UISSがITエンジニアに与える影響とは?

UISSがITエンジニアに与える影響とは?

岩崎史絵
2006/10/25

2006年6月、JUASが中心となり策定が進められていたユーザー企業版ITSS、「UISS」のバージョン1.0が発表された。UISSはどのような背景から生まれ、今後ITエンジニアとどのようなかかわりを持つのか。ITSSユーザー協会の専務理事を務め、ITSS/UISS導入コンサルティングで多くの実績を持つスキルスタンダード研究所 代表取締役 高橋秀典氏に聞いた。

IT企業のITSS、ユーザー企業のUISS

 IT業界の国際競争力強化と人材育成を目的に、2002年12月に経済産業省から発表されたITSS(ITスキル標準)。4年弱の運用を経て、2006年4月に大幅な改訂版となるバージョン2がリリースされ、今後さらなる活用が期待されている。

 このITSS V2とほぼ同じタイミングで発表されたのが、ユーザー企業側のITスキル向上を目指すための参照モデル「UISS」(情報システムユーザスキル標準:Users' Information Systems Skill Standards)だ。ITSSがIT業界での競争力強化のためのITスキル向上を目指すのに対し、UISSは「ITを活用する側」の視点から作成されている。

 IT・経営・人材育成関連のコンサルティングを広く手掛けるスキルスタンダード研究所 高橋秀典氏は「システムの構築・運用のみならず、企画から一括してIT企業にアウトソーシングするケースが多くなり、ユーザー企業側にも『このままではIT戦略を実現できる人材が育たなくなる』という危機感が芽生えてきました。特に市場での競争を強いられている企業にとっては、ITを駆使した戦略策定は必須です。そのため、どうしてもIT部門のあるべき姿を定義し、自社内のIT人材のスキルを高める必要が生じてきました。UISSは、こうしたユーザーの声を背景に生まれたものです」と語る。

ITSSとUISS、最大の違いとは何か?

 ITSSとUISSは、「単一のIT業界」か「複数の業界に属するユーザー企業」かという対象領域の違いもさることながら、高橋氏によるとさらに2つの違いがあるという。

スキルスタンダード研究所 代表取締役社長 高橋秀典氏

 1つ目は作り手の違い。具体的には、ITSSは経済産業省から引き継いだIPA(情報処理推進機構)が作成しているのに対し、UISSの作成の中心的な役割を担っているのはJUAS(日本情報システム・ユーザー協会)である。つまり作り手=導入する側という等式が成り立っているわけで、そのため“実際に”導入することを前提にしているという特徴がある。

 もちろんITSSでも、IT企業への適用を前提に、数多くのITプロフェッショナルが策定に当たっている。しかし高橋氏によると「キャリアフレームワークなどインパクトのあるものがルールのように受け取られ、適切に理解されなかったため、“活用”というよりは比較目的で“合否”のレベル分けに使われてしまうケースが目立ちます」という。そのため、ITSS本来の趣旨である人材育成の参照モデルとはならず、「こういう職種に定義されているスキルを持っているか」「この職種・レベルに何人いるか」という比較材料に使われてしまっている。その理由はいくつか考えられるが、最も顕著なのは「活用する手順にまで踏み込んだドキュメントがなかったことが大きいと思います」(高橋氏)という。つまりITSSは、参照モデルとして適切に活用されることを想定していたが、実際にはIT企業の現場で使えるほど「活用側が理解できていなかった」(高橋氏)ということだ。

 そのためUISSでは、導入・運用を見越し、自社に合わせて組み立てるための「素材」と「手順」だけを提供する方針になっている。具体的には、ユーザー企業の中でITプロジェクトを円滑に進めるための「タスク」と「職種(人材像)」を定義し、さらに「人材像ごとのキャリアフレームワーク」を内包している。例えば、事業/IS(情報システム)戦略を立案するタスクを持つ職種を「ビジネスストラジスト」と呼ぶ、といったもの。ITSSと異なるのは、こうした職種名やタスクはあくまで参考レベルの“素材”だということだ。これがITSSとUISSの第2の違いである。そして、この違いを最も大きく決定付けているのが、「UISS活用手順」(図1)だ。これが今後詳細化され、UISSの「活用ガイド」として発表されることになっている。

図1 UISSの活用プロセス(全体イメージ) 。経済産業省「情報システムユーザースキル標準〜IS機能の可視化による組織力向上のために〜」より(クリックで拡大します)

UISSをどのように活用するか

 UISS活用手順とはUISS自体がそうであるように、経済産業省が示した活用手順のモデルであって、「このとおりに導入しなければならない」という強制力のあるものではない。あくまでガイドだ。ただし、UISS誕生の背景にあるように、「IT人材の持つべきスキルの空洞化」という問題点を解決するため、手順の最初にある「要求分析」を重視しているのが特徴である。高橋氏は「ここでいう要求分析とは、ちょうどプロジェクトの要求分析とまったく同じで、自社の戦略や方向性に基づいてあるべき姿を洗い出すためのプロセスです」という。

 例えば会社の戦略として「プログラム開発を行う専任者は必ずしも必要ではないが、ITの企画から大まかな設計を行う担当者や、技術動向を把握する担当者が必要」という選択肢もあるし、ビジネスモデルの関係上、継続的な開発が必要であれば、ある程度のプログラミングスタッフを自社で抱えるという考え方もある。そのため、「活用手順の中でも、最初の『要求分析』プロセスは時間をかけて検討してもらいたい」(高橋氏)という。

 「UISSはそれぞれの企業文化や考え方によって適用の仕方が異なるもの。これはITSSでも同じですが、ITSSは合否判定、人数判定のガイドなど比較目的で使われることが多く、適用に当たって『戦略』を考える企業はごくまれな状態でした。これはIT業界全体にいえることですが、確固とした人材戦略を立てることが苦手なせいでしょう。一方で、ほかの業界では人材育成や戦略に優れた企業が多い。そういった企業で活用してもらうには、その企業の風土に合わせた形で運用されるべきなのです」(高橋氏)。細かいことをいえば、職種の名称も企業それぞれで異なるのが普通であり、そうした部分も含めて「自社に合うように適用してもらう」ことを前提にしているわけだ。

IT業界への影響は

 さて、このUISSは、ITエンジニアにどのような影響を与えるのだろう。

 厳しいいい方をすれば、ユーザー企業の本音としては「ITSSが期待どおりに適用されず、IT企業の今後に限界を感じている」という思いがあるという。確かに近年、プロジェクト自体が非常に高度で複雑化してきたため、ユーザー企業から元請け〜2次請けの間で「丸投げ/丸請け」という構造が、一時的にしろまかり通ってきた事実も否めない。そのため、IT企業にもユーザー企業にも「戦略的なIT」を企画立案・活用するスキルが空洞化してしまっているわけだ。

 そうかといって、ITSSをそのままユーザー企業のITスキル向上に適用しようとしても、定義されている用語などの違いから、大幅にカスタマイズせざるを得ないという状況もあった。そのため経済産業省の呼びかけを受けたJUASが中心となり、本腰を入れて「IT戦略の企画立案・活用」をするスキルを持った人材を育てていこうとなったのだ。「UISSはそのための大切なツールです」と高橋氏は語る。

 UISS自体はまだまだ整備中だが、今後は機能別のスキル定義の充実や活用ガイドの作成と並行して、スキルディクショナリの策定を視野に入れているという。スキルディクショナリとは、そのスキルに必要となる知識やスキルなどをシンプルに定義したもので、「ここで定義された内容は、IT業界/他業界を含め、IT職種に従事する方の共通要素となるはずです。よってスキルディクショナリは、ITSS/UISSで共通化されるべきだと考えています」(高橋氏)

 「UISSは一般のユーザー企業のもので、IT業界で働くITエンジニアには何の関係もない」と思っているのならば、それは大きな間違いだ。ユーザー企業が自社の戦略に合わせてITエンジニアを育成・強化していくということは、IT企業側にも相応の人材戦略が求められる。「自分自身のキャリア戦略に合わせて、ITSSやUISSを有効活用してもらいたい」と高橋氏は語る。

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