「コーチング」を身に付けよう〜必要とされるビジネススキル、マネジメントスキル

第1回 コーチングが注目される理由と定義を知る

小田美奈子(執筆)、竹林一(監修・執筆協力)
2005/1/21

ここ数年、新聞、雑誌でも多く取り上げられ、注目を集めている「コーチング」。本連載では、ITエンジニアが身に付けておくと役立つコーチングの考え方、活用事例を紹介すると共に、職場や生活ですぐに実践できるコーチング・スキルについても解説します。

いま求められる人材像=「自立型人材」

 コーチングはもともとスポーツ界から派生した概念ですが、1980年代後半、アメリカで対話を通じて自発性を引き出し、目標を達成できるよう動機付けしていくコミュニケーション手法へと発達したものです。日本でも数年前から注目されるようになり、多くの企業がコーチングをマネージャに必要なスキルと捉え、導入しています。

 技術の進歩や環境の変化の激しい現在、企業は自ら問題を見出し、解決できる人材、自ら考え、自ら行動する「自立型人材」を求めています。人にいわれたことしかやらない人材や、予定外の出来事があった時に上司の指示を仰がないと動けない人材では、厳しい経営環境を乗り越えられないからというのがその理由です。

 しかし、従来の指示命令型のアプローチでは、企業の求めているタイプの人材はなかなか育ちません。自立型人材を育成するためには、一方通行の指示命令型ではなく、対話を重視し、相手が自ら考え、行動できるようなコーチング型アプローチが求められているのです。

リーダーが持つ悩み

 筆者は2002年よりコーチングに関心がある方を対象にした勉強会を毎月開催していますが、会には職場で数人の部下を率いるリーダーの方が多く参加されています。彼らからは、

  • 「部下のモチベーションを高めるにはどうしたらよいのか?」
  • 「上司と部下の関係をよくするには?」
  • 「部下から信頼を得るには?」
  • 「部下が積極的に報告してくれない」
  • 「部下の今の進ちょくが聞き出せない」
  • 「年上の部下との接し方に苦労している」

など、部下とのかかわりについてのさまざまな悩みを聞きます。そして、これらの悩みを解決する手段として、コーチングに興味を持ち、学び始める方が多いようです。

 大手通信会社の管理職・Wさん(34歳)もその1人でした。部下を持ったことがきっかけで、「部下のやる気をいかに引き出すか」を考えるようになり、コーチングに興味を持ちました。Wさんは、部下の様子がいつもと違うとすぐに声がけをするなど、部下との対話を重視することで、部下との信頼関係を作ることを心がけています。そして、以前と比べて部下が本音を話すようになったという変化が出ているそうです。

プロジェクトマネジメントスタイルの変化

 IT業界でもコーチングが注目されるようになっています。その背景には、プロジェクトマネジメントのスタイルが変わってきたことや、それに伴い、求められるマネージャのタイプが変わっていることが挙げられます。

 プロジェクトマネジメントのスタイルは、時代と共に以下のような変遷をたどっています(表1)。

第1世代 QCD重視。目標とする成果を期間までにいかに達成するかを管理する。
第2世代 プロセス重視。QCDを守るための効率的なプロセスを明確にする。
第3世代 成果もプロセスも求めつつ、新たな価値を創出する。
表1 プロジェクトマネジメントのスタイルの変遷

 従来の第1、第2世代のプロジェクトマネジメントでは、やることは決まっていて、後はどうやるかというHowの部分が求められています。そのような中では過去の経験をベースにした、強力なリーダーシップを発揮する「俺について来い」タイプ、いわゆる「指示命令型」リーダーが機能する面もあったわけです。

 ところが最近の第3世代と呼ばれるプロジェクトマネジメントでは、Howの部分だけでなく、Whatの部分、つまり価値を生み出すために何をするかをメンバー全員が考える事が必要です。そのためには、いかに1人ひとりのモチベーションを高めるか、組織のモチベーションを上げるかということが重要になってきています。そこで、いわゆる管理というマネジメントだけではなく、1人ひとりの持っている能力を引き出すコーチングが注目されてきています。

カルロス・ゴーン氏も取り入れたコーチング

 社員のモチベーションを高めることで、業績アップに結びついた事例として、日産自動車 社長兼最高経営責任者であるカルロス・ゴーン氏の改革が挙げられます。周知の通り、ゴーン氏は、1999年6月にCOOに就任、わずか4カ月で再建計画(日産リバイバルプラン)をまとめ、従業員の削減、工場の閉鎖、購買コストの削減などの改革を実行、2001年3月期には、日産自動車は、前期の6844億円の最終連結赤字から3311億円の黒字に転換しました。

 ゴーン氏は「日産自動車復活の最大の成功要因は、モチベーションの回復である。」「私は日産のコーチである。日産にいい試合をして勝ってもらう。従業員にはモチベーションを持たせたい。」「経営の仕事はただ判断するだけでなく、コーチングも必要だ。」と語っています。

 ゴーン氏は、従業員のモチベーションを高めるために、あらゆる組織の社員と積極的にコミュニケーションをとることを実践しました。社員の意見やアイデアを聞き、受け入れ、議論をすることで、社員のモチベーションを高めていったのです。

 このように、コーチングが注目されている背景としては、企業で自立型人材が求められていること、マネージャに部下の能力を引き出すコーチとしての役割が求められていることなどが挙げられます。次に、コーチングの実際やどのように活用されているのかをみていきます。

答えはその人の中にある

 以上のように、コーチングはマネージャに必要なスキルとして注目されています。では、実際にコーチングを活用するにあたって、その定義と考え方を中心にお伝えします。

 そもそもコーチングとは何でしょうか。

 ここでは「その人が本来持っている能力や可能性を最大限に発揮させることをサポートするシステム」と定義します。書籍によっては、「相手の自発的行動を促すためのコミュニケーションの技術」と表現されていますが、いずれにしろ、コーチングは相手に教える、指示を出すのではなく、質問を投げかけることで相手に考えることを促す「質問型のコミュニケーション」であることが特徴です。

 コーチングの前提として「その人が必要とする答えは、すべてその人の中にある」という考え方があります。前述した日産自動車 社長兼最高経営責任者のカルロス・ゴーン氏は、この立場を貫いていました。それは、会社が抱える問題の原因もその解決策も「自らの中にある」という立場です。ゴーン氏は、改革にあたり、あらゆる部門の社員とコミュニケーションを交わし、「答えは会社の中にある」ことを確信したのです。ゴーン氏が社員に対して強い信頼を持っていることが伝わるエピソードだといえます。

 コーチングでは、話を聴く、質問するというスキルも大切ですが、相手の可能性を信じ、相手が本来持っている力を発揮させるというマインドを持つことがそれ以上に大切なのです。これは本連載で一番お伝えしたい部分です。

メンバーの力を発揮させる

 今回の連載にあたり、IT関連企業に勤務するマネージャ数名から、現在、部下とどのように関わっているかについてお話を伺いました。いずれもマネージャ自身がコーチングを学び、職場で活用しています。

 彼らが職場にコーチングを取り入れた目的で多かったのは、「部下の力を最大限に発揮してもらう」「部下から意見を引き出す」というものでした。具体的には、マネージャが部下に対して、質問をしたり、対話を重ねることで、部下の考えやアイデアを引き出したり、自発的な行動を促すことを実践しています。

 大手音響機器メーカーの技術部門で事業部長を務めるAさん(50歳)は、「自分の役割は部下の意見を聞いてまとめること。そして、それを決断していくこと」と決めているそうです。自分のスタンスを決めて、部下の意見を聞くAさんは、部下から信頼される存在となっています。

 ほかにコーチングを活用する目的としては、「社員のモチベーションアップ」「セールスで顧客のニーズを引き出す」「顧客との打ち合わせで生かす」などが挙げられました。実際にコーチングを導入した事例と成果については、次回詳しくお伝えします。

コーチングは万能ではない

 筆者がコーチングにかかわるようになってよく聞かれる質問が、「コーチングはティーチング、コンサルティングとどう違うのか?」というものです。そこで、コーチングとほかの手法との違いについても触れておきます。

  • ティーチングは、知識や技術、経験などを一方通行で相手に教えること。
  • コンサルティングは、コンサルタントがある特定の専門領域を扱い、ヒアリングやインタビュー、調査を行い、コンサルタントが持っている知識やアドバイスを提供するものです。

 それに対して、コーチングでは、コーチ側が答えを提示するのではなく、相手の持っている能力や答えを引き出すという違いがあります。

 ただ、コーチングはあらゆる場面で使える万能選手ではありません。

 例えば、新入社員へのOJTなどでは、基本的な知識や技術を教えるティーチングを中心にしながら、コーチングも併用するケースが有効です。また、ビジネスの場におけるコーチングの活用が広まるにつれ、コンサルティングの場面でコーチングが活用されるケースも増えてきています。

 最近コーチングと同じように注目されているものにメンター制度があります。メンターとは「現場での知識や経験が豊富で、経験に基づいた助言を与える人」で、メンタリングは、メンターが自らの経験に基づいて行う指導・助言などの支援活動のことです。

 一方、コーチングではコーチ側が知識・経験を持たない分野でも、効果的な質問などを通じて相手の可能性を引き出すことができます。最近では、メンターが相手の可能性を最大限に引き出すコーチング・スキルを活用することによって、高い成果を生み出す人材を育成している例もあります。

 以上、コーチングとほかの手法について記載しましたが、相手の状況や場面に応じて、そのときに最適なものを選択する参考になれば幸いです。

 今回はコーチングの基本的な考え方を中心にお伝えしました。次回は、ビジネスにおけるコーチングの活用事例として、あるプロジェクトリーダーがコーチングを実践したケースを取り上げます。

参考資料
・「カルロス・ゴーン流リーダーシップ・コーチングのスキル」安部哲也著、あさ出版
・日経産業新聞 2003年10月15日
・週刊東洋経済、2003/7/26号
・「部下を伸ばすコーチング」榎本英剛 著、PHP研究所
・「コーチングの技術―上司と部下の人間学」菅原裕子著、講談社現代新書
・「入門ビジネスコーチング」本間正人著、PHP研究所
・「燃えよリーダー」Vol.26 No.1 ブレーンダイナミックス社

執筆:小田 美奈子
1968年生まれ。消費財メーカーで商品開発・マーケティング業務に携わるうち、コーチングの考え方に出合う。2000年11月より、コーチ養成機関であるコーチトゥエンティワン、CTI ジャパンにてコーチングを学ぶ。現在は「本当にやりたい仕事につき、自分らしく幸せに生きる」をテーマに、20〜30代の会社員を対象に、転職・就職・独立に関するキャリアコーチングやワークショップを実施している。財団法人生涯学習開発財団認定コーチ/日本コーチ協会東京チャプター監査監事。

監修・執筆協力:竹林一
オムロン ソーシアルシステムズ・ソリューション&サービス・ビジネスカンパニー セキュリティソリューション事業推進室 エンジニアリング部長。1981年立石電気(現オムロン)入社。事業企画室にて非接触ICカードシステム、ATM後方支援システムなどの新規事業化に従事。その後、駅務システム開発部にて国内・海外の駅務システムSE、スルッとKANSAI、関東パスネットなど大規模システムを開発プロジェクトリーダーとして推進。新規事業開発部長、グーパス推進部長を経て、2004年から現職。共著として『ここまできた!モバイルマーケティング進化論』(日経BP企画)がある。
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