コラム:開発者が学ぶべきこと(5)
迫りくる危機への対処法、それは……
Tim Romero(ティム・ロメロ)
2004/12/9
■バイクでトラックとぶつかりそうに
ある日曜の朝、私は秋の山道をバイクで登っていた。ほとんどの人はまだ眠っている時間だが、冷たい空気が目を覚ましてくれる。険しいカーブを越え、加速しようとしたそのときだ。目の前にトラックが迫ってきた。カーブを下ってきたそのトラックは、私のいる車線に3分の2ほど入り込んでいる。このままでは1秒以内にトラックにぶつかってしまう……。
私はエンジンを全開にし、車線の一番端まで滑るように移動した。トラックは私のヘルメットの数センチ先をかすめ、通り過ぎていった。カーブを数百メートル過ぎたところでいったん私はバイクを止め、動悸(どうき)と手の震えが落ち着くまでじっとしていた。
どうだ、面白い話だろう。だが、コンピュータエンジニアに向かってバイクの話はないのではないか、ソフトウェア開発とバイクに何の関係があるのだ、そう感じる読者もいると思う。実は私がトラックとの衝突を免れるために使ったルールは、開発にも使えるルールなのだ。事実、私のエンジニアチームはこのルールを使い、不可能に思えた危機を乗り越えたことがある。
■開発で使えるルールを導き出す
そのルールとは、「トラックを見てはいけない」という非常にシンプルなものだ。トラックが迫ってくるあのような状況では、この世で一番重要なものがトラックだと思えても仕方あるまい。しかし、あえてそれを見ないようにするのだ。路上でトラックを回避できる場所を探し出し、その場所に自分の考えを集中させる。基本的に人間の体というものは、頭の中で考えていることに左右されるので、集中しているものが何かによって結果は変わってくる。本来の目的が安全な場所に移動することであるにもかかわらずトラックに気を取られていると、トラックにぶつかってしまう。自分の行くべき場所に集中することで、危機を回避できるのだ。
もちろん、言葉で表現するほど簡単なことではない。トラックが時速100キロで自分に向かってきたり、締め切りが間近に迫り、仕事をやり終えなくてはクビが飛ぶといった状態だったりすれば、体は本能的に迫りくる危機に対してのみ反応してしまうものだ。しかしその本能は、残念ながらすべて間違っている。
2001年9月は、eコマースのベンチャー企業にとって最悪の時期だった。われわれはその当時、皆が市場で最高だと認める製品を手にしていた。しかしネットバブル直後とあって、多くの企業はeコマースプロジェクトに予算を割かなくなっていた。われわれは何とか社員に給料を支払うことはできたものの、その日暮らしの状況だった。
そこで私は会社を売却するための交渉に入り、好条件の売却先を見つけた。その条件には、リストラなしに社員全員を引き取ってもらうことも含まれていたが、ただ1つエンジニアチームにとって厳しい条件があった。2カ月の間に、われわれのソフトウェアを売却先企業の製品と完全に統合させなくてはならなかったのだ。
それは、最高の状態で取り組んだとしても3カ月はかかるようなプロジェクトだった。しかも開発チームはほかの案件も抱えていたため、2カ月で終了させるなど不可能に近い状況だ。しかし、とにかくやるしかなかった。
スタッフに事の成り行きを説明した後、皆で開発とテストのスケジュールについて考えた。それは妥当なものとはいえなかったが、取りあえず何とかこなせそうなスケジュールとなった。そこで私はスタッフに例のトラックの話をし、その数カ月間「トラックを見てはいけない!」という言葉をほとんど企業理念のように唱え続けた。
「ティム、移行テストがあと4つうまくいかないんだけど」
「よし、ケンジが予定より順調に仕事をこなしている。来週は彼に移行テストを手伝ってもらうことにしよう」
「でも、もし間に合わなかったらどうしよう?」
「こら、トラックを見るんじゃない」
「分かっているよ。でももし……」
「トラックを見るなといっただろう!」
われわれは、迫りくる締切日を見るのではなく、自分が最終的にたどり着きたい場所、つまりこのタイトなスケジュールと目の前にある仕事をこなすことだが、それに注力し続けたことで、トラックとぶつからずに済んだ。移行プロジェクトは、締め切り間際に何とか完了し、会社の売却も完了した。あの期間に、もし仕事を無事仕上げることに注力する代わりに、失敗したらどうなるかを考えていたら、決して締切日に間に合うことはなかっただろう。
もちろん、自分の行きたい場所を見つめていてもトラックとぶつかってしまうことはある。ただ、生き残る可能性は確実に高くなるのだ。ただし、トラックを見ないということは、問題を無視することではない。問題をきちんと理解したうえで、その問題に本気で取り組まなくてはならないのだ。そこで解決法を見つけたら、今度は問題について考えるのではなく、その解決法を実行することに注力する。これは、トラックの代わりに路上の生き残り地点を見つめることと同じである。人間の体というものは、頭の中で集中している地点へと進む素晴らしい習性があるのだ。
筆者プロフィール |
Tim Romero(ティム・ロメロ)●米国ワシントンDC出身。1991年に来日し、インターネット金融取引システムなどの開発を手掛けるヴァンガード(Vanguard)を設立。同社がデジタルガレージに買収された後、取締役として2002年9月まで在籍。現在は東京やサンフランシスコの企業とともに、エンジニアリングおよび開発プロセスの改善、技術管理の合理化に向けた活動を行っている。なお、本コラムは不定期での掲載を予定している。 |
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