崩壊したITエンジニアの従来型スキルパス
次世代のスキル構築コンセプトとは
三輪一郎(プライド)
2004/1/14
■ITSSが裏付けたもの
昨年、経済産業省からITスキル標準(ITSS)(注1)がリリースされた。その全体像となるスキル・フレームワークには11の職種と7つのレベルが規定されているが、もはやそこにSEやプログラマという職種は見当たらない。
注1 ITスキル標準:経済産業省が発表したITスキル標準(IT
Skill Standard:ITSS)は、ITサービスを提供するに当たり、それに必要な実務能力を体系化したものであり、IT人材を育成するための基盤として作成された。具体的には職種を11に、その職種の専門分野を38に分類し、そのレベルを7段階に分け、必要なスキルセットを明示している。 参考記事:ITSSはITエンジニアに何をもたらすのか? |
現場での実感はどうか。価格(時給単価)が暴落しているのは自称Webデザイナー、高騰しているのは専門性の高いDB技術者か。市場の認識もすでにSEやプログラマではなくなった。そもそもSEとは、上級ITエンジニアの総称とでもいえる呼称だった。その実態はさまざまで、今回のITSSによりその一部が明らかになったといえるだろう。だがITSSに規定されるまでもなく、IT業界の「分業化・専門化」は進行し、現在も加速しつつある。
そうした中で現在、個人のスキルアップが叫ばれ続けているが、その実態はどうだろう。
■従来の「スキルパス」は本物か
従来、スキルアップの手掛かりとなったのは、組織が示す「スキルパス」だった。そしてそのスキルパスの実態は、往々にして次のようなものだったのではないだろうか。
- プログラマを3〜5年ほど経験し、SEと呼ばれるようになる
- SEを3年ほど経験するとリーダーとなる
- リーダー経験者がやがてプロジェクトマネージャとなる
- そして20年ほどの現場経験を経て、コンサルタントに成長していく
これは本当だろうか。私は以前からこのモデルを信用していない。少なくとも、決定的な「何か」が欠けている。ITSSによってやっと規定された感のある11の職種だが、それぞれがまったく別のスキルセットで成り立っていることを見逃してはならない。
■スーパーSEはもう生まれない
従来のスキルパスは、システム=ホストコンピュータだった時代に、業界の先駆者たちがITの進化とともに歩んだ歴史そのものだった。だがいまや、そのような人材成長モデルは望むべくもない。
現在、1つの職種をITSSに規定されるレベル7まで上り詰めるには、いったい何年かかるだろうか。すべての分野での専門性が高まり、その1つ1つを納得のいくまで経験していては、個人の就業可能年数を優に超えてしまうだろう。20世紀型のスーパーSEには、もう誰もなれないのである。
■レーンチェンジ?
「俺もやっとSEか」。そう思ったころにふと横を見ると、まったく違うスキルセットに向かう別の車線(レーン)を走っている人がいる。地図(ITSS)を見れば、最高レベルにはたどり着けない道すらあるではないか。自分に必要なのは、たまたま並んだ車線の前の車に追い付くことでも追い越すことでもなかった。それは、レーンチェンジだ。
だがレーンチェンジをするには勇気がいる。道を間違えては元も子もないし、過去を捨てて最初からやり直さなければならないかもしれない。これはある程度経験を積んできた個人にとって大きな賭けだ。重要な、そして大きな意思決定になる。
■自分専用の地図を持て
前述したように、IT業界の分業化は高度に進んできた。その間に目標とすべき人材像は多様化しており、たまたま並んだ列の最後尾におとなしく並んでいても、その列の先に自分の目標の職種(とレベル)があるという保証はもともとなかったのだ。IT業界にエントリした人たちは、この分業の構造(業界地図)をどれだけイメージできているだろうか。目標に到達するためには、自らの価値観に照らして常にIT業界をとらえ直し、その全体像を認識しておく必要がある。
そもそも、別の職種には別のスキルセットが必要だったのだ。これは個人としての問題にとどまらず、結果的に組織の問題となって露見する。
「上流工程をリードできる技術者が育たない」とか、「上級管理者としてのプロジェクトマネージャが育たない」。こうした声をよく聞くが、これは10年選手が期待したレベルに育ってくれないのが問題だという。
この原因は明らかだ。彼らはこの10年間、常に目の前の技術獲得を目標とし、追いかけてきた。
しかし、コミュニケーションやマネジメントという「まったく別のスキル」が要求される職種にいずれ「転換」(レーンチェンジ)しなければならないことや、組織がそれを期待していることなど誰も知らせてくれなかったのだ。そのためそうした自分の将来像をイメージしてこなかったし、準備もしていなかった。本人たちも戸惑っている。「いまごろになって、急にそんなことを期待されても……」
では、何が欠けていたのだろうか。
■欠けていたのはスキルアンビションだ
「スキルアンビション」。これは私の造語だ。アンビションはもちろん、「Boys, be ambitious!(青年よ、大志を抱け!)」の「ambitious」の名詞形、「ambition」である。
IT業界は多様化し、専門化した職種の集合体となった。その中で、自らが何を目標にしてキャリアを獲得していくのか。これを明確に認識し、自らの意思で獲得すべきスキルセットを設計するとき、これを「スキルアンビション」と呼ぶこととする。「スキルアンビション」は組織ではなく、個人に依存する概念だ。
そして「スキルアンビション」実現のために必要な職種の経験と、そこで個々のスキルを獲得する目的を明らかにしよう。従来の「スキルパス」との違いは、「A(職種)を何年」ではなく、「何のために、Aを通じて何を学ぶ」のかを認識する点に集約される。
■目標認識がスキルアップを加速する
「スキルアンビション」を構築しようとすると、例えば「プログラマを3年」ではなく、「アプリケーションの設計者になるために、ある言語を学びながら並行して複数の言語の特徴と適性を学ぶ」となる。「プロジェクトマネージャ(PM)の部下としての実務(雑務)」ではなく、「優秀なPMを目指し、ユーザー、協力会社との連絡窓口を担当しながら、組織の利害調整を学ぶ」となるだろう。
こうした認識によって、1つの言語にのめり込むことはなくなり、また、雑務に押しつぶされそうになる日常からも多くを学ぼうとする意識が働くようになる。
■スキルアンビションの構築
「スキルアンビション」の構築には、初期に構築した「スキルアンビション」を定期的に見直すことが必須となる。見直し時は、獲得したスキルの棚卸しと「スキルアンビション」の再構築が必要になるだろう。
新人やそれに準じる人には、IT業界の地図を思い描き、自らの目標をどこに定めるかを熟考してほしい。いまはITSSやSFIA(注2)がその格好の材料になるだろう。だがそれだけでは情報不足である。まだ経験したことのないスキルの説明から、具体的なイメージはわかないからだ。私は、ありきたりだが建設業界の職種構造を参考にすることをお勧めする。IT業界の歴史はたかだか40年。建設業界は千年単位の歴史を持つ。古い業界ゆえ、知恵の蓄積の差は歴然としている。
注2 SFIA:Skills
Framework for the Information Ageは、英国「The SFIA Foundation」が著作権を有する「共通リファレンス・モデル」である。情報通信技術を活用して効果的なITの開発を遂行する業務領域とそれぞれの業務に必要なスキルを標準的なモデルとして提供している。 参考記事:アウトソーシング時代の人材スキル・マップを考える |
では考えてみよう。自分は腕の立つ職人を目指すのか、1級建築士を目指すのか、それとも大きな現場を指揮する現場監督を目指すのか。大まかには、これらは順に開発技術者、上流工程の設計者、PMと対応させてイメージすればいいだろう。
さらにいえば、所属すべき組織は建設会社(≒システムインテグレータ:SIer)か、設計事務所(≒コンサルティングファーム)か。それとも一匹狼の職人(≒フリーランス)を目指すのか。いかがだろう。新人には、社会構造に着目し、業界内での地位や立場をできるだけ鮮明にイメージすることをお勧めする。
■中堅は、より緻密(ちみつ)に
では、10年選手へのお勧めは?
最も問題になるのは、自分の目標とする職種とまったく別のスキルを日々獲得してきた場合だろう。こうしてある程度キャリアを積んだ方にも、実は新人同様のアプローチが最も近道である。
この場合、さらに意識しなければならないのは、過去に獲得したスキルを客観的に棚卸しすることだ。これはかなりつらい作業かもしれない。だがSWOT分析(注3)などの戦略立案手法を参考にしながら、過去の経験に照らして自己の強み・弱みを客観的に認識できれば、現在位置がより明確になる。これにより、目標キャリアとそのレベルを新人よりもちみつにイメージできるようになる。中堅は、深い業界知識を持っていることで、より緻密で実現性の高い「スキルアンビション」が構築できるだろう。
注3 SWOT分析(swot
analysis/スウォット分析):主にマーケティング戦略や企業戦略立案で使われる分析のフレームワークで、組織の強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)の4つの軸から評価する手法のこと。 参考記事:SWOT分析 |
■エンジニアこそ、大志を抱け!
IT業界を俯瞰(ふかん)して独自の業界地図をイメージし、自らの意思で設定する目標認識である「スキルアンビション」。個々人のスキルアップと、それに支えられた組織力のさらなる向上を目指し、いまあえてその認識の必要性を示させていただいた。
パターン化され、組織に与えられた「スキルパス」ではなく、個々人が自らの意思で目標を認識することこそが重要なのだ。これは個人にも、そして組織にも、より多くの手間と高い意識を要求することは確実だ。だがこれが、IT業界での生き残りをかけた新たな挑戦への第一歩となれば、その価値は十分に発揮されるだろう。
筆者プロフィール |
三輪一郎●プライド チーフ・システム・コンサルタント。システム開発方法論「プライド」に沿った上流工程のコンサルティングや教育コースを10年以上にわたって実施している。標準化コンサルやPMコース講師も担当。ITコーディネータ。プライドは、方法論を軸にした上流工程のコンサルティングに特化する少数精鋭のプロ集団。 |
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