第1回 WhyとHow、どちらで悩みますか?
野村隆
2005/3/2
将来に不安を感じないITエンジニアはいない。新しいハードウェアやソフトウェア、開発方法論、さらには管理職になるときなど――。さまざまな場面でエンジニアは悩む。それらに対して誰にも当てはまる絶対的な解はないかもしれない。本連載では、あるプロジェクトマネージャ個人の視点=“私点”からそれらの悩みの背後にあるものに迫り、ITエンジニアを続けるうえでのヒントや参考になればと願っている。 |
■ITエンジニアの経験年数と悩みとの関係
ITエンジニアとしてのキャリアは何年になりますか。連載の第1回の冒頭としては乱暴か書き方かもしれませんが、皆さん、いかがですか。
3年以下であれば、悩みはまだ少ないでしょう。石の上にも3年とはよくいったものです。まずは3年を目安に無我夢中でキャリアを磨いてください。3年持たない人はエンジニアに向いていないのでしょう。多くのITエンジニアを私は見てきました。その中で、ITエンジニアとしてイマイチだったと感じた人が、営業や人事など、まったく別の職種で大活躍している例を多く知っています。ITエンジニアとしてのキャリアをあきらめることは恥ずべきことではありません。自分の進むキャリアを思い切って変えて、自分に向いた職種を探すことの方が大切なことです。
ITエンジニア歴が3〜5年程度になると、見えない壁に当たって悩み始めている人が多いかもしれません。そういう人は、これまでの数年間で自分が磨いてきたスキル、例えば、コンピュータ言語、ミドルウェア、パッケージソフト、ハードウェアなどの知識やスキルといった何かが身に付いたでしょう。その身に付いたスキルを使う作業で、仕事上1回区切りがつき、次のキャリアというか専門領域に踏み込むときに悩みが表れることもあるかと思います。
それは次のような悩みです。いままで磨いてきたスキルをそのまま生かした道を進むべきか、それとも別の路線のスキルを磨くべきか。
せっかく磨いたスキルだから生かしたい。が、磨いたスキルそのものは、IT業界でいつまでも重宝される保証はありません。だからこそ、悩み始めるのだと思います。
そしてITエンジニア歴が5〜10年程度の場合は、悩みはより深くなっていることがあるのではと思います。30代前半くらいから、いくつかの専門領域を持ったが、このままITエンジニアとしてスキルを積んでいく人生が正しいのか、それともマネージャや課長といった管理職としてのスキルをつむことが正しいのか? 後者のスキルを会社からも求められることが多い中で、自分の進むべき道が見えなくなってしまうことがあると思います。
こうした悩みは、ITエンジニアの先輩に聞くまでもなく前からあった話です。ただ、技術革新の速度を考えると、悩み始める時期がより早くなっているのではないかと思います。しかし、そうしたことを前提にすべきでしょう。技術革新の波のスピードは止めようがなく、スピードに抗うよりはむしろ、そうしたスピードを前提として、自分自身のキャリアのことを考えないと精神的にも、キャリア的にも持たなくなっていると感じるからです。
つまり、ITエンジニアにとって悩み多き時代になっているのです。IT業界のエンジニアは程度の差こそあれ、皆悩んでいるのです。
では、悩み多き時代をいかに乗り切ればいいのでしょうか。悩みの根本原因を理解して、対応を考えないと対症療法で終わります。そこで、悩みの根本原因について考えてみましょう。
■悩みの根本原因:現状を打破したいが……
多くの人は次の図1に表したように、図の右と左のどちらに進むかを悩んでいるのです。
図1 悩みの図。右に行っても左に行っても不安になる |
しかし、どちらに進むにしても悩みから解放されるわけではありません。そもそも進む方向が決まっていれば悩みはないわけですが……。
ITエンジニア(技術系)に進む場合は、以下のような不安があると思います。
- 本当にいまのままのITエンジニアでいいのか。
- 自分が年を取る中で、ITエンジニアのまま居座り続けることは可能か(特別優れたごく一部のITエンジニアを除き、万人に許されているとは思えない)。
- 持っているスキルが陳腐化するのではないか。いま持っているスキルとはまったく別のスキルを身に付けないとITエンジニアであり続けることができないのではないか。
- IT産業が中国・インドなどで外部委託される流れに伴い、産業の空洞化が進み、ITエンジニアとしての自分の職がなくなるのではないか。
プロジェクトマネージャ(プロマネ。または管理系)に進む場合は、以下のような不安があるでしょう。
- 従来は培ったスキルで仕事が評価されていたが、評価体系が変わり、自分がいままでどおり評価されなくなるので、いままで培ったスキルがもったいない。
- いままで作業してきた、ITエンジニアの仕事と違った職種となるので、果たして、うまくやっていけるのか。
- そもそも自分はプロマネに向いていないのではないか。
現状を打破したい、だけど何をしていいのか分からない、という人は多いでしょう。
この場合、ITエンジニアとしての成功体験に引きずられて、常に技術中心に考えてしまうのではないでしょうか。だからといって、自分がスーパー技術者で、ほかの技術者よりもはるかにエンジニアとして優れているか、というとそういうわけではないでしょう。ITエンジニアとして今後10年、20年やっていく絶対的な自信、論理的な根拠もないでしょう。
これらは結局、いったい自分は何になりたいのか、どうありたいのか、という根本的な疑問を抱えてしまっているわけです。
■株の取引で重要な考え方
ここでちょっと話題をかえて、株の取引の話をしましょう。
インターネットを活用した株の取引が盛んです。例えば日本経済新聞には個人投資家のことを伝えるニュースが毎日のように掲載されています。さらに、各種週刊誌には「注目銘柄100選」や「ボーナスで買いたい値上がり銘柄50選」といった記事がよく掲載されています。
株式投資においては、週刊誌の注目銘柄を読んで投資するような、Howに固執した「初心者」は負けることが多いでしょう。短期的な金もうけしか考えない、つまり投機的投資をしている限り、偶然、1回や2回は勝つでしょうが、結局いつか大負けして、結果として損をします。初心者にとっての株式投資は、宝くじを買っているのとあまり異なりません。How To本とか雑誌のお勧めに従って株を買って、株価が上がることを祈っているだけです。1回1回の取引の勝ち負けに一喜一憂しているわけです。
つまり「初心者」はHowに固執しているといえます。
一方、「株式投資のプロ」は機械的に利益を得ようとします。期待収益が計算されており、リスクを数値化して管理・マネージしているのです。いい方を換えると、株に期待する収益を理解しているので、株でここまでもうけよう、例えば、10回取引して取引元本に対して10%の収益を実現しようといったことが管理されているのです。
なぜ株を買うのか。それは期待収益10%を実現するため、というWhyがしっかりしているのです。
そうなると、「株式投資のプロ」は1回1回の取引の勝ち負けはあまり気にならなくなります。10回、20回という取引のトータルでの負けの金額を少なくし、勝ちの金額を増やすよう、確率を管理するのです。つまり、損をマネージしているから勝つといえるでしょう。
整理すると、「株式投資のプロ」は、なぜ株を買うのかを理解している、Whyを把握しているので、「マル秘の注目銘柄100」とか「ストップ高間違いなしの20選」というような、本質的でない、表層・小手先のHowに固執しないといえます。
■技術ではない軸を考える:HowではなくWhy
話をIT業界に戻しましょう。IT業界においても、How To本は世の中にあふれています。やれ「Excel」や「Word」の入門本から始まって、Java、ネットワーク、データベースなどのHow To本はたくさんあります。
確かに手先の技術は重要です。ITエンジニアとしてIT業界にいる以上、ITに関する何らかの技術を持っていなければならないでしょう。開発プロジェクトを進めるうえで、「私は頭がいいですが、ITスキルがありません」という人がいたとして、そういう人と仕事がしたいと思いますか(新人などの場合は別として)。そういう人がシステム開発プロジェクトで戦力になるでしょうか。答えはノーです。
しかし、テクニックに依存していると、手先のテクニック、つまり、Howに振り回されるようになります。株式投資の「初心者」と同様、Howに固執してしまうと、結局、Howを追い掛けるだけで、いつまでたってもHowを永遠に求めるだけになってしまいます。
前述の、悩みの図では、手先のテクニックを右側のプロマネに求めて会得するか、左側のエンジニアに求めて会得するかの違いでしかありません。Howを追い掛け回して終わりなき旅を続け、いつまでたっても不安は解消されません。
そうではなく、Whyの軸、なんでこんな仕事をしているのだろう、という軸を考えましょう。図示すると、悩みの横軸をHow、それに対して、縦軸にWhyの軸を入れた図となります(図2)。
図2 WhyとHowとの関係 |
■Whyを求めれば将来への悩みは解消される
IT業界におけるWhyは、例えば、システム開発プロジェクトを成功させよう、パッケージ開発事業を成就させよう、企業の成長に貢献するシステムを作り上げよう、という意識、つまり、ITビジネスを成功させるための前向きな考え方です。なぜかというと、ビジネスの視点からすると、ITの手先の技術はあくまでも手先の技術であって、ビジネス成功のための手段でしかないのです。ITビジネスを成功させるという意識を持っていないと、手先の技術が目的となってしまい、目的と手段を取り違えてしまいます。目的と手段を取り違えてしまうと、いつまでも本質的なことが理解できません。
冒頭にも書いたように、ITエンジニアとして最初の3年くらいは何も考えず、エンジニアとしての道を求道すべきです。このときは、技術取得が目的であってもいいでしょう。Howにこだわる時期です。それはそれで構いません。
経験を重ねるに従い、いつかのタイミングで、Howだけでなく、Whyに気付いて、Whyの方向に向かって自分のキャリアを積むよう志向しなくてはいけません。ITの研究開発に従事するごく一部の純粋なITエンジニアを除き、ビジネスマンとしてIT業界に身を置くITエンジニアは、経験年数を積むに従い、How以上にWhy、つまり、手先の技術よりもITを活用したビジネスの成功への意識付けを持たなくてはなりません。換言すれば、そういう意識改革がなされれば、Whyを求めるという方向性が明確化されるので、ITエンジニアとしての将来への悩みは解消されるでしょう。
■WhyとHowの座標軸
WhyとHowの座標軸という考え方を活用すると、例えば、Why志向の前向きな人は、エンジニアの方向に進んでも、プロマネの方向に進んでも、あまり変わりがないということがいえるでしょう。図示すると図3のようになります。
図3 Why志向の人は、エンジニアの方向に進んでも、プロマネの方向に進んでも、あまり変わらない |
方向性としてWhy志向なので、ITビジネスの成功に向けたキャリアを形成しています。ある意味、エンジニアとしてもプロマネとしてもあまりスキルを身に付けていない(横軸のHowの軸で進歩が少ない)という難点がありますが、管理職、特に上級管理職として一定規模の組織をリードする人はこういうキャリアを今後志向するべきでしょう。
まだ若い人、管理職手前の方、若手管理職の方は、以下のような曲線のキャリアをイメージしてみてはどうでしょうか。つまり、近いうちはエンジニア、またはプロマネとしてのスキル――横軸のHowのスキルを身に付けます。ただし、一方での、ITビジネスの成功という縦軸のWhyを忘れずに日々ちょっとずつでも縦軸のスキルを伸ばし、いつかのタイミングで縦軸志向にシフトするという考え方です(図4)。
図4 技術系と管理系のスキルを磨く |
こういうキャリア曲線をイメージしながらキャリアを積むことができれば、技術者としてのキャリアに関する悩みは減るのではないかと思います。主要な理由は以下のようになるでしょう。
- 将来のビジョンが整理され、クリアになり、精神的に安定する。
- 横軸のHowに振り回されることがなくなり、縦軸のWhyという新たな軸を意識しながらキャリアを考えることができる。
- エンジニア志向、プロマネ志向にかかわらず、IT業界に居る限り、経験年数を経るに従い、縦軸のITビジネスの成功が手先のスキルである横軸のHowに優先することは明確なので、Howにこだわらない気持ちの整理ができる。
- IT業界において産業が空洞化しようが、ITというか企業システムがなくなるわけではないので、縦軸のWhyの軸での能力が高ければ、企業内情報システム部、ITコンサルタント、上級SEとして活躍する場は永遠に日本にあるということに気付く。
皆さんの理解を助けるために、あえて後ろ向きの考え方を書きましょう。
皆さんの身の回りに、以下のようなキャリアパスを歩んでいる人はいませんか。例を挙げると、技術スキルが低く、やる気もないけど成り行きで会社に残っている20年選手のSE(左下に向かっている矢印の例)とか、管理スキルが低く、プロジェクトにおいて何かといい訳を探しては遅れを報告し、保身に回りながら他人のアラを探して他人の足を引っ張るダメ課長代理(右下に向かっている矢印の例)とかにありがちなキャリアパスです(図5)。
図5 後ろ向きの意識の人は、縦軸のWhyの軸を上のポジティブなところまで戻すのは時間がかかる |
こうなってしまっては、縦軸のWhyの軸でポジティブな領域に戻るためには結構な時間がかかります。それはそうでしょう。何年も、場合によっては10年以上かけて、後ろ向きの根性を持ち続けてきたわけですから、ITビジネスの成功という前向きな気持ちに戻ることは大変な苦労でしょう。何も色の付いていない若手は、縦軸のWhyについてゼロからの出発となりますが、こういう人は、縦軸のWhyの意識改革はマイナスからのスタートとなるわけです。
■悩み解消への考え方
どうですか。HowとWhyの違いはご理解いただけましたか。Whyの軸の重要性を把握できましたか。
前向きな態度なんて格好悪い、そんな時代じゃないんだよね、というシニカルな方、いつまでたっても新入社員ではないのですから、斜に構えた態度はやめましょう。もっと前向きに、自分の仕事として、IT業界での仕事を考えましょう。
IT業界でのエンジニアの悩みは、Whyの軸を伸ばせばいいのだ、とシンプルに考えましょう。物事を難しく考えると、できることもできなくなります。さらにいえば、物事を難しく考える人は、自分が失敗したときに、「理論が難しかったからできなかった。」といういい訳ができるから、という理由で物事を難しく考えるのではないでしょうか。シンプルに考えましょう。自分にいい訳をするほど格好悪いことはありません。
Howばかりが多い世の中で、Whyの軸を考慮に入れ、エンジニア(技術系)に進むにせよ、プロマネ(管理系)に進むにせよ、Whyの軸で常にポジティブであり続けるよう留意しましょう。
では、今回のトピックはここでオシマイにします。次回からは、具体的にどうやってWhyの軸においてポジティブになるかについて、具体的に考えていきます。
筆者プロフィール |
野村隆●大手総合コンサルティング会社のシニアマネージャ。無料メールマガジン「ITのスキルアップにリーダーシップ!」主催。早稲田大学卒業。金融・通信業界の基幹業務改革・大規模システム導入プロジェクトに多数参画。ITバブルのころには、少数精鋭からなるITベンチャー立ち上げに参加。大規模(重厚長大)から小規模(軽薄短小)まで、さまざまなプロジェクト管理を経験。現在、数百人規模の基幹システム導入プロジェクトにて、数十人のチームを管理・監督する。SIプロジェクトのリーダーシップについてのサイト、ITエンジニア向け英語教材サイトも運営。 |
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