図解の本質はここにあった ITエンジニアにも必要な国語力
図解の本質はここにあった
ITエンジニアにも必要な国語力

第2回 「これ・それ・あれ」に気を付けろ

開米瑞浩(アイデアクラフト)
2005/9/14

コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。

 何かをいおうとしてとっさに名前が出てこないとき、「あれ、あれだよあれ」といってしまうことはよくあるだろう。しかし、技術的な文書を書くときには「これ」「それ」「あれ」といった指示代名詞を安易に多用しないように注意しよう。指示代名詞はその指示する範囲を読者が解読しなければならないため、誤解が生まれやすいのだ。

「その」は何を指している?

 「ITエンジニアにも必要な国語力」の連載も2回目を迎えた。今回は指示代名詞の問題を取り上げる。

 指示代名詞というのはご存じのとおり、「これ」「それ」といった何かを指し示す代名詞のことで、普段文章を書くとき、あるいは話すときについつい使ってしまいがちだ。しかしITエンジニアが設計書や報告書などを書くときは、安易に使いすぎないように気を付けた方がいい。

 例えばこのような例を考えてみよう。

例1:携帯電話の着信音選択操作説明

 着信音選択画面で「↓ボタン」を押すと、「ブザー1」「ブザー2」……「バイブレータ3」「OFF」「通常と同じ」の順に選択され、確認のための着信音が鳴り続ける、または振動し続けます。

 「↑ボタン」を押すと、その逆順に選択されます。

 「→ボタン」を押すと次のページが、「←ボタン」を押すと前のページが表示されます。

 例1の文中に「その逆順」とあるが、「その」の指し示すものは何だろうか。

 例文が短いのでこれは簡単で、「ブザー1」〜「通常と同じ」の順序というのが答えだ。

 ところがこの短い例文にさえ、すでに混乱を招く典型的な要素が含まれている。「確認のための着信音が鳴り続ける、または振動し続けます」という部分だ。何が問題なのかを図式化すると図1のようになる。

図1 指示対象と指示代名詞の分断

 つまり、指示対象と指示代名詞が分断されて、対応関係がつかみにくくなるのである。当然、分断する位置に入る記述(図1の「効果B」)が長ければ長いほど分かりにくくなる。指示代名詞を使うとどうしてもこの問題が起こりやすい。どうすればよいのだろうか。

 結局のところ指示代名詞を使わなければいいのだが、その方法は大まかに

  • 文の組み替え
  • 一般名詞化
  • 番号作文

の3種類に分けられる。

文の組み替えによる指示代名詞の除去

 文の組み替えによって指示代名詞を除去するには、該当部分を次のように書き換えればいい。

例2:文の組み替えを行った例

 着信音選択画面で「↓ボタン」を押すと、「ブザー1」「ブザー2」……「バイブレータ3」「OFF」「通常と同じ」の順に選択され、「↑ボタン」を押すと逆順に選択されます。確認のため、選択された着信音が鳴り続ける、または振動し続けます。

 このように書けば、「その」という指示代名詞がなくても意味が通じるのはお分かりだろう。もっとも、分断がなければ誤解の余地もなくなるので、この文になら「その」を入れても問題ない。

 この方法は文の順番を変えるだけでできるので、比較的簡単だ。しかし、いくつもの概念が複雑な関連を持つ状態を説明しようとすると、文の組み替えでは限界があり、うまくいかない。

一般名詞化による指示代名詞の除去

 一般名詞化による指示代名詞の除去という方法では、該当部分を次のように書き換える。

例3:一般名詞化を行った例

 着信音選択画面には着信音リスト(別表参照)が表示されます。

 「↓ボタン」を押すと、着信音リストの上から順に選択され、確認のため着信音が鳴り続ける、または振動し続けます。

 「↑ボタン」を押すと、着信音リストの下から順に選択されます。

 一読してお分かりのように、「ブザー1」から始まり着信音が列挙されていた一節に「着信音リスト」という名前を付けて「別表」として独立させ、以後は指示代名詞を使わず名前を使用したものである(「別表」そのものは省略した)。

 この方法は文の組み替えと違って、特に複雑な概念を説明する場合に効果的だ。というのは、1つ1つの概念に名前を付けることで、その存在を読者にはっきりと印象づけることが可能になるためだ。

 この方法を採るためには当然、名前を付けなければならない。名前を付けるというのは、本連載第1回「名前にとことんこだわるべし」で書いたように意外に難しいものである。だが難しいからできない、できないからそのまま指示代名詞を使う、という悪循環には陥らないようにしてほしい。明確・適切な名前を付けるのはそれぐらい大変なことなのだ。

番号作文による指示代名詞の除去

 最後の番号作文の例を見てみよう。

 以下のテキストは、スパイウェアらしきものに悩まされている人からの相談である(なお、「Delux77」とは架空の名前であり、実在の製品・団体・人物などとは一切関係がない)。

例4:Delux77の症状に関する質問

 昨日、知らない間にDelux77がインストールされていました。壁紙が英語でDelux77に関する警告や説明が書かれたものに変わっていました。

 時間がなかったのでプログラムの追加と削除でアンインストールしましたがその変な壁紙のままで、たまに以前から設定していた壁紙に戻ったり、その変な壁紙になったり真っ白になったりの繰り返しです。インターネットにつなげると一定間隔で真っ黒の画面になったり、正常にWebを閲覧できたりの繰り返しです。そしてしばらくするとまったく動かなくなってしまいます。

 ほかの方が質問されていたDelux77の過去ログは調べたのですが、このような症状は報告されていないようです。これはDelux77の影響なのでしょうか?

 ITエンジニアという職種は、分からないことを人に質問する機会が多い。ある程度経験を積めば、自分が聞かれて答える機会も多くなる。質問をするならこの例4のような書き方をしてはいけないし、逆に質問を受ける立場で部下が例4のように書いてきたら、適切な指導をしなければならないだろう。

 そんなとき、何がよくないのかを見つけるための手掛かりの1つが指示代名詞なのである。

 例4を読んだとき、目立つ指示代名詞は2つある。

  • 「その変な壁紙」
  • 「このような症状」

 「その変な壁紙」の方はあまり問題はない。冒頭で書かれている壁紙のことだとすぐ分かる。

 問題は「このような症状」の方である。「このような症状」とはどの症状のことか。あなたはすぐにその範囲を特定できるだろうか?

 候補は4つある。

A.(知らない間にDelux77がインストールされて)壁紙が変わっていたこと
B.アンインストールした後、壁紙が勝手に変わる現象が起きること
C.インターネットの閲覧が一定間隔でできたりできなくなったりすること
D.しばらくするとまったく動かなくなること

 「このような症状」はどれのことを指すのかが問題だ。

 「え、4つ全部でしょ?」と思ってしまいそうだが、そうとは限らない。A〜Dのそれぞれに対する書き手の認識は微妙に違う。

症状
症状の種類
原因がDelux77にあることの確信
A
壁紙
100%
B
壁紙
80%
C
インターネット接続
60%
D
マシン全体の機能
40%
表1 症状に対する認識の差

 まずAについて、書き手は原因がDelux77であることを100%確信しているようだ。「知らない間にDelux77がインストールされていました」という記述からそのことが推測できる。

 しかしB〜Dについては100%ではない。B〜Dはアンインストール後のことであるため、書き手は「ひょっとして違うのではないか」という疑問を抱えているようだ。それでも、BはAと同じ壁紙についての問題であることから、比較的確信度合いが高い(80%)と推測できる。それに対して、Cはインターネット接続という新たな問題であることから、確信度合いがやや下がる(60%)と思われる。Dになると、「まったく動かない」というマシン全体の機能に関する障害であることから、さらに下がる(40%)のではないかという推測も可能になる。

 このようにそれぞれ微妙に違う事情があるので、「このような症状」の指す範囲がどこまでかについて単純には考えられない。そもそも「このような症状」の候補がA〜Dの4項目であるということも、例4ではすぐには分からない。

 ではどうすればよいかというと、例えばこう書くのが一案である。

例5:Delux77の症状に関する質問を番号作文で書いた例

(1)昨日、知らない間にDelux77がインストールされていました。
(2)そう判断した理由は、壁紙が変わっていたことです。英語でDelux77に関する警告や説明が書かれたものに変わっていました。
(3)時間がなかったのでプログラムの追加と削除でアンインストールしました。
(4)しかしアンインストール後もその変な壁紙のままで、たまに以前から設定していた壁紙に戻ったり、その変な壁紙になったり真っ白になったりの繰り返しです。
(5)インターネットにつなげると一定間隔で真っ黒の画面になったり、正常にWebを閲覧できたりの繰り返しです。
(6)しばらくするとまったく動かなくなってしまいます。

 ほかの方が質問されていたDelux77の過去ログは調べたのですが、(4)(5)(6)のような症状は報告されていないようです。これはDelux77の影響なのでしょうか?

 要するに記述を細分化してそれぞれに番号を付け、「このような」という指示代名詞の代わりに番号で特定するわけだ。こうすれば疑問の余地はないし、1文が自然に短くなるため、文章自体も分かりやすくなる。

 この方法が番号作文だ。「一般名詞化」の方法に近いが、番号なので名前をひねり出さなくても使えるという手軽さがある。もちろん例えば

(4)壁紙の不具合:しかしアンインストール後もその変な壁紙のままで、たまに以前から設定していた壁紙に戻ったり、その変な壁紙になったり真っ白になったりの繰り返しです。
(5)ネット接続不良:インターネットにつなげると一定間隔で真っ黒の画面になったり、正常にWebを閲覧できたりの繰り返しです。

のように一部に名前を付けて、番号作文と一般名詞化を併用しても構わない。

 番号を付ける、という単純な方法で自然に成果が上がるので、これはぜひ今日この瞬間から実践していただきたいものだ。

指示代名詞に気を付けろ

 今回は、「これ」「それ」に代表される指示代名詞の問題を取り上げた。指示代名詞は何を指示しているのかあいまいになる場合が多い、というのがそもそもの認識であり、その問題を解決するために「文の組み替え」「一般名詞化」「番号作文」といった方法を使った。

 だから、指示代名詞には注意してほしい。指示代名詞を見つけたら、その意味が誤解の余地なく一目で分かるほど明瞭(めいりょう)かどうかを確認する。不明瞭だったら今回紹介した方法で改善をするといい。通常の国語教育では訓練されない方法だが、これだけでもITエンジニアの国語力は大きく向上するのである。

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