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これまで見逃されていたスキルがある!
業界にはびこる「スキル・ホール」とは

三輪一郎(プライド
2004/3/31

窮地に立たされた3人

 大手企業の情報子会社系システムインテグレータ(SI)に籍を置くA氏は、ユーザーが希望すること(要件)をすべて実現することに生きがいを感じてきた。だが最近、自らがリーダーを務める開発案件の納期遅延対策に奔走してばかりで、疲れ切ってしまった。

 ITコンサルタントの肩書きを持つB氏は、常に最新のIT動向をキャッチアップする提案をしてきた。だが最近、チームの開発案件で性急なシステム構築から生じたコスト超過を指摘され、対応に苦慮している。

 ソフトウェア開発で10年の経験を持つC氏は、常に最新の言語を習得し、いまもプレーヤとしての自信を失ってはいない。だが最近、部下の引き起こした品質問題の責任を追及され、やる気を失ってしまった。

 いずれも10年以上のキャリアを持つ彼らが、現場では厳しい状況に直面している。

 それはいったいなぜか。ここではSI業界に存在する重大な問題を、最近よく話題になるセキュリティ・ホールの概念にならって「スキル・ホール」と名付け、問題を提起したい。

 冒頭の3氏が所属する各社のケースを再点検し、共通して存在する「スキル・ホール」の輪郭を解説しよう。

ケース1:情報子会社系SI事業者のケース

 大手企業の情報子会社であるD社は設立以来、親会社からの出向者と独自採用したプロパー社員とが混在する組織体系を保ってきた。最近になってようやく本格的な組織体系の統合を議論するに至ったが、それまでの10年間、人員数のバランスを徐々にプロパー社員にシフトさせながらも、立場の違う両者が混在する状況が続いてきた。

 このことは人材育成面にも影響を与えた。出向者は親会社の提供するすべての教育を受けてきたが、比率の低かったプロパー社員向けの教育制度は本格的な議論すらなされないまま10年が過ぎてしまったのだ。現在ではあらゆる現場のプロジェクト・マネージャとして稼ぎ頭となっているA氏のような中堅のプロパー社員には、体系的にデザインされた教育コースのモデルが適用されないまま、その都度必要なテクノロジ教育(ツールや言語など)のみが提供されてきた。教育費用はほかの業界よりかけてきたつもりではあるが、その結果、重大なスキル・ホールを作り出してしまった。

ケース2:総合コンサルタント系SI事業者のケース

 コンサルティング・ファームと呼ばれているE社は、SI事業に進出して以来、自学自習の社風から「知識やスキルは自ら学び勝ち取るものである」という気概に満ちている。SI部門を戦略的に立ち上げた時期には、その道のプロといわれるスキル・レベルの高い経験者を数多く採用し、一気に事業を軌道に乗せた。

 その後も、著名な経営コンサルタントを頂点に、最近はITコンサルタントとして名を馳(は)せるメンバーも数多く輩出している。その陰で、B氏のように若くしてE社SI事業部門に参画したコンサルタントの卵たちも大いに自学自習に励み、最新のテクノロジをいともたやすく身に付けてきた。こと専門分野の知識と見識にかけては、他社同世代のレベルとは一線を画すとして高い評価を得ている。

 しかし、専門領域を確立して中堅となり、チームを任されるようになった彼らは壁に突き当たっている。これまで人一倍の速さで築いてきた自らのキャリアに、重大なスキル・ホールがあったことに気付いていないためだ。

ケース3:業界の老舗SI事業者のケース

 創業社長が一代で築き上げた老舗SI事業者のF社は、顧客企業から経理伝票を預かりひたすらデータ入力をしていたころから営々と築いてきた業界での評価が、いまや評価が大手SI事業者と形容されるまでに至った。F社を支える仕組みのすべては創業社長の着想と先見性によって形作られたものであり、いままで得てきた多くの顧客に対するサービスも、創業時から苦楽を共にしてきた少数のトップ層がその品質を維持してきた。

 創業当初から、すべての成功パターンは先達の経験を通じて作り上げられてきた。現在は1000名近い要員を抱える組織となり、利益率も業界の平均値を上回るが、創業期を体験したメンバーは皆第一線を退き、利益率を維持するための現場コントロールが課題となっている。

 代わってプロジェクト・マネジメントを任された中堅リーダー層のC氏たちは、次々に登場する新技術をマスターするので精いっぱいの日々を送っており、多忙な現状を打破するための鍵が自らのスキル・ホールに隠されていることに思い至らずにいる。

スキル・ホールの正体

 さて皆さんは、この重大なスキル・ホールの正体にお気付きだろうか。

 上記の3つのケースに存在する重大なスキル・ホールの正体は、実はほかの業界では階層別研修などで提供されている基礎的なマネジメント・スキルなのである。

 これは、プロジェクト活動ではなく、ルーチン業務の管理に適用することを念頭に集大成されたものであるが、プロジェクトもまた組織活動である以上、管理実行の前提として基礎的なマネジメント・スキルが必須であることに変わりはない。

 具体的には、組織論、リーダーシップ、コミュニケーション、目標管理、コスト管理、活動の成果に対する評価などである。

 それなりの組織であれば、管理者が当然身に付けているはずの基本的なスキルだと思った読者が多ければ、私の心配は杞憂(きゆう)で終わる。

これまで行われてこなかった一般的な研修

 だが現実には、上記3つのどのケースでも、「一般管理職研修」や「昇格時研修」などのマネジメント研修は実施していなかった。結果的に、SI業界で育った中堅層のリーダーらは、総じてマネジメント領域に関する知識・関心が薄い。彼らは、マネジメントに関する一般的知識や、現場での応用の前提となる基礎レベルのスキルのトレーニングが欠落したまま、より高いレベルのマネジメント・スキルが要求されるプロジェクトのマネジメントに立ち向かっているのである。

 プロジェクト・マネジメントとは、読んで字のごとくプロジェクトをマネジメントすることである。これは、この業界において常にその中心として論じられてきたテクノロジとは一線を画するものである。「マネジメント論」と「テクノロジ論」にいい換えてみると、その差が歴然とする。実は、ここに大きな落とし穴があったのである。

 従来は、目まぐるしく変化する先端技術への対応こそが、一技術者としての最大の興味・関心事であった。さらに、プロジェクト・マネジメントの基本的な考え方などは、OJT(On the Job Training)の中で身に付けていくものだ、といった風潮があった。また、業界の黎明期(というよりも最近まで)は、マネジメントに関する知識の欠如はさしたる問題にはならなかったのも事実だろう。

 だが、汎用機時代からダウンサイジング、そしてオープン環境での開発へと移行する中で、プロジェクトの組織は複雑化し、要求はより高度なものに変化した。その結果多くのITエンジニアは基礎的なトレーニングすら受けないまま、マネジメント問題に取り組んでいるのだ。

教育をするうえでの課題

 それでは、必要な教育を行えばいいではないか、ということになろう。しかし、SI業界の多くの人材育成担当者は、中堅層のリーダーが抱える基礎的なマネジメント・スキルの欠落という重大なスキル・ホールをそのままにして(というよりも気付かずに)、よりレベルの高い「プロジェクトのマネジメント」を学習させようとしている点が問題だ。そしてもう1つ、特定の管理モデルや技法へと教育を特化しようとするアプローチも問題なのである。

 いままでは、特定の対象、特有の技術、特殊な領域など、「特化」というアプローチでテクノロジと向き合うことで成功してきたためであろうが、マネジメント教育に関しても、同じアプローチで対処しようと考える。こうした風潮を受け、プロジェクト・マネジメント教育の市場では、個々の管理技法のセミナーや特定のツールの操作教育が花盛りである。

 だが、これらの個別テクノロジを何のために、どんな場面で、誰に(「何に」ではない!)適用すべきかという「マネジメントの本質」に関する基礎的なスキルはまったく取り上げられていない。

スキルホールを埋めるには

 マネジメントはテクノロジではない。人と組織の問題全般に対処するためのマネジメント領域のスキルを獲得するには、SI業界の「特化することで解決する」というアプローチも落とし穴に変貌する。まず重要なことは、広く応用が可能な考え方を徹底して理解することであり、それを真に身に付けた後で、特化した問題を考えるべきなのである。

 私は、SI業界のプロジェクト・マネージャらの生産性向上には、一般企業向けの階層別研修に含まれるマネジメント系の研修項目を含めた、バランスの取れた管理者教育が急務であると考える。

 ツールや個々の管理技術(Howto)も必要だが、それだけではプロジェクト・マネジメントは機能しない。その前にプロジェクト・マネージャに与えられたミッション(Why&What)や、それを実現するために必要な総合的なスキル体系の検討と、これらすべてを対象とした教育体系の再構築が必須だ(しかも、若年層からの段階的な教育体系である)。

 われわれの業界も、日ごとに成熟度を増しつつある。今後は、この問題認識に沿った教育プログラムの開発や、その実現に向けたさまざまな活動が必要になると確信している。

筆者プロフィール
三輪一郎●プライド チーフ・システム・コンサルタント。システム開発方法論「プライド」に沿った上流工程のコンサルティングや教育コースを10年以上にわたって実施している。標準化コンサルやPMコース講師も担当。ITコーディネータ。プライドは、方法論を軸にした上流工程のコンサルティングに特化する少数精鋭のプロ集団。
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