第7回 新人が来る前に、コーチングの予習をしよう
千葉大輔(@IT自分戦略研究所)
2007/2/23
現在ITエンジニアという職業は3Kといわれ、若者の間では人気が落ちてきている。さらにエンジニアリングの世界から離れてしまうITエンジニアも増えているという。@IT自分戦略研究所はこの事態を見過ごすことはできない。そこでITエンジニアの価値や生活を向上させるヒントを探る。 |
もうしばらくすると、あなたの職場にも新入社員がやってくるだろう。もしかしたら、彼らの指導を任されるかもしれない。しかし、一口に指導といってもさまざまだ。テクニカルスキルなら教えられるかもしれないが、働くうえでのモチベーションを維持させる方法など、どうしていいか分からないことも多い。
いまの業務に加えて、新たに部下や新人の面倒も見なければならないとするとかなり大変だ。何かコツがあれば助かるのだが……と思うことはないだろうか。そんなとき、コーチングを導入するのはどうだろう。キャリアに関するコーチングやワークショップを実施している小田美奈子氏に、コーチングの特徴やその利点について聞いた。
■コーチングとは?
小田氏によるとコーチングとは「人の能力や可能性を最大限に発揮させるようサポートすること」だという。対話を通じて、相手に「自分は何を望んでいるのか」、あるいは本人もまだ気付いていない「何か」を知ってもらい、その人が持っている力を最大限に引き出すことを目的としている。相手に教えるティーチングではなく、「聴く」「質問する」ことで、相手に考えることを促す質問型のコミュニケーションであることが特徴だ。
気に掛かっていることや不安なことがある場合、なかなか力を発揮できない。その気掛かりを取り除いてあげることで、本来の能力を発揮することができる。
コーチングの基となる考え方は古くから存在していたが、日本で実際に導入されるようになったのは1990年代の後半から。自分で考えて行動できる人材の育成のため、大手企業を中心に研修に取り入れる企業が増えてきているという。
「2006年度日本コーチ協会の調査報告〜コーチング調査2006〜」の「教育・研修へのコーチング導入状況」によると、全体の40%を超える企業がコーチングを「現在行っている」あるいは「以前行ったことがある」と答えている。
コーチングが有効な領域は主に2つ。1つ目はある程度経験を積み、能力が高い人がリスクの高い仕事にチャレンジする場合。アメリカでは、経営者やマネジメント層にコーチがつくことも多いという。2つ目は、まだ経験が浅い人がOJTなどそれほどリスクが高くない仕事をする場合である。もちろん、相手の状況によってはティーチングと組み合わせるなど、柔軟な対応が望まれる。
■コーチングの仕組み
コーチングの基本的なスキルに「聴く」「質問する」がある。普段から何げなくやっていることだが、重要なのはこれらを意識的に行うこと。小田氏も「あまり特別なことではありません」と話す。どんなことを意識しながら、これらを行えばよいのだろうか。
「聴く」ことで注意すべき点は、相手に関心を持ち、うなずきやあいづちを意識的にすることだ。そうすることで相手に「あなたの話をちゃんと聞いている」という意思表示をする。さらに相手の言葉を繰り返すこと。すると相手は自分が受け入れられたという安心感を抱く。
また、単に相手の話を聞くだけでは十分とはいえない。例えば、「部下がいつもと違う感じがする」「調子が悪そう」と思ったときに声を掛けるというように、言葉だけでなく相手の様子や表情など言葉以外のものに対しても注意を払うこと。何か悩みがあっても新人や部下からはなかなかいいづらいかもしれない。そこをうまく上司や先輩がフォローし、悩みを聞きだしたり、悩みを打ち明けやすい空気をつくる必要があるだろう。何でもいえる雰囲気をつくっておくことは、トラブルを未然に防ぐことにもつながる。
「いままで取材した成功しているプロジェクトマネージャやプロジェクトリーダーは、普段からメンバーをよく見て、声を掛けることを実践しています。コミュニケーションを活発に取っていることが特徴です」
まずは相手をよく見ることがコーチングの第1歩だ。
質問するときに意識することとしてまず挙げられることは、「クリアすべき課題や問題、今後の指針」といったテーマを決めて、それらを具体的にしていく質問や解決するには何をしたらよいかという質問をすることだ。その際は5W1H(When、Where、Who、What、Why、How)を意識し、できるだけ相手にいろいろなアイデアを考えてもらう。ただし、「どうしてあのときうまくいかなかったのか」といった「Why+否定形」の質問は、相手を委縮させることがあるので注意が必要だ。
「あるプロジェクトでは、プロジェクトマネージャがメンバーから『自分がやりたいこと』をうまく引き出して、プロジェクト内の仕事に合わせていったところ、メンバーのモチベーションが上がり、非常に効果が出たそうです」
また、コーチングが普通の対話と違う点の1つとして、対話の後に「行動」することがあるという。「あるテーマについて対話を行ったら、『1週間後に○○をやります』と自分から行動の宣言をすることが特徴です。そして、実際に行ってみて結果から新たに学習するとよいでしょう」
■モチベーションを高める方法
さて、仕事をするうえで重要なのはメンバーそれぞれのモチベーションを高めることだ。モチベーションが高まる理由は人それぞれ。誰かに褒められてやる気が出る人がいれば、そうではなくその仕事に取り組んでいること自体にやりがいを抱く人もいる。「まず、人それぞれに違う『モチベーションが高まる理由』をつかむことが重要です。そのためには、その人がどんなときに生き生きとしているか、充実感を覚えるかを知ることは有効です。また、そもそもなぜその仕事をしているのかという動機の部分に立ち返ることも効果的です」
仕事を続けていく中で、いま自分が何をしているのか分からなくなるときは誰にでもある。それが自分自身だとしても部下や同僚だとしても、「自分は何をやりたくてITエンジニアになったのか」を問い掛けてみるとよいだろう。コーチには「その人のよい時期を思い出させるための『リマインダ』」の役割がある。
■実際にコーチングを体験
小田氏の協力のもと、「自分のやりたいことを明確化したい」というテーマで、コーチングの一部を実際に体験してみた。以下にやりとりの一部を紹介する。
■テーマ:自分のやりたいことを明確にしたい |
小田 やりたいことが明確になったら、どんないいことがありそうですか。 千葉 普段の生活で使われていないエネルギーをそこに充てられるので、無駄がなくなることでしょうか。 小田 これまで千葉さんが楽しいと感じ、充実していたと思うことは何でしょう。 千葉 学生時代に友人や先輩たちと世間話も含みつつ、テーマを決めて話していたことがいま考えると楽しかったと思います。そこから知識を得ることが多く、勉強になっていました。 小田 自分がまだ知らないことを知っていくことが楽しかったのですね。 千葉 そうですね。 小田 いま千葉さんが、雑誌やWebサイトでつい見てしまうテーマみたいなものはありますか? 千葉 ITエンジニアの人の議論が気になりますね。エンジニアリングに限らず、ほかの話題でもブログや掲示板でITエンジニアの人たちがコミュニケーションしているとついつい見てしまいますね。 小田 それはどんなところが楽しいのでしょうか。 千葉 いま仕事をしていて一番気になるのは、「ITエンジニアってどんな人なんだろう。どういうメンタリティで、どんな考えを持っているんだろう」ということです。 小田 ITエンジニアの人のコミュニケーションを見ているときの千葉さんは、どんなふうに見ていますか。 千葉 楽しそうだなと思うこともありますし、議論している人同士のルールや価値観を考えることもあります。 小田 ある場や世界があって、それを見ることが好きなんですね。 千葉 そうかもしれません。 小田 ここまでで何か気付いたことはありますか。 千葉 自分は話すことと見ることが割と好きなんだなと思いますね。 小田 やりたいことを明確化したいということでしたが、それについていまはどう思いますか? 千葉 何かを見て、それについて誰かと話すことでしょうか。いま気付きましたが、ITエンジニア同士のコミュニケーションを見ているとき、どこかで自分も輪の中に入りたいという気持ちがあるのかもしれません。いまそういう場があまりないことも影響していると思います。 小田 では、そういう人と話す機会を持つとしたらどういうことがまず考えられますか? 千葉 近くにいる友人を集めて話すとか……。 小田 いいですね。それはいつごろやりますか? 千葉 週末にでもやってみます。 小田 ぜひそれをやったら、教えてくださいね。 |
実際のやりとりのほんの一部だが、筆者が持っている望みをうまく引き出してもらった。前述したようにコーチングの特徴である「クリアすべき課題や問題を解決させるような質問」や「対話後の行動の宣言」などが分かるだろうか。
■そこには気付きがある
「自分の考えの中で表に出ていることは1割くらいだといわれています。本当はもっといろいろなことを考えているけれど、表に出てこないのです。そこを引き出すのがコーチングだと思います」と小田氏。
確かに対話を進めていく中で、自分が潜在的に抱いていた望みに気付くことがいくつかあった。普段の生活や対話では、なかなかこのようにはいかない。相手の中にあるアイデアや希望を引き出すには非常に有効な手段だと実感した。
このようにコーチングによる対話のコツを身に付けておくことで、得られる効果は大きい。もしあなたの下に新しく新人や部下が配属され、彼らが悩むときに活用してはどうだろうか。
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