会社員であれば、会社が健康保険や厚生年金保険などの社会保険の手続きを行ってくれる。だがフリーエンジニアになった途端、すべて自分で処理しなくてはならなくなる。手続きの不備や見落としがあると、万が一の時に保障が効かないなどということもあり得る。リスクにどう備えるべきか。 |
会社員として働いている限り、社会保険の各種手続きに労力を取られることなく業務に専念できる。本人が特に意識しなくても入社時からほぼ自動的に処理されるため、会社員でいる間はこうしたことには無頓着になりがちだ。
会社員からフリーエンジニアになると税法上は個人事業主となり、これらの手続きをすべて自分で行わなくてはならない。派遣会社への登録や会計士など専門家への依頼で労力を減らすこともできるが、もしフリーエンジニアになることを考えているなら、社会保険の基本的なことは押さえておくべきだ。
社会保険の手続きを行う際、どんなことに気をつければいいのだろうか。会社員の社会保険と個人事業主の社会保険はどう違うのか。特定社会保険労務士の佐藤広一氏に聞いた。
■会社員の職域保険、個人事業主の地域保険
社会保険とは、制度により加入が義務付けられている保険である。これに対し、民間企業の生命保険や損害保険などは私保険と呼ばれる。
一般に「社会保険」といえば、職域保険と地域保険を指していることが多い。職域保険とは大ざっぱにいえば会社員に関係する各種の社会保険のことだ。具体的には健康保険や厚生年金保険など。給料明細を見れば、これらの保険料が天引きされていることが分かるだろう。一方、地域保険とは個人事業主に関係する国民健康保険や国民年金のことだ。
図1 社会保険制度の体系(出典『図解でハッキリわかる社会保険事務』佐藤広一著 日本実業出版社刊) |
基礎知識として、会社員の職域保険についておさらいしておこう。職域保険は狭義の社会保険と労働保険に分けられる。狭義の社会保険は健康保険、厚生年金保険、介護保険がある。労働保険には労働者災害補償保険(労災保険)と雇用保険がある。それぞれ対象としているリスクや仕組みが違う。
まずは狭義の社会保険から。健康保険とは会社員(従業員)とその扶養家族が、業務や通勤以外の理由で病気やけがをした場合に保険給付を行う制度だ。病院での医療費が3割負担ですむのは、この健康保険があるためだ。
厚生年金保険とは会社員の高齢、障害、死亡に対して保険給付を行う制度。介護保険は高齢者の介護を支えるための制度だ。
次に労働保険。労災保険は業務に起因する病気やけが、死亡に対して保険給付を行う制度だ。雇用保険は会社員が失業、または雇用の継続が困難となった場合に保険給付を行う制度。失業時の生活費を補てんする「失業保険」というイメージが強いが、近年では雇用継続や再雇用をうながすものに変化してきている。出産・育児の際、出産手当金は健康保険から、育児休業給付はこの雇用保険から受けられる。
■フリーエンジニアなら押さえておきたい地域保険の基礎知識
フリーエンジニアにとって、会社員の職域保険に代わる存在が国民健康保険や国民年金(加えて40歳以上なら介護保険も)と考えていいだろう。職域保険が全国的な組織で運営されているのに対し、これらは原則として市区町村で運営されているため地域保険と呼ばれる。
とはいっても職域保険に比べ、地域保険の保障内容は必要最低限。フリーエンジニアとしては、その分リスクが多いものと覚悟すべきだ。
これらの保険は加入が義務づけられているので、見逃すことなく手続きをしておきたい。佐藤氏はこれらに加えて「抱えるリスクの優先度に応じて民間の生命保険や損害保険などと組み合わせ、自分なりのポートフォリオを作っておくといいですね」とアドバイスする。
それぞれの保険の概要を見ていこう。国民健康保険は会社員の健康保険と同様、基本的には業務外の病気やけがを対象としている。フリーエンジニアでも医療費は3割負担ですむのだ。ただし健康保険と異なり、国民健康保険では傷病手当金(業務外の病気やけがで就業不能な場合に支給)や出産手当金はないので注意しておこう。支払う保険料は前年の所得や世帯人数などから算出される(算出方法は現住所のある市区町村によって異なる)。
国民年金は公的年金の基礎部分にあたり、20歳以上の全国民が対象となる。現時点では少なくとも25年間の加入と保険料納付があれば、一生老齢年金を受け取ることができるようになっている。障害年金や遺族年金もある。フリーエンジニアなら支払う保険料は2007年度から一律月額1万4100円だ。
ただし、満額払っていたとしても、フリーエンジニア(第1号被保険者)と会社員(第2号被保険者)とでは老後に受け取る年金額が違う。会社員なら、国民年金に加えて厚生年金保険や厚生年金基金を払っているからだ。フリーエンジニアの国民年金だけでは心もとないなら、国民年金基金を積み上げておくのもいい。
最後に介護保険。現時点では40歳以上なら介護保険料を支払う義務がある。保険料は所得に応じて算出される。
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■万が一の時に慌てないためのQ&A集
ここまでひと通り見たところで、いろいろと疑問が生じることだろう。社会保険制度に対して会社員時代のように無頓着でいると「なぜ、こうなる?」と困惑してしまうことが多い。佐藤氏の話を基に、ありがちな疑問や知るべき事柄をFAQ形式でまとめた。基本的なことをきっちり押さえておいてほしい。
Q:「保険料を払う余裕がない時はどうしたらいい?」 |
A:国民健康保険、国民年金、介護保険(40歳以上)には支払い義務が生じるが、場合によっては減額や免除が可能だ。手続きをすれば、何も手続きせず不払いの時と比べ、受け取れる保険や手当の額が違う。特に国民健康保険は支払わないと保険証が交付されない、または返還しなくてはならず、こうした状況で病院に行けば治療費を全額支払わなくてはならなくなってしまう。 ・国民健康保険:法律で定める減額制度と市区町村が定める減免制度がある。相談や申請は市区町村の国民健康保険窓口にて。 ・国民年金:収入が少ない場合には、保険料免除制度(全額免除)または一部納付制度(一部免除)がある。もし30歳未満なら若年納付猶予制度、学生なら学生納付特例制度がある。相談や申請は市区町村の国民年金担当窓口にて。 ・介護保険:保険料を納めると生活保護基準に該当するなど、市区町村ごとに保険料の減額や免除が可能な場合がある。相談や申請は市区町村の介護保険窓口にて。 |
Q:「業務中のけがなら医療費は全額負担しろといわれた! どうして?」 |
A:フリーエンジニアには業務外の病気やけがを対象とする国民健康保険はあるが、労災保険はない。例えば職場でサーバをセットアップしていたらラックが崩れてけがしてしまい、病院で治療を受けたとする。業務中の災害なら「国民健康保険の適用外。労災で補ってください」といわれてしまうこともあり得る。 ただし、国民健康保険の適用外で医療費を全額負担したとしても、私保険の損害保険や傷害保険で補うことができる。。 |
Q:「フリーエンジニアになったばかりだけど、保険料が多すぎる!」 |
A:国民年金は定額だが、国民健康保険と介護保険の保険料は前年の所得に応じて算出される。フリーエンジニアでありがちなのは、会社を退職した直後の健康保険料が高額になってしまうことだ。これは前年の会社員のときの所得で算出されてしまうため。 ここで有効なのが任意継続被保険者だ。会社員の健康保険制度の資格を喪失しても、一定要件を満たせば退職後2年は健康保険制度を継続することができる。保険料は会社員当時の事業主負担分を含めた金額。すなわち、給与から天引きされていた保険料の2倍を支払うことになるが、上限があるので国民健康保険よりも負担額が軽減される。例えば、政府管掌健康保険に加入していた人の場合、2万2960円が上限額。この金額を目安に国民健康保険の保険料と比較すればいいだろう。 |
Q:「会社のように健康診断ってないの?」 |
A:各市区町村ごとに違うが、年齢に応じて受診可能(または一部費用負担)となる健康診断がある。生活習慣病検診や人間ドック、またはがん検診などだ。案内が届く場合と届かない場合があり、また受信可能な期間や病院が指定されている場合もあるので、市区町村のWebサイトなどは注意して見ておこう。 |
Q:「フリーエンジニアだと、住宅ローンやクレジットカードの申請が却下される?」 |
A:借入先の金融機関や本人の所得、財産次第ではあるが、会社員や公務員と比べて経済的な信用は落ちてしまうことが多い。そのため、住宅ローンを組む、クレジットカードの作成などはフリーエンジニアになる前にしておいた方が有利だ。 |
Q:「確定申告って面倒。メリットは何なの?」 |
A:会社員なら扶養控除や高額医療費など年末調整はあるものの、フリーエンジニアはすべて自分で管理しなくてはならない。それが確定申告と考えていいだろう。1年分の収支を報告し、払う税金が足りなければ払い、逆に払いすぎていれば還付してもらえる。 フリーエンジニアなら、確定申告で経費や控除を申告すれば税金還付となる可能性が高い。また何よりも、翌年の健康保険料や介護保険料を低くすることができる。多少面倒でも、エンジニアであれば会計ソフトも難なく使えるはずだ。確定申告はしておいた方がいいだろう。 |
Q:「フリーエンジニアには退職金はないんだよね」 |
A:小規模事業共済といい、小規模の会社や個人事業主向けに、事業を辞めたときまたは退職したときに共済金が支払われる仕組みがある。毎月の掛金を自由に変えられるので、余裕があれば退職金を積み立てる感覚で掛金を払っておくのもいいだろう。 |
Q:「もし、仕事を依頼されなくなったらどうしよう」 |
A:会社員なら雇用保険があるが、フリーエンジニアにはない。それを補いたいなら、私企業の所得保障保険に加入するのもいいだろう。個人向けなら保障期間は1〜2年のものが多いが、中には申請から1年間は保険金が下りないが最長で満60歳までの保障が得られるものもある。 |
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企画:アイティメディア営業本部
制作:@IT自分戦略研究所編集部
掲載内容有効期限:2008年1月25日
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