さまざまな困難をどう乗り切ればいいのか
ITエンジニアとしての道を究めるには

最終回(第7回) どうせやるなら超一流のITエンジニアを目指せ

萩本順三(豆蔵取締役)
2005/6/8

 今回のタイトル「どうせやるなら超一流を目指せ」は、エンジニアとして自分を活かすための私が最終的にたどり着いた現在の結論だ。皆さんもエンジニアの道を極めるために、超一流を目指してみてはいかがだろうか。ただし、ここで問題となるのが、何をもって超一流といえるのだろうかということだ。

 そもそも「一流」の定義や「優秀」などといった言葉は、主観的で怪しいものである。1人の人間が行うことに大した違いはないように思うのであるが、それにしても超一流を目指すという言葉の響きには、何か心を揺り動かすものがある。

 私がいつか歳をとって振り返ったとき、自分の定義する超一流の枠に入れているだろうか。いまその長い坂をじっくり登っているように思える。

 その中で常日ごろ考えていることをエッセー的に書き綴ることで、この連載を締めくくることにする。超一流を目指す人々に、この中の何か1つでも役立つものや、共感でき励みになるものがあれば幸いである。

生み出す苦しみと楽しみ

 クリエイティブな仕事では、必ず生み出す苦しみを味わうものだ。いつも自分の限界を感じてしまう。自分の能力との戦いというよりも、どうやったら新しい発想を出すことができるかという工夫との戦いである。常識を超える、という戦いでもあるように思える。

 例えば、1日机に座っていても何も生み出せないことがある。そのようなときは、気分・場所を変える工夫を要するが、自分の中の常識という壁がそれをさせないこともある。その結果、クリエイティブな仕事が達成できず、みんなに迷惑をかけてしまう。かといって、気分・場所を変えたから目的が達成できる、とも限らない。どうやったら自分をのせることができるのか、たまにしか能力を発揮できない凡才が抱える悩みでもある。一方で、たまにしか能力を発揮できないおかげで、能力を発揮できたときの達成感は大きい。そのようなときには、いつも、両親と家族、そして私を活かしてくれている業界に感謝の言葉を密かにささやく、そのようなひとときが私の楽しみなのである。

大きな勘違いから始まることもある

 私の場合、ほとんどの成果は、「自分ならできるのでは?」という勘違いが、新たな能力を生み出しているように思う。なぜ勘違いかというと、もともとそんな力はないのに思いだけでやってしまうからである。

 若いころ、「本を書きたい」という強い思いがあった。そのころはまだ、つながった文章が2行も書けないような日本語の表現能力しかなかった。設計書を書く際にたった2行の文章が書けず、先輩からやさしい指導を受け、涙を流したこともあった。しかし、書きたいという思いと、そのようなレベルでも自分には本が書ける、という大きな勘違いが私にはあった。なぜなら、書いて世に問いたいという具体的なテーマがあったからだ。そのテーマとは、最初はテキストベースのウィンドウクラスの作り方をまとめた技術書であった。その次は、オブジェクト指向方法論の書籍である。どちらも出版社に持ち込んで交渉をして書き進めたが、挫折してしまったほろ苦い過去がある。しかし、そのような挫折と長い間の思いから、いつの間にか人並みの文章が書けるようになり、いまは設計書や本が書けてしまっている。

 よく考えると私は、勘違いとそれに立ち向かう姿勢が、自分を育てているように思えてならないのだ。この業界に飛び込んだときも、自分はSEになれるという小さな勘違いから始まり、オブジェクト指向方法論については、自分で書いた方がよっぽどよいものが作れるなどと思い始めて、それを目標としてきた。

 たまに、お世辞も含んでいるのだろうが私のことを優秀だなどと、お褒めの言葉をいただくこともある。なぜ自分が人と比べて優秀に見えるのか考えることが多い。私の脳はどう過大評価しても平凡以下の脳なのである。唯一、他人と違って誇れることは、この「大きな勘違いが自分を育てる」ということを、脳が体験していることなのである。

夢を持つ意義

 「大きな勘違いが自分を育てる」をもう少し分かりやすく説明すると、勘違いすることによって、高めの目標を持ち、情熱を維持しつつ、長くやり続けることである。人間同じことをいつも考えて5年過ごせば、できないことはない。「勘違い=大きな夢」なのかもしれない。大きな夢でも、情熱を持って5年も続ければ、かなうものである。

 仕事のやり方は下手かもしれないが、夢への思いは人一倍強い。それが結果を出している。そのような自分の特性を知り、その特性を世の中にどう有効に活かすか、世の中にどう使ってもらえるかを考える。これが私なりの超一流への道のりなのである。

 このように夢を大きく持って継続することの副作用は、日々の仕事にもやりがいを感じることができることだ。日常の仕事が多忙であっても、このような夢を薄く長く持つことで、仕事のやり方にも磨きがかかる。短期的な目標(いまの仕事)と、長期的な目標(将来の仕事)の2本立てをつくることにより、いまの仕事が行き詰まったときに、別の視点を持って対処することができるようになる。

正しい勘違いと、間違った勘違い

 勝手な定義であるが、勘違いには、正しいものと間違ったものがあると思う。つまりその人によい影響を与える勘違いとそうでないものがあるということだ。私が若い人材を評価する際に、常に考えていることでもある。器の大きい人材ほど、勘違いとも思えるほど大きな夢を持つのであるが、中にはどう考えても間違ったアプローチを取っているものがあるように思う。

 では、どうやって正しい勘違いと間違った勘違いを見分けることができるのか、それは、その人が客観的な視点を養っているかどうかだと思う。つまり、自分はこう思うという思いを、他人から見てどう見えるかという視点で評価しているか否かということである。また、自分の考えをできる限り検証しているかどうかということも重要である。理論的に筋が通っているか、実践的であるかどうかという評価を自分の中で常に検証することで、「勘違い=夢」は正しく形成できるようになる。

場を読み制御する

 プロジェクトは、人の感情で成り立ち、人の感情に支配されているように思う。このことをエンジニアは忘れがちになることがあるのではないだろうか。超一流のエンジニアを目指すには、プロジェクトやプロダクトを形成している「場」を見抜き、制御することが重要なのである。私もコンサルティングや教育を行う際に、常にこのようなプロジェクトの「場」を強く意識している。そもそもコンサルティングは、お客さまの活動体であるプロジェクトやプロダクトの「場」を見抜き、その「場」に対して適切に作用する治療を施すことで、「場」を活性化させるものであると考えている。

 もっと具体的にいうと、優秀なエンジニアやプロジェクトマネージャなら、お客さま自身の手で問題を見抜き、解決する力を養ってもらうためにアドバイスや行動を起こすのである。その際に、そのプロジェクトの雰囲気などを強く感じ取り、その雰囲気を良い方向へ持っていくには、「いつ」「誰に」「誰が」「どのようなアプローチ」を加えると効果的かということを考えるのである。

 どんなに正論をいっても、人は聞き入れる耳を持っていないときがある。そのような状況は、その人の立場や状況がそうさせているのである。プロジェクトのミッションを明確にし、プロジェクトに参加するそれぞれの人の立場や状況を把握し、適切なタイミングで、自分を含めて適切な人が、適切なアプローチを講ずるような仕組みを考えられるようになれば、「場」を感じ取り、よりよい「場」を形成するテクニックを身に付けられるだろう。

 私の周りにいる優秀と呼ばれている人々は、このような共通のテクニックを身に付けている。エンジニアは技術志向に走りがちだが、このようなテクニックも技術だということを忘れてはならない。

真実を見る目を養う

 何よりも真実を見抜く目を養うことが重要だ。最近のソフトウェア開発においては、技術の波が何度も形を変えて押し寄せてくる。少なくとも私が若かったころと比較すると、表面的には、技術情報はインターネットを介してあふれ出すように届けられてくる。

 このような世界で活躍するエンジニアにとって、技術の本質を見抜く目を持っていないと情報の嵐に飲み込まれてしまうだろう。では、どうやって技術の本質を見抜けるか、それは、技術の利用方法や利用価値を考えることである。いろんな技術が名を変えて押し寄せてくるが、技術の目的やコンセプトレベルでは、以前はやった技術や廃れた技術と共通の特性を見抜くことができる。

 このように技術を目的やコンセプトレベルで考察する力を養うためには、本質部分にフォーカスを絞るための抽象化技術が必要とされる。このような抽象化能力を身に付ける方法として、UMLなどのモデリング技術、オブジェクト指向における抽象化の考え方を学ぶと効果的だろう。

 世の中の変化をとらえるアンテナを磨くためにも、このように技術を目的やコンセプトレベルで考察し、共通的と思われる部分は共通化し、新たな技術特性だけを差分として脳に蓄えるために、脳の中に棚をつくる努力は有効だと思う。このように「考え方を考え」それを定義・実践するというのも超一流を目指すためには必要な行為だと思う。

常に新しいものにチャレンジすること

 常に新しいものにチャレンジすることは大切なことだ。私はいま、ビジネスを可視化し改善を加え、ITにつなげる方法「要求開発方法論(Openthology)」を開発することに、要求開発アライアンスの皆さんとともに挑戦している(注)。

(注)要求開発アライアンス
要求開発アライアンスの活動は下記のURLを参照してください。
http://www.openthology.org/

  将来のITエンジニアは、ソフトウェアを扱うだけではなく、人間活動とITを含むソフトな仕組みを作り上げる職種に変わっていくかもしれない。そして、その中でのクリエイティブなテーマとして、例えばビジネスを可視化して改善やコントロールができるようにするための仕組みづくりなどがある。

 このような考えは、私の中に生まれた「大きな勘違い」かもしれないと思っていた。しかしそれは、もう勘違いなどというものではないことを確信している。なぜなら、要求開発アライアンスのメンバーである業界を代表する方々も同じ思いを抱いていたからだ。会社を超えた活動として、価値を共感し、共に作り上げ、実践していくことで、ビジネスとITの近未来のあるべき姿を築き上げていけることに誇りを感じながら、チャレンジし続けることが私の仕事に対する原動力や夢となっているように思う。

筆者プロフィール

萩本順三●豆蔵 取締役。20代後半でエンジニアに転身。その後、泥くさい開発の中からソフトウェアの構造をとらえることに関心を持つ。それをきっかけとしてオブジェクト指向技術に出合う。最初は同技術を疑い続けていたが、いつの間にかオブジェクト指向の虜(とりこ)となってしまい現在に至る。


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