図解の本質はここにあった ITエンジニアにも必要な国語力
図解の本質はここにあった
ITエンジニアにも必要な国語力

第7回 記載漏れを見つける――パラレリズム

開米瑞浩(アイデアクラフト)
2006/3/18

コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。

 「パラレリズム」は通常はライティングのルールとして知られている。しかし実際には複雑な文章を正確に「読み解く」ための着眼点としても役に立つ。またその方が使う機会もはるかに多い。

 ある製品の説明文を題材に、パラレリズムの観点で不自然な情報に注目して正確な理解へとつなげる、「読み解く」プロセスを紹介しよう。

複雑な説明文を正確に理解する

 今回はある架空のプリンタのオプション機器についての説明文を題材にしよう。課題文は下記のとおりである。

<課題文:あるプリンタの両面印刷対応モジュールの説明>

オプションで提供される両面印刷対応モジュールを使うと2つの機能を実現できます。

この製品では、用紙の両面への印刷を自動的に行うことができます(自動両面印刷機能)。両面を選択して印刷すると、まず片面を印刷してから数秒静止し、その後用紙を引き込んで裏面を印刷します。背面トレイを使用すれば、前面トレイに通常使用するサイズの用紙をセットしたままで、ハガキ、フォト用紙、硬質紙などを常にセットしておくことができます。

オプションモジュールの設計目標の1つは環境保護と経費節約の両立です。両面印刷を行う場合も、用紙の片面に複数のページを印刷することが可能です。

背面トレイではハガキ、写真、封筒、硬質紙などを印刷できます。背面トレイ、メイントレイのどちらででも、以下のものを両面印刷できます。

○ハガキ ○写真 ○プレゼンテーション ○ビジネスレポート ○ニュースレター

オプションモジュールを使用すると、95×140mm〜375×552mmの用紙の両面に印刷できます。背面トレイでは、90×128mm〜110×310mmのハガキ、フォト用紙、封筒、および硬質紙を給紙できます。

 さて、ご覧のとおりこれはプリンタについての説明文である。どうやらこの文書が説明しているプリンタには「両面印刷対応モジュール」というオプション機器があるらしく、そのオプションを追加したときに使える機能について説明しているようだ。

 それにしても、この種の複雑な説明をするのにあくまで「文章」を使おうというのにはやはり無理がある。このまま読んでいてもなかなか分からないので、さっさと表を作ってみることにしよう。

 多くの場合、「表を作る」というのは、文章から情報を読み取り、理解するための非常に効果的な手段なのだ。読者の皆さんもぜひ表を作る習慣をつけてほしい。そしてそれこそが、情報を読み解くためのパラレリズムの実践となるのだ。

 「表を作るだけ? そんな簡単なことでいいんですか?」と思われるかもしれないが心配はいらない。これが決して簡単ではないのである。

初歩的な欠点:同じものを別の名前で呼ぶ

 本題に戻って、「両面印刷対応モジュール」の課題文を見よう。

 まず初歩的な欠点から直しておきたい。課題文の情報だけでははっきり判断できないが、実は「両面印刷対応モジュール」「オプションモジュール」と「背面トレイ」は同じものを、「前面トレイ」と「メイントレイ」も同じものを意味している。これでは、それぞれ同じものかどうかを解読するという余計な手間を読者に押しつけていることになる。同じものははっきり同じと分かるように書いておくべきだろう。

 ちなみに、ライティングの勉強をすると逆のことを指導されるかもしれない。同じ単語やいい回しの繰り返しは日本語でも嫌われるし、英文ライティングではなおさら嫌われる。一般的には「1つの文章の中で同じ単語を何度も繰り返さない」のがスマートなライティングの鉄則とされているわけだ。

 美しく、知的な印象を与える文章を書くことが目的ならその鉄則は正しいのだが、技術文書の最優先課題は情報を正確に伝えることである。読者を迷わせることは避けるべきであり、文学や演説の分野で発達したレトリックをそのまま持ち込むべきではない。たとえ幼稚に見えても、同じものは同じ名前で繰り返し呼ぶ方が確実だ。どうしてもそうしたくないなら、せめて脚注に「前面トレイとメイントレイは同じものです」と注釈を入れるぐらいの手間はかけておきたい。

 逆に、読む側としてはこうしたケースを念頭に置き、同じものが別の名前で呼ばれていないかに注意しておくとよい。

2つなら2つと明確に分かるように書く

 名前の扱いはそれぐらいにして、次に課題文の1行目に注目すると「2つの機能を実現できます」と書いてあることに気が付くはずだ。

 機能が2つあるのか、だったらその2つについて書けば簡単に表が作れそうだと思うところである。つまり表1のようなイメージである。

(項目A)
機能名称
(項目B)
機能概要
(項目C)
――――
(項目D)
――――
自動両面印刷
自動的に用紙をひっくり返して両面に印刷する
(C1)
(D1)
(A2)
(B2)
(C2)
(D2)
表1 「2つの機能」についての整理表予想図

 機能を整理する以上、最低限「機能名称」と「機能概要」という項目は必要なので、それらを項目A、Bとする。もちろんそのほかにも項目は必要だろう(C、D)。ただしそれがどんな項目なのかはすぐには分からない。

 課題文を読み進めると、「2つの機能」のうちの1つは「自動両面印刷」機能であることが分かり、機能名称と機能概要(自動的にひっくり返して両面に印刷する)が書ける。ここまでで表1の状態になる。

 後は(A2)にくるはずの2つ目の機能を見つけ、残る空白セルを埋めていけばよいと思うわけだ。ところがなんと、肝心の「2つ目の機能」が何なのかがよく分からない。

 「2つの機能」とあることから「○○機能」という文言を探してみても、「自動両面印刷機能」以外には見当たらない。それならばと、「○○することができます、可能です」という文言を探してみるといくつか見つかる。

(1)用紙の両面への印刷を自動的に行うことができます(自動両面印刷機能)
(2)(略)……ハガキ、フォト用紙、硬質紙などを常にセットしておくことができます
(3)用紙の片面に複数のページを印刷することが可能です
(4)ハガキ、写真、封筒、硬質紙などを印刷できます
(5)(略)……以下のものを両面印刷できます
(6)(略)……の用紙の両面に印刷できます
(7)ハガキ、フォト用紙、封筒および硬質紙を給紙できます

 このうち(1)(5)(6)は両面印刷機能のことだから、それ以外が「2つ目」の候補になる。

 (3)は詳細は省くがプリンタ本体の機能であって、両面印刷対応モジュールとは無関係。

 (4)(7)はほぼ同じことをいっているが、果たしてこれは「2つ目の機能」に該当するのか。状況をよく考えてみよう。課題文は、

A=プリンタ本体
B=オプションの両面印刷対応モジュール(背面トレイ)

として、A+Bの構成で「2つの機能」を実現できると説明しているはずである。Aは単独でもプリンタとして働くけれども、Bを付加することによって、Aだけではできなかったことができるようになる。そんな機能が2つあるはずだ。

 もし(4)(7)がそれだとしたら、「ハガキ、写真、封筒、硬質紙などの印刷」がAだけではできず、Bを付けて初めてできるという仕様でなければならない。果たしてそうなのか。それが課題文だけでははっきりしない。

 残る(2)は常時2種類の違った用紙をセットしておけるということで、これなら確かにA+Bの構成でなければ実現できない機能ではある。しかしそれが「2つの機能」というほどのものかどうかには疑問が残る。あくまで印象の問題だが、「機能」としてアピールするには小粒な気がする。

理解は失敗を通じて深まるもの

 ということで表1の展開は行き詰まってしまった。

 では表1は失敗だったのかというとそうでもない。仮に目の前に北へ行く道と南へ行く道があるとしよう。北への道が行き止まりだとしても、行ってみないことには分からない。だが行ってみてそれを確認してしまえば、思い切って南に進路を取れる。それでいいのだ。この場合最悪なのは「北へ行こうか、南へ行こうか」と迷って足踏みを続けることである。それでは結局一歩も進めない。

 取りあえず「失敗してもいいから一歩進んでみる」手段としては、「表を作って整理する」のは単純で手っ取り早い、良い方法である。表というのは項目の選択次第で千変万化するわけで、試行錯誤を通じて理解を深めるには一番手ごろな手段なのだ。

 さて表1のような「2つの機能」路線が行き詰まったところで、「南へ行く道」を探してみよう。注目点はここだ。

背面トレイではハガキ、写真、封筒、硬質紙などを印刷できます。背面トレイ、メイントレイのどちらででも、以下のものを両面印刷できます。

○ハガキ ○写真 ○プレゼンテーション ○ビジネスレポート ○ニュースレター

 「ハガキ、写真」から始まる列挙が2カ所にあるが、その後ろがそれぞれ違う。

 ここがなぜ違うのかが問題である。こういう微妙なところに不自然な匂いをかぎつけて意識を向けるとよい。

 そうすると「ハガキ、写真、封筒、硬質紙」は用紙の種類について語っているのに対して、「プレゼンテーション、ビジネスレポート、ニュースレター」は印刷される内容について語っていることに気が付く。パラレリズム違反である。

 このような違反個所を見つけたら、「正しくはどうあるべきか」を考えてみる。それにはやはり表を作った方がいい。パラレルな関係を正しく表現するには表が適切である(表2)。

トレイ
使用可能な用紙
普通紙
ハガキ
フォト
用紙
封筒
硬質紙

前面トレイ
不明
不明
背面トレイ
表2 使用可能な用紙に注目すると

パラレリズム違反の個所に注目せよ

 表2を作成すると分かるが、前面トレイで「封筒、硬質紙」が使えるのかどうかが課題文には書かれていない。それ以外の情報はあるのに、なぜそこだけが書かれていないのか。

 ただ単に書き手が忘れたという可能性はある。実際、文章として書かれた情報にはこの種の欠落が多発する。それ自体はよくある話で珍しくも何ともない。そして読者は注意深く読まない限りその欠落に気が付かない。

 気が付くためには表2のような表を自分で作る必要がある。その際、何を表にすればいいのかを判断するための手掛かりが「パラレリズム」なわけだ。パラレリズム違反を感じる部分には情報の整理に乱れがあることが多く、表を作ってみるとあちこち空白が見つかる。

 見つかったらどうするか。当然、調べればいい。そのときは「何を調べればいいか」がはっきりしているのですぐに調べがつくことが多い。

 表2の不明点を追加調査して、チャートに仕上げたもの(表3)を見てみよう。

仕様
両面印刷
機能
使用可能な用紙
普通紙
ハガキ
フォト
用紙
封筒
硬質紙

基本モデル
(前面トレイのみ)
手動
×
拡張モデル
(オプションモジュールあり)
自動
                
自動両面印刷機能
2つの機能
硬質紙印刷機能
表3 2つの機能

 つまり、「硬質紙(折り曲げられない硬い紙)」は、背面トレイ(つまりオプションモジュール)でしか使えなかったらしい。であれば、それが使えることを「硬質紙印刷機能」と呼んでもおかしくない。自動両面印刷機能と合わせて「2つの機能」というわけである。

 これらの違いは表3のような表を1枚書いておけば、疑問の余地なく明確に分かる。長々と文章を連ねる必要はまったくない。

 当然、本来は課題文自体が文章ではなく、表を主体として書かれるべきである。しかし現実問題としてITエンジニアが読む文書のうち、その点で満足のいくものがどれほどあるかというと、非常に心もとないのが実態だろう。現実のITエンジニアは、課題文のように混乱した視点で長々と書かれた「文章」を読みこなさなければならないケースが多いのだ。

 そうである以上、そこから正確な情報を読み取るために、「パラレリズム」に注意して、詳しく調べるべき「情報の欠落点」を見抜く習慣を持ってほしい。複雑な情報を正確に読み取るために、それは必要なことなのである。

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