシコの学生たちは、ゴミ再生利用の研究をしている |
写真5 「クレヨン創生マシン」のヒントは、自宅に余っていた使いかけのクレヨンにあった |
大きな機械などの発明展示も多かったのですが、どの展示も発明が最終目的ではなく、プロジェクトの仮定を立て、実際にデータを取り、結果と結論を出すまでの一連のプロセスすべてをこなしているのです。
大学や企業からのサポートと特許申請 |
発表や展示を見ていると、大掛かりな装置や機器を使用した研究なども多かったのですが、こうした研究などでは、かなりの費用が掛かるのではないかと思われる人もいらっしゃるでしょう。こうした研究では、必要なソフトウェアを販売元のソフトウェア会社に援助してもらう、研究のための環境がない場合は大学と交渉して研究所の使用許可をもらうなど、日本では考えられないようなことが、米国代表の学生にとっては当たり前のようです。
例えば、「遮へい物を使用した携帯電話中の非電離放射線の減少研究」を行った高校生は、携帯電話会社からテスト用の携帯電話と非電離放射線の測定器を借りるなどして、全面的にサポートしてもらったといいます(写真6)。また、研究結果に対して、すでにその携帯電話会社からビジネスの話が持ち上がっているというのです。レイチェル・ローゼンバーグさん(米国サウスカロライナ州、17歳)は、核融合反応を研究するためにNASAの装置の使用許可を得ました。毎年最終選考に残ったテーマのうち、何と15%が米国特許を申請しているというのですから、政府や企業が高校生たちをサポートする姿勢もうなずけます。
写真6 携帯電話での研究では、携帯電話会社のサポートなども受けられたという |
ISEFでは、私の持っていた科学コンクールというイメージを覆されました。取材するまでは、ISEFについて「国際学生科学技術博覧会」という日本語訳から、何となく地味な「科学コンクール」を想像していました。しかし、実際にISEFを目にしたところ、その規模と中身の濃さに圧倒されました。また、女子の参加比率が全体の46%に及ぶこと、広大な会場内に与えられた個別の展示ブースとプレゼンテーションによる審査方法、ノーベル賞受賞者や博士号保持者などを含むプロフェッショナルな審査員たち、1週間に及ぶさまざまなイベント、巨額な賞金など……。そして、多感な時期の学生たちに与えられる経験やチャンスを実感させられました。
ISEFは、全米50州と世界各国の500以上に及ぶ各種科学コンクールと提携しており、各コンクールで選ばれた個人2名と1グループが参加できるという選抜方法になっています。1週間のISEF参加旅行は、各コンクールで選ばれた彼らへのご褒美でもあるわけです。ISEFへの参加者は「Finalist」と呼ばれ、さらに大きなアワードへと挑戦する機会を与えられるのです。米国の高校生たちにとってISEFは、サッカーやアメリカンフットボールの本大会といったところでしょうか。サイエンスやエンジニアリングに興味を持った学生たちも、スポットライトを浴びることができるのです。米国内の学校では、すべての学生たちへ科学コンクールへの参加を勧めており、決して成績優秀な学生だけが集まるわけではないようです。
審査の方法は |
1週間に及ぶコンテストの中身は、日本で一般的に行われるコンクール形式(研究内容を送付して審査する)とはかなり異なります。「Finalist」たちはコンベンションセンター内の会場に各自ブースを与えられます(写真7)。最初の3日間は研究内容を展示するための設営作業に取り組み、4日目は審査日です。5日目は一般客向けの展示日で、最終日がアワードの発表と授与式となります。
写真7 審査でアピールできるよう、各自工夫を凝らした展示を行っていました |
開催地のルイビル空港に降り立つと、大きなパネルを持った子どもたちを何人も見掛けましたが、それはブースに展示するものだったようです。カラフルなプレゼンテーションを貼り付けたパネルを持参して組み立てたり、女の子らしい飾り付けを行ったりと、その展示方法はさまざまです。
審査員は、前述したようにノーベル賞受賞者や博士号保持者など、その分野のプロフェッショナルが総勢600名以上。審査員の控え室はかなり厳しく出入りがチェックされ、審査当日は、審査員と「Finalist」以外は会場内に入ることを固く禁止されます。審査員たちは、まず書類でこれはと思う研究に目を付けておき、審査当日、各ブースを訪れます。そこで直接研究した学生本人の説明(プレゼンテーション)を聞き、質問するのです。
そのため、プレゼンテーション能力が「Finalist」にとって大きなカギとなります。日本からの参加者は、世界での標準的な研究レポートの書き方やプレゼンテーション方法に対する予備知識がないため、それを見て驚くことが多かったようです。
取材前には、研究が終わっているはずにもかかわらず、なぜ3日間もの設営期間があるのか疑問でした。実はこの間に、提出された書類と合わせてプレゼンテーションやブース内容が規定に沿っているかどうかのチェックが行われているようでした。少しでも懸念があれば、その研究を行った個人を呼び、事務局によって審査が行われることもあるようです。
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