まじめな人ほどかかりやすい心の病
千葉大輔(@IT自分戦略研究所)
2007/1/13
「現代人に心の病が増えている」といわれ続けてはや数年、いまだにその傾向に変化はない。「自分は大丈夫だろう」と思っていても、普段の生活の中で少しずつ精神に負荷がかかり、ある日突然……ということもあり得る。そうならないために、普段から精神面のケアを考えることが必要だ。カウンセリングやEAP(従業員支援プログラム)などのメンタルヘルスサービスを提供しているピースマインド シニア産業カウンセラー 田中貴世氏に話を聞いた。
■効率を求められる現代
ITエンジニアを含む現代のビジネスパーソンの職場環境について、次のような特徴があると田中氏は指摘する。
・より短い納期
・より少ない人員
・従来よりも高いパフォーマンスを要求される
田中氏は「このような職場環境の中、『自分は使い捨てにされるんじゃないだろうか』『目標が持てない』と将来に対して不安になっている人が増えています」と話す。PCなどのツールが高性能化するとともに、常に仕事の効率を上げるよう求められるようになっている。日々の業務に追いかけられるプレッシャーを考えると、1日1日のストレスは軽度かもしれないが、それが積み重なったときの影響は計り知れない。また、こうした重圧に加えて「仕事のうえでのミスが許されないと恐怖を感じている人も増えています」と田中氏。
実際には、自分が仕事で何かミスをしても上司やほかの社員がフォローをしてくれる環境にいるのかもしれない。しかし、「1回失敗したらもう自分に仕事は回ってこないのではないか」と思い込んでしまい、過剰に失敗を恐れている人が増えてきているのかもしれない。
仕事をしていく中での人間関係の構築に悩む人もいる。「現代の職場は人間関係が希薄化しているといわれることがあります。特にIT業界の人に話を聞いていると、長く1つのグループで仕事をするのではなく、プロジェクトごとにメンバーがアサインされているために年度が上がっても深い人間関係ができにくいといいます。そういった中で疎外感を感じてしまうこともあり、人間関係の構築が難しくなっていることは確かです」
特に若い世代は、コミュニケーションの経験値が上の世代に比べて足りないこともあり、疎外感を感じることが多いという。分からないことや不安なことは、先輩社員に相談できればよいのだが「質問すると迷惑」「そんなことも分からないのと思われたくない」という気持ちが強く、質問できずにさらに分からないことが増えている傾向が時折見られるという。
ほかにITエンジニアに特徴的な悩みとして、「1人の技術者として仕事をしたいが、年を重ねるにつれマネジメントをしなければならない。さらにより多くの人とかかわるようになるため、人間関係の問題に巻き込まれやすくなってしまった」「若いITエンジニアが育っていないので、その分の仕事をすべてやらなくてはいけない」などがある。IT業界ではプロジェクトマネージャといっても、納期間際では自分自身がITエンジニアとして手を動かさなければならなず、プレイングマネージャ的な働き方をしている人が多い。それだけ、個々のマネージャやリーダーにかかる負担は大きい。
■モチベーションが上がらない
ピースマインド シニア産業カウンセラー 田中貴世氏 |
最近、カウンセリングに来る人の相談にはどのようなものがあるのだろう。「ここ半年くらいの傾向としては以前にうつにかかった人が『うつを繰り返したくない』と相談に来るケースがあります」と田中氏。さらに「『モチベーションが下がってしまった』ことを入り口に相談に来る方が増えています」と話す。
「モチベーションが下がってしまった」というと突然やる気がなくなってしまう「燃え尽き症候群」(参考:「突然襲うバーンアウト(燃え尽き)症候群」)が知られている。しかし、それとは異なり、常日ごろからやる気が出ないのだという。「燃え尽き症候群の場合、本人がやる気の出ない原因をいえることが多いのですが、いま増えている相談は『なぜか分からないけど、モチベーションが上がらない』というケースです」
このような相談が増えている背景としてまず、「カウンセリングを受ける敷居が下がっていることが挙げられます」と田中氏は指摘し、「そのこと自体はすごく良いことだと思います」と話す。以前と比べて気持ちの面で楽にカウンセリングを受けやすくなったので、いままで見過ごされてきた悩みが顕在化してきた面があるのかもしれない。
モチベーションが上がらない理由は人それぞれだが、田中氏は「『ベースにあるのは理想の自分と現実の自分が乖離(かいり)していることでは』と話を聞く中で感じます」と話す。
「皆さん、自分の人生や仕事をまじめに考えているからこそ、『これでいいのかな』と悩んだりするのだと思います」
■エネルギーは自分のために
上記のようなストレスや悩みが蓄積すると心身に支障を来し、心の病にかかってしまうことがある。そうした心の病の兆候はどのようなところに現れるのだろうか。「心の病にかかっているときは無自覚なのですが、普段の自分とは違う部分が必ずあります」と田中氏は話す。カウンセリングを受けている人が少し落ち着いたころ、心の病を繰り返さないためにその当時のことを振り返ってもらうという。そこで気付くこととは「人によって違いますが、『大好きなサッカー観戦をまったく楽しめなくなった』『必要のないものをやたら買っていた』などいつもの自分と大きくずれているという兆候が見られます。身体的なことでは、『腰痛がひどい』『風邪がずっと治らない』といった兆候もあります」
自覚できないままに進んでしまうこういった兆候を感じ取るには、どんな点に気を付けるべきなのか。田中氏によると次の2つの方法があるという。まず1つ目は「自分のグッドコンディションを知っておくこと」。何をしているときに自分が楽しいのか。何にやりがいを感じているのかという基準を持つこと、そうすることでいつもの自分とのずれに敏感になれるという。2つ目は「現実検討力を高めること」だという。「現在、身の回りで起こっていることに対し、全体を俯瞰(ふかん)して客観的になることが必要です。人は悩み始めるとどうしても視野狭窄(きょうさく)に陥ってしまうので、それを防ぐことが重要です」
例えば、上司や同僚といった人との関係の中で、自分のいるポジションが分かると「誰との間で悩みがあるのか」といったことが分かってくるという。そのうえで自分がどのように振る舞えばいいのか分かると楽になってくるという。田中氏は「全員と太いパイプをつなごうと思うと大変です。『この人とはある程度の距離をおいて』などが決まれば、自分のエネルギーがコントロールできます」という。
そして田中氏は「余ったエネルギーを自分のために使ってほしい」と話す。「今日は自分のために友人と遊ぼうとか、女性だったらリラクゼーションに行こうとか、自分のために時間を使ってほしい」という。現在は、PCを家に持ち帰って仕事をすることや、何か別のことをしながらも仕事のことを考えているなど、仕事の時間と自分の時間の切り分けが難しくなっている。しかし、自分自身を確認するためや心を休めるためにも、こうした公私の区別が今後ますます必要になってくるだろう。
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