第12回 個条書きを過信してはいけない
開米瑞浩(アイデアクラフト)
2006/9/12
コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。 |
■個条書きは相互の関連を表さない
連載第9回「メタ情報とサマリーで『伝わる』ビジネス文」、第10回「複雑な条件を文章で書くべからず」、第11回「階層と名前の不一致に注意する」にわたって、「こんな説明では分からない」10種類の失敗パターンを以下のように列挙した。
(1)メタ情報の欠落 (2)要点の分からない見出し (3)複雑な条件の文章表現 (4)分類を表さない名前 (5)過剰な言い換え (6)対称性のない表現 (7)指示代名詞の多用 (8)相互関連の分からない個条書き (9)時系列の乱れ (10)語感と実感のミスマッチ |
今回はこの8番目、「相互関連の分からない個条書き」を紹介しよう。
要点を一言でいえば、「個条書きは相互の関連が分からないから、使わない方がいい」という話になる。極論ではあるし、いついかなるときもそうあるべきだと主張したいわけではないが、安易に個条書きで満足してしまいがちな傾向を戒める考え方として知っておいていただきたい。
プレゼンテーションツールとしてすっかりデファクトになったMicrosoft PowerPointなどのソフトウェアでは、「個条書き」の使用が標準である。もちろんそれ以外にも文章や図表を貼り込むといった方法も可能ではあるが、基本的に個条書きを使うことが想定されている。そのためか、思いついたフレーズを手当たり次第に打ち込んで、個条書きを作って一丁上がりとするような、安易なドキュメントを目にすることも多くなってきた。
私がいろいろな機会にうるさくいっていることだが、個条書きはあまり使わない方がいい。といってももちろん文章で書けというのではなく、図解した方がいいという意味だ。個条書きには「相互の関連を表さない」という弱点があることがその理由である。
例えば、以下の3項目の個条書きを見てみよう。
<例文1:売り上げ予測システム化の狙い> (1)販売実績をデータベース化します (2)顧客別の売り上げを予測します (3)その結果を生かして製品供給の最適化を図ります |
この3カ条はシステム化の提案書などにありがちなストーリーだが、各項がそれぞれどう関連付けられるのか、あるいは関連しないのか、一目で分かるだろうか。内容がそれほど複雑ではないので、一読して少し考えれば、
販売実績をデータベース化して、そのデータベースを使って顧客別の売り上げ予測をするんだな。で、それを基に生産計画を組むことで最適化を図ろうということか
と推測することは一応できる。赤字部分は個条書きには書かれていない推測した内容である(なお、推測に当たって製造業であることを仮定している) 。実はこの推測部分、「個条書きの各項目同士の関連性を示す」という働きをしている。ところが原文ではそれが書かれていない。「個条書き」を書くときにはこういうことが起こりがちなのである。
図1 図解すれば相互関連を表せる
また、関連性の記述が省略されていなかったとしても、文章として書いている限り「解読」しなければその関連性を読み取れないため、図解で見るほどの分かりやすさはない。仮に図解すると図1のようになるだろう。
こう書けば、個条書きの各項にどんな「つながり」があるのか、あるいはないのかがすぐに分かる。一目瞭然(りょうぜん)である。
■個条書きは図解できることが多い
そして実は個条書きで書かれた情報はうまく図解できることが多い。
そもそも個条書きというのは、何か1つのテーマがあって、そのテーマに関する情報をいくつか異なる視点から書いたものである。視点は異なっていてもテーマは同じなので、本来は個条書きの各項の間に何らかの関連があるのが普通なのだ。であればその「相互の関連」をきちんと表した方がいいし、それをやろうとすると必然的に図解になる。だから個条書きは図解できることが多いし、そうすべきなのである。「個条書きを使うな」というのはそういう意味だ。
■言葉の乱れに気を付けよう
しかしいざ図解しようとすると、それはそれで大変難しいものである。そこで、その難しさを少しでも軽減するために気を付けたいのが、
言葉の乱れ
である。何やら「服装の乱れ、言葉の乱れは心の乱れ」といわれた中学時代を思い出すような話だが冗談ではない。といってももちろん正しい敬語を使いましょうといった話でもない。
簡単にいうと、「名詞と動詞の入れ替わりに気を付けよう」ということだ。
例えば、前述の「売り上げ予測システム化の狙い」の中で「売り上げ予測」という言葉が出てきていたが、これは名詞だろうか動詞だろうか。
「売り上げを予測する」と解釈すれば動詞だし、予測した結果のことだと解釈すれば名詞になる。つまりどちらにでも解釈できる言葉である。
個条書きの中でこの種の「どちらにでも解釈できる言葉」を使うと、第1条、第2条、第3条……と書き進める間にその扱いが乱れることがある。第1条では名詞として使っていたのに第2条では動詞になっているといった乱れが起きるのだ。この種の乱れが起きると図解しようとしたときにとても困る。具体的に何が困るのかを知るために、前述の「売り上げ予測システム化の狙い」の一部をもう一度見てみよう。実はその乱れがすでに起きていたのである。
(2)顧客別の売り上げを予測します (3)その結果を生かして製品供給の最適化を図ります |
太字部分をよく見比べてみよう。本来はこう書くべきではないだろうか(赤字部分が変更点)。
(2)顧客別の売り上げを予測します (3)その結果を生かして製品供給を最適化します |
「最適化を図ります」と書かれていると、「最適化」が名詞で「図ります」が動詞のように見える。しかし「最適化します」といい換えると「最適化」が動詞になってしまう。実はこの方がシンプルな解釈ができるようになる。それはこの解釈で図1を書き直した図2を見れば分かるはずだ。
図2 動詞と名詞を整理し直すと……
矢印は動詞、その両側にある箱やデータベースのアイコンは名詞である。動詞は「動き」を表すものなので、矢印に重ねて書くのは理にかなっている。そして図1よりも図2の方が、「予測」「最適化」というプロセスとそのインプット/アウトプットを明確に理解できることがお分かりだろう。
しかし、図2を作るためにはその前に「最適化」を名詞ではなく動詞として扱った方がいいことを見抜かなければならない。動詞と名詞の扱いをきれいに整理しておかないと、個条書きから図解に直すときに苦労するのである。
■バラバラに見える個条書きでも気を抜かない
もう1つの例を見てみよう。
2005年に京都議定書が発効するなど、現在は経済活動においても「環境」の視点が重要な時代である。そんな状況下、「循環型社会」に関する知識はもはや社会人の一般常識といってよい。経済産業省のWebサイトのキッズページには、リサイクルに関して「私たちにできること」として「大原則:3R」が掲載されている。これを以下のようにまとめてみた。
<例文2:循環型社会形成のための3原則> 環境負荷の低い循環型社会を形成するために、私たちにできる3つの原則があります。 Reduce(削減):廃棄物の発生を抑制し、製品を長期使用すること Reuse(再使用):使用済み製品などの再使用をすること Recycle(再資源化):使用済み製品を再資源化すること(再資源化のために分別排出) |
個条書きで、Reduce,、Reuse、 Recycle の3項目について説明したものだ。
個条書きは図解できるはずだから図解してみなさいと出題したとしよう。するともしかしたらこんな解答が出てくるかもしれない。
環境負荷の低い循環型社会を形成するために、 私たちにできる3つの原則があります。 |
|
Reduce (削減) |
廃棄物の発生を抑制し、製品を長期使用すること |
Reuse (再使用) |
使用済み製品などの再使用をすること |
Recycle (再資源化) |
使用済み製品を再資源化すること (再資源化のために分別排出) |
もし何も特別な指示を付けずに、単に「図解しろ」とだけ出題すると絶対このような解答も出てくるはずだ。しかし、これは見てのとおり、個条書きにそのままハコをかぶせただけで、まったく図解になっていない。
個条書きの各項目の
相互関連が分からない
ようなものは図解とはいえないのである。Reduce、Reuse、Recycleの3項目は一見バラバラなように見えても、それぞれ何らかの関連があるはずなのだ。それが分かるようにうまく構造化したいところである。ではどうすればよいのか……。
解説は次回の記事に掲載する。以下、ヒントを少し書いておくのでこれを参考にして考えてみてほしい。
■ヒント:埋もれた名詞を探して流れを見つける
こういうときは文面そのものを一生懸命読むよりも、一度単語にバラして流れを探してみる方がいい。そこで例文2で使われている単語をいくつか拾い出してくると次のようになる。
環境負荷、循環型社会、廃棄物、抑制、製品、長期使用、再使用、再資源化、分別
これを単語の種類によっていくつかに分類してみる。
モノ:廃棄物、製品、 行動:抑制、長期使用、再使用、再資源化、分別 そのほか:環境負荷、循環型社会 |
こういう分類をする目的は、一度に意識しなければならない言葉の数を減らして考えやすくするためだ。例えば「モノ」や「行動」に分類された言葉だけを使って「1つの流れ」を作ってみると、それが手掛かりとなって残りを考えやすくなるものである。
そこで、では実際にどれを使って「1つの流れ」を見つけるのかが勝負になる。
そしてその際、「埋もれた名詞」に注意したい。名詞と動詞の考え方でいうと、「行動」に分類されている言葉はそれぞれ名詞にも動詞にもなる言葉なのに対して、「モノ」や「そのほか」に分類されている言葉は動詞にはならない。どれを名詞として扱うのか、注意深い考察が必要になる。特に、「モノ」と「行動」の分類がこれでいいのかには要注意。
■あらためて、個条書きには要注意
「個条書き」は、同じ内容を普通の文章でだらだらと長く書いたものよりは理解しやすいことが多い。だからといってそれだけで満足していてはいけない。
たいていの場合、個条書きは「各項目相互の関連性」を図解して表現することができるし、その方が分かりやすくなることが多いのだ。気が付いたことをただ列挙するだけで満足せず、図解することを試してみよう。
その過程で今回扱ったように、「動詞と名詞の扱いのゆらぎ」など、言葉の乱れを乗り越えて考えなければならないケースがよく出てくる。その意味で、「個条書きで安易に満足しないこと」は実用的な国語力を身に付けるための必要な習慣なのである。
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