図解の本質はここにあった ITエンジニアにも必要な国語力
図解の本質はここにあった
ITエンジニアにも必要な国語力

第6回 微妙な違いを読み解く――パラレリズム

開米瑞浩(アイデアクラフト)
2006/2/9

コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。

 テクニカルライティング(技術的な情報を分かりやすく正確に書くための手法)の分野では、「パラレリズム」というルールが基本中の基本として非常に重視されている。実際、これは高校の国語で扱ってもいいぐらい簡単かつ有益なルールなのだが、一般にはあまり知られていない。この機会に、「書く」ことだけでなく「読み解く」ことにも役に立つパラレリズムの考え方を知っておこう。

同じものは同じように書く

 特別にライティングの勉強でもしない限り、パラレリズムという単語を知る機会は少ないだろう。しかしパラレリズムそのものは、別に難しい理屈の必要な概念ではない。要するに、2つ以上のことを対比や列挙して書くときには、文章のうえでもその関係が明確になるように形式を統一しろということだ。

 単純な例を示すと、例えばこうである。

アジア各国の米の生産量と輸出を調べてみると……

 「生産」と「輸出」を列挙しているにもかかわらず、片方に「量」が付いていて他方にはない。これが「形式の不統一」の一例だ。「量」を付けるにせよ付けないにせよ、両方を合わせておけというのがパラレリズムのルールなのである。

 従って、ある架空のロボットについて書いた以下の例文にも問題があることになる。パラレリズムの観点で何が問題かを考えてみてほしい。

<例文1:「おさるの五郎」>

「おさるの五郎」は、観客の前でかわいいパフォーマンスのできるサル型ロボットです。

五郎にパフォーマンスをさせるには2つの方法があります。シナリオモードで動かすと、五郎は事前に読ませておいたシナリオを忠実に再現します。シナリオだけで演技を完結させられるので、サル使いが初心者でも、熟練のサルの演技を手軽に再現できます。

シナリオモードでない場合は、サル語で話し掛けると五郎は聞き取ってすぐに演技をします。オンステージ中、適切な命令を出し続ければ、場の空気に合わせてサルとサル使いの息の合った掛け合いを展開できます。それには115種類のサル語会話を覚えて使い分ける必要があり、ある程度の熟練が必要です。

 パラレリズムに関する問題点は、少なくとも2つある。

 まず1つ目は、「時」に関する記述の不明確さである。「事前に読ませておいたシナリオを忠実に再現します」と「五郎は聞き取ってすぐに演技をします」という2カ所には、いずれも「時」に関する説明が含まれている。だが後者は「すぐに演技をします」とあるように、演技をするタイミングについて語っているのに対して、前者は「事前に読ませておいたシナリオ」とあるように、シナリオを読ませる(演技の指示をする)タイミングについて語っている。このように、2カ所で違うタイミングについて語っているのは誤解のもとであり、できれば統一しておいた方がいい。

 2つ目は「シナリオモードでない場合」の名前がないことである。わざわざ「シナリオモード」と名前を付けている以上、そうでない場合にも名前が欲しい。例えば「インタラクションモード」や「アドリブモード」などの名前が候補として考えられる。

 と、ざっとこのようなところがパラレリズムのルールである。「同じ種類のものは同じように書け」という、原理としてはごく単純な話だ。

パラレリズムはライティングの技術ではない

 ところがこの単純なパラレリズムというルールは、テクニカルライティングや英文ライティングの世界を除いてあまり知られていない。本来は高校の国語で教えるべきものなのだが、これまでの国語教育が実務的な「書く」力を軽視してきたためにこのような状態になっているのだろう。だがそればかりでなく、そもそも「パラレリズムはライティングの技術である」とするとらえ方にも、普及しない原因の一端がありそうだ。

 そもそも論を始めるなら、そもそもこれまで日本の産業界では、「書く」能力を重視していなかった。文章が書けなくても仕事はできるというわけだ。ならばその技術を勉強しようとしなかったのも当たり前だろう。

 もしかしたら読者の皆さんの中にも、まとまった文書を書く機会が少なく、ことさらにライティングの技術を磨く必要性も感じていない方がいるかもしれない。だがそう決め付ける前に少し待ってほしい。実は、パラレリズムというのはライティングよりもむしろリーディング、「読み解く」ための技術なのだ。たとえ自分が文書を書かないとしても、「読む」機会は掃いて捨てるほどあるはずだ。書かれている情報を正確に読み取るためには、このことを知っておいた方がいい。パラレリズムはライティングの技術ではないのである。

 私は2年前から情報リテラシーの研修を行っているが、当初は「図解の技術」というコンセプトで進めていたため、パラレリズムについては特に触れていなかった。図解をするとパラレリズムは自然に使ってしまうことが多いため、文章を書く場合ほどうるさく指導する必要がないと思っていたためだ。

 しかし現在は、パラレリズムに近いことを極めて重要なテクニックとして必ず指導するようにしている。ただしそれは書くためではなく、書かれていることを正確に読み取り、書かれていないことまで推測するためである。

欠けているのは、書く能力よりも読む能力

 例えば研修の場で数行程度の簡単な文章を読ませ、「書かれていることを極力正確に表現するような図を描いてください」と出題したとしよう。ところが、いくら「正確に」と注文をつけても、元の文章に書かれた情報が10に対して解答の図に描かれるのはせいぜい5しかなく、しかもそのうちの1〜2は間違っている場合が多い。

 研修を始めた当初、そのような事態が続出するのを見て、私は問題は図解力ではなく読解力なのだと認識を改めた。多くの人は、そもそも文章を正確に読み取ることができていない。文字を音声として読み上げて、「読んだ」気になっているだけなのだ。これは図解以前の問題である。

 だいたい、いくら「パラレリズムは重要だ、守れ! 守れ! 守れ!」と力説しても、何と何がパラレルなのかに気付きもしないのではどうしようもないではないか。例文1にしても、分かりにくいパラレリズム違反が実はもう1つある。それを読み解けなければ、当然直すことはできないだろう。やはり問題は読解力にある。

 その弱い読解力をどう鍛えるか、足りない部分をどう補うかについて試行錯誤した末、私は「対比関係にあるものを執念深く見つけ出して表を作れ」と指導するようになった。つまり、情報読解のためにパラレリズムを使っているわけだ。

微妙に違う視点を厳密に区別せよ

 前述の例文1について、対比関係にあるものを表にすると以下のようになる(表1)。

 
シナリオモード
インタラクションモード
パフォーマンスの指示方法
(メモリカードで)
シナリオを読ませる
サル語で話し掛けて命令する
指示するタイミング
ステージに上がる前
オンステージ中、随時
技術習得の必要性
なし
115種類のサル語を覚えて使い分ける必要がある
セールスポイント
サル使いが初心者でも、熟練のサルの演技を手軽に再現できる
場の空気に合わせて、サルとサル使いの息の合った掛け合いを展開できる
表1 おさるの五郎

 ただし、表1は例文に書かれていない情報をたっぷり補ったうえ、あいまいな表現の補正なども加えているため、例文を読んだだけの知識でいきなりこれを作るのは不可能である。しかし、少なくとも表1に赤字で書いた「メモリカードで」という情報が例文には書かれていないということには気が付くようでありたい。気が付きさえすれば、そこに何が入るのかを調べにいくことができる。だが気付かなければ、調べるという行動のきっかけが得られず、書いてあることの丸暗記で終わってしまうだろう。

 元の例文1は一見、次の(A)(B)が対応関係にあるように思えるはずだ。

(A)五郎は事前に読ませておいたシナリオを忠実に再現します
(B)サル語で話し掛けると五郎は聞き取ってすぐに演技をします

 しかし実際には(A)の「シナリオ」は五郎を動かす命令そのものを意味するのに対して、(B)の「サル語で話し掛ける」は五郎に命令を与える手段のことであり、両者は対応していない。これが分かりにくいパラレリズム違反の個所である。

 仮にシナリオを読ませる手段がメモリカードだとしたら、(A)と(B)はそれぞれ下記のように直せるはずだ。

(A)事前にメモリカードで読ませておいたシナリオを五郎は忠実に再現します
(B)サル語で話しかけて与えた命令に従って五郎はすぐに演技します

 こういう微妙な違いをかぎ分け、きっちり読み解くためにパラレリズムの考え方が使えるケースは非常に多い。

 非常に多いとはどのぐらいかというと、私の経験的な感触では7割ぐらいである。複雑に入り組んだ関係を解き明かそうとして情報を整理整頓していくと、いつの間にかその一部に隠れていたパラレルな関係が見えてくる。それが手掛かりになってほかの要素もどんどん位置付けられていく、というケースが全体の7割ぐらいあるわけだ。

 だから、パラレリズムは文章を書くときだけでなく、読むときにも、いや読むときにこそ生かしてほしい。微妙に違う視点を区別し、表1のように整理する習慣が付けば、あなたの読解力は徐々に上がっていくだろう。

 ただし、パラレリズムの理屈は単純でも実践するのは難しい。腕立て伏せも1回だったら誰でもできるが、100回するには長いトレーニングが必要だ。同じように読解力を身に付けるためにも長期間のトレーニングが必要なのだ。

 誰がやったって難しいのである。ちょっとうまくいかないからといってあきらめずに、1日10分でいいから継続してみよう。そうして情報を読み取る段階でパラレルな関係を明らかにできるようになれば、書くのははるかに楽になる。

整理してしまえばパラレルに書くのは簡単

 実際、表1のように整理してしまえば、それを文章にするには単につなげていくだけでいい。試しに表1を文章化してみよう。

<例文2:パラレリズムを徹底した「おさるの五郎」>

五郎にパフォーマンスをさせるには2つの方法があります。

シナリオモードでは、事前に(例:ステージに上がる前に)メモリカードでシナリオを読ませておくと、五郎はそのシナリオを忠実に再現します。シナリオだけで演技を完結させられるので、初心者であっても熟練のサルの演技を手軽に再現できます。サル使いが技術を習得する必要がありません。

インタラクションモードでは、ステージ上でサル語で話し掛けて命令すると、五郎は命令を聞き取ってすぐに演技をします。オンステージ中、適切な命令を出し続けることで、場の空気に合わせてサルとサル使いの息の合った掛け合いを展開できます。それには115種類のサル語会話を覚えて使い分ける必要があり、ある程度の熟練が必要です。

 このように書けば完全にパラレルであり、例文1と比べて誤解の余地がない。

 特に、文の各フレーズが何について語っているのかが明確になっていることに注意してほしい。表1の左端の列で「パフォーマンスの指示方法」「指示するタイミング」「技術習得の必要性」「セールスポイント」とそれぞれはっきりと項目名を付けたことがこの明確さを生んでいる。これも、いったん表形式で整理しなければいけない理由の1つである。文章として書いてしまうと何が項目名なのかが分かりにくいため、項目名を省略しがちなのである。

 また、実際に表1から例文2への文章化を自分で試してみると分かるが、表から文章への変換は、簡単とはいえやはりそれなりに困難がある。文章として不自然にならないように各項目の間をつないでいくのは結構気を使う作業なのだ。

 だからこそ、「パラレリズムの整理」と「文章化」をいっぺんにやってはいけない。この2つは性質の異なる作業であり、分けて行わなければならない。まずは表でパラレリズムを整理してから(必要なら)文章にする、という順序を守るべきであろう。

 以上、今回は読み解くためのパラレリズムの基本的なところを紹介した。次回は後編として、もう少し本格的な例文によるパラレリズムの実践を紹介する予定である。

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