大内隆良(@IT自分戦略研究所)
2006/11/11
「目標」「変化」、それに「心得」。「エンジニアを楽しむための3つの提案」と題したパネルディスカッションで、モデレータのアーキット 代表取締役 堀内浩二氏がエンジニアを楽しむために必要なキーワードとして挙げたのが、この3つの言葉だ。
このパネルディスカッション、9月30日に都内で@IT自分戦略研究所が開催したイベント「@IT自分戦略研究所 MIX」の1コマだ。
堀内氏が最初に挙げたのは目標。@IT自分戦略研究所とJOB@ITが2006年春に行った読書調査では、エンジニアという仕事を続けていくうえで、将来的な不安/危機感を感じることがあるかという質問に、日常的に不安/危機感を感じている、ときどき不安/危機感を感じる人は、2002年の同様の調査と比較して、若干減少していることが分かる(図1)。
図1 エンジニアを続けるうえで日常的に不安/危機感を感じている人と、ときどき不安/危機感を感じるを合わせた数は、2002年の調査時と比べて少し減少していることが分かる |
危機の原因も変化した。2006年の調査では、スキルアップの機会/時間/資金不足、技術スキルの短期化/所有スキルの陳腐化などを挙げる人が多かった。それらのほかには、今後のキャリアプランが描けないとする回答も多かった(図2)。実際、そうした世情を反映してか、巷(ちまた)にはキャリアプラン関連の書籍などが増えているように感じる。
図2 危機の原因として多かったのは、スキルアップの機会/時間/資金不足、技術スキルの短期化/所有スキルの陳腐化などを挙げる人だ。そのほかでは、後のキャリアプランが描けないとする人も多い |
■目標とは?
それらを踏まえたうえでの堀内氏の「目標」という言葉。豆蔵 取締役 萩本順三氏は、20代のころは「エンジニアになることが目標だった」と述懐する。萩本氏は別の職業から20代後半にエンジニアに転身した経験を持つ。エンジニアになるために「がむしゃらに頑張った」。ただ、その後は自分の数年後の姿をイメージするようになったという。
左からモデレーターの堀内浩二氏、豆蔵 取締役 萩本順三氏、上級システムアドミニストレータ連絡会 副会長でKDDI IR室 島本栄光氏、アクセンチュア プリンシパル 小野沢博文氏、マイクロソフト オンラインサービス事業部 プロダクトマネージメントグループ Windows Liveチーム シニアマネージャ 安藤浩二氏、アイティメディア @IT発行人 新野淳一氏 |
上級システムアドミニストレータ連絡会 副会長でKDDI IR室 島本栄光氏は、新卒で通信会社に入社して情報システム部に配属となったときに悩んだ経験を持つという。それは、情報システム部門が自分が想像していた部門ではなかったからだ。そんなとき、出合ったのが資格試験だった。「資格試験は最終目標にはならないが、1つの目安になる」と考えた。
アクセンチュア プリンシパル 小野沢博文氏が強調したのは、ライバルを持つことの重要さだ。同じ職場などでライバルと意識できる仲間を持ち、「お互いに切磋琢磨(せっさたくま)することが、自分にとってプラスになる」と述べた。
マイクロソフト オンラインサービス事業部 プロダクトマネージメントグループ Windows Liveチーム シニアマネージャの安藤浩二氏は、システム開発に従事していたころ、「何のためにこのシステムを作るのか」をよく考えたという。
@ITの発行人新野淳一氏は「エンジニアでい続けるにはどうしたらいいか」を、大学時代からよく考えていたと振り返る。IT業界では、30歳ごろに管理職になり、40歳ごろにもっと偉くなる、というのがよくあるパターンだ。
しかしそうではなく、30歳過ぎても40歳過ぎてもエンジニアとしてい続ける道はないのかと考えた。大学の先輩に相談したら「(会社に)入れば何とかなる」といわれて会社に入った。実際に会社に入ってエンジニアであり続けるには、「こいつは管理職にするより、現場でずっとやらせた方がいいと思われるほどのプログラマになるしかない」という結論に至ったというが、それを実現することはできなかった(編集者へのキャリアチェンジのため)と告白した。
■第2のキーワード「変化」
次のキーワードは変化。技術はすさまじい勢いで流行し、陳腐化する。そんな状況は、転職市場にも影響しているようだ。転職する場合、旬なスキルを学べる企業を挙げる人が少なからずいると、転職相談を受けた経験を持つ堀内氏が指摘した。
ではパネリストたちは、技術の変化にどのように対処してきたのだろうか。
萩本氏が強調したのは、事象のとらえ方。事象にはメカニズムがある。さらにコンセプトがあり、目的がある。物事をこのように分解して見ることが大切だと指摘する。「使い方が分からない技術は捨てている」。例えば「SOAも流行の言葉としては捨てている」としつつも、「SOAは、手法が大事なんだという観点で見るべきだ」という。
島本氏は「本質的なものは変わらない」と指摘する。アンテナを張っておくことは重要だが、必要以上に新しい技術を追いかける必要はないという。新しい技術で実装すればいいのではなく、その技術がどれだけ経営に役立つのかなどを考える必要があると説く。
■本質をつかむこと
小野沢氏も本質をつかむことの重要性を説く。「新しい技術や手法が出てくると、いままでのものが否定される風潮がある」と、そうした風潮に苦言を呈した。
例えば「SOAが出てくると、分散オブジェクトやCORBAを否定するような論調になる。実際はそうではなくて、構造化設計とかオブジェクト思考設計、分散オブジェクト、EAIがある。その集大成としてエンタープライズ・アーキテクチャやSOAが出てきた。そういう流れで見ないと本質が理解できない」(小野沢氏)と語る。
もう1つ小野沢氏が指摘したのは、「人よりも半歩先に」というものだ。一歩先ではきつい。だからこそ、技術は半歩先を追いかけ、その専門家になることを勧める。
■技術を捨てることと基礎技術
安藤氏は、技術の陳腐化について、あきらめるしかないと説く。「技術は必ず陳腐化します。技術は蓄積したものにしがみつくのではなく、捨てることを覚えてほしい」。重要なのは、その技術を習得するためのプロセスだという。それさえきちんと持っていれば、どのような新技術がきても、恐がることはないという。
「技術的な基礎があるかないかが、変化に対応できるかどうか」の大きな要因になるというのは新野氏だ。「そのためには、TCP/IP、SQL、それにメジャーなプログラミング言語の3つを覚えるべき」と主張する。
例えばTCP/IPを覚えると、プロトコルやパケットのこと、さらにはセッションの張り方なども覚えることができる。そこから、昨今話題の密結合と疎結合の違いも理解できる。
SQLに関しては、「トランザクションがどうあるかとか、排他的ロックがどうだとかを理解すれば、SQLを使いこなせるようになる。そのぐらいになると、そのうえでオブジェクト同士がデッドロックしているとか、ボトルネックを探すのにも便利」と新野氏はその効用を説く。「さらに今後は、これら3つに加えてXMLなどのタギング言語を押さえておくといいのでは」と提案する。今後はデータ構造が重要になるからだ。
萩本氏は、SQLを例にして、関連して覚えていく効率のよい方法を推薦する。「SQLだけを覚えるのではなく、SQLをやりとりするデータの構造をER図を覚えたりして、静的な構造と動的な側面の両面から把握すると、エンジニアとしての価値が上がる」。実際、萩本氏もそのような覚え方をしてきたと披露した。「オブジェクト指向は、データ構造から覚えた。つまり、ERD(Entity-Relationship Diagram)やデータベースの論理設計の延長上として覚えていった。その延長で、プロセス指向のオブジェクト指向も覚えた」
このように学習することで、すべての技術を関連して覚えることができる。1つ1つの技術から、自分なりに関連を導き出し、その関連の中で技術を習得する。技術習得に悩むエンジニアには、大きなヒントになるのではないだろうか。
安藤氏は、「ブラックボックスの部分をいかに減らすか。例えば自動車では、ゼロからエンジンを設計する人がエンジニアで、メカニックはエンジンの構造は分かっていて、チューニングをするが、エンジンをゼロから作るわけではない。そもそも仕事が違う」と、ITエンジニアを自動車のエンジニアに例えてみせた。そしてエンジニア指向の人は、例えば「Javaはなぜガベージコレクションを持ってくれているのか、どういう構造でやってくれているのか」が気になる人だという。
■最後のキーワードは「心得」
萩本氏が自身の心得として挙げたのは「謙虚でいること」。多くの人の前で話す機会が多くなり、謙虚でいることを心掛けているという。「うぬぼれないけど自己主張はきちんとするというのは、日本人には難しいかもしれない」とコメントした。
島本氏は、心得とは少しずれるが、いわゆるITの失敗例について取り上げた。「ITの失敗例というのは、技術的な失敗よりも、人間と人間との折り合いが悪いとか、組織の中にうまくなじめなかったとか、故にうまく回らなかったというものが非常に多い。人間は見える範囲でしか合理的ではない。最後は心得に結び付け、それを少しずつ広げていく意識が重要」だと語った。
小野沢氏の心得は、「現場主義」。アーキテクトというのは、システム全体を見渡せないといけないが、「重要な部分については、サクッと自分でプロトタイプを作れるぐらいでなければダメ」と持論を語った。
そして安藤氏は、「チャレンジ、挑戦しよう」と会場の聴衆に呼び掛けた。人生で「何度か挑戦する機会がある。機を見て、ここぞというときはチャレンジした方がいい」とあおった。
そんな心得を披露するパネリストの中で、新野氏は「新しい技術に触れるのは好き。インタビューは好きだが、記事を書くのがつらい」と、本音とも冗談とも分からないような話をして、会場の笑いを誘った。
各パネリストを見て感じたことは、誰もが仕事を楽しんでいるように見えたことだ。「エンジニアを楽しむ」というのは、何よりもこうした前向きな姿勢が基本にあるように感じた。
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