コラム:開発者が学ぶべきこと(4)
ソフトウェアライセンスを考える


Tim Romero(ティム・ロメロ)
2004/3/4

私とカスタマサービスとの電話

カスタマサービス ラダイト出版社カスタマサービスです。ご用件をどうぞ。

私 実は不良品だと思われる本を受け取ってしまいました。ギル・ベイツ著『思考スピードの電子商取引』(E-Commerce at the Speed of Thought)という本なのですが、3ページごとに空白ページがあるのです。

カスタマサービス それはデモ版ですね。デモ版には重要な内容は含まれていないのですが、内容に興味があるかどうかが分かるでしょう。読者1名という限定付きライセンス料は14ドル95セントで、ライセンスを購入すれば、弊社の定めた規約に基づいて、知的財産、つまりその書籍の内容にアクセスすることができます。

私 分かりました。私は電子商取引のコンサルティングを多く手掛けていますし、ベイツ氏がそれについてどう考えているのか、大変興味があります。

カスタマサービス 申し訳ないのですが、ライセンス規約で禁止されていることがありまして、書籍に書かれている内容は、読者1名に限って記憶することが許可されています。書籍そのものはバックアップとして保存していただいていいのですが、書かれている内容を追加ライセンス料なしに他人に譲渡することは知的財産法で固く禁じられおり、条項を守らない場合は民事法および刑事法で処罰される場合があります。また、中の文章を引用する際は、書籍の内容をすべて一言一句変更せずに提示しなくてはならないことも覚えておいてください。

私 それは少し厳しくないですか? 私は本の中でベイツ氏が述べていることすべてに納得するかどうかも分からないのですよ。

カスタマサービス ですが、内容をすべて提示するか、まったく引用しないかのどちらかと決まっています。これは、弊社の知的財産の統一性を保つためです。もちろん、ほかの出版社から出ている出版物で反対のことをいっているものがあれば、弊社の許可を取ったうえでその内容を引用することもできます。

私 ちょっと待ってください。本の中で述べられているアイデアや一語一句がすべて御社の独占的知的財産であると決めるのはおかしくないですか? この世で絶対的に独創的なものなんて存在しない。すべては以前にあったものが前提となって作られるのです。私は別にベイツ氏の本をまるごとコピーしてばらまこうというのではありません。単に本を読んで勉強し、そこから学び、自分の意見を発展させたいだけなのですから。

カスタマサービス どうやらあなたは自分のいっていることが不法行為であることに気付いていないようですね。もちろん故意に法を犯そうとしているのではないと思いますが、知的財産をリバースエンジニアリングすると、民事・刑事法で処罰される恐れがありますよ。ベイツ氏とラダイト出版社は、アイデアをまとめるため何年も費やしているのですから、こちらに書籍の扱い方を決める権利があるのは当然のことです。書籍の内容がどこから生まれたかをせんさくする権利は読者に与えられませんし、変更を加えたり、間違っていると思う内容を修正しようだなんてもってのほかです。

私 分かった分かった。14ドル95セントのライセンス料を払いますよ。書かれている内容を一言もしゃべらないと誓いますし、ベイツ氏がどういった経緯でこの結論に達したかせんさくしないと誓います。

カスタマサービス 分かってくれましたか、ありがとうございます。ところで電子商取引は変化が激しい業界なので、この書籍の改訂版が出たらお知らせします。

私 どうもご親切に。でも基礎さえ分かれば、自分で変化に対応できると思うので大丈夫です。

カスタマサービス 失礼ですが、そんな犯罪行為をほのめかすようなことをいい続けると、警察の取り調べを受けることになりますよ。先ほどいったとおり、この知的財産を基に何かを生み出したり、変更を加えたりすることは禁止されているのです。もし書籍に書かれているアイデアを継続して採用するのであれば、アップグレード料金を支払わなくてはなりません。

私 でも書かれている内容は1年で古くなるじゃないですか。企業は変化に柔軟な対応を迫られるんですよ。

カスタマサービス アップグレード料金を支払いたくないのであれば、古い内容をそのまま変更せずに使うか、企業内に浸透した弊社の知的財産をすべて取り除くよう改革してください。通常アップグレード版を購入する方がコスト効果は高いですよ。それにアップグレード版は古い内容の更新や修正だけでなく、まったく新しい内容も含まれている場合が多く、価値のあるものです。読者が自由に知的財産を使ったり、それを基に新しいものを作ったりすると、書籍が売れなくなってしまいますから。

私 あの、ちょっと提案させていただきたいのですが、斬新で本当に役に立つ情報が掲載されている本を出版して、訴訟を起こさなくとも読者がお金を払いたいと思えるようにするというのはどうでしょう。

カスタマサービス なかなか面白い提案ですね。でも、知的財産を自由にばらまくなんて、どの業界においてもうまくいくビジネスモデルではないでしょう。それに、自分の書こうとしている内容が保護されないのであれば、誰もビジネス書を書きたいと思いません。ライセンス料を払っていない人を含め、読者が知的財産を無料で自由に利用できるのだとすれば、新しい著書を生み出すインセンティブなどなくなってしまいますから。

 それに、ほかの出版社が弊社の抱えている著者の言葉や文章、比ゆ表現などを研究することが許されるのだとしたら、わが社の競争力がなくなり、収入源となる部分があっという間に消え去ってしまいます。映画業界を考えてみてください。もし新人のシナリオライターや監督が過去の作品をリバースエンジニアリングしたり、ライトやカメラの角度、脚本や役柄がどう発展していくか、すべて調査することが許されるとすれば、業界で生き残ることができると思いますか? このような法律違反は、われわれ出版業界のみならず、生活全般においても脅威となるのです。他人の知的財産を盗み出し、それを研究して変更を加えるという行為はモラルに反するだけでなく、違反であり、その結果……。

私 民事法・刑事法により罰せられるんでしょ、分かってますよ……。


 個人・企業を問わずソフトウェア制作者というものは、制作したソフトウェアを保護し、そこから利益を得る権利がある。映画制作者にも同じことがいえるだろう。

 出版界では、著者に著作権が与えられるものの、読者が書籍に書かれた情報をどのように活用するかまでを制限することはできない。ところが、ソフトウェア業界では、ライセンス契約という名の下に、利用法までが制限されている。

 このような特別な権利に私はまったく必要性を感じない。こういった契約方法は長期的に技術革新を阻害し、ソフトウェア業界全体に悪影響を及ぼすのではないだろうか。

筆者プロフィール
Tim Romero(ティム・ロメロ)●米国ワシントンDC出身。1991年に来日し、インターネット金融取引システムなどの開発を手掛けるヴァンガード(Vanguard)を設立。同社がデジタルガレージに買収された後、取締役として2002年9月まで在籍。現在は東京やサンフランシスコの企業とともに、エンジニアリングおよび開発プロセスの改善、技術管理の合理化に向けた活動を行っている。なお、本コラムは不定期での掲載を予定している。

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