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スティーブ・ジョブズは、頭の中に思い描いたものをカタチにした
全面タッチパネルのフルカラー液晶を持ち、指先ですべての操作を行える、携帯電話にして音楽・動画再生プレーヤー兼モバイルコンピュータ iPhone。類似する製品は、今までこの世に存在しなかった。
思いやアイデアは、最初はもやもやしてとらえどころのないものだ。それに形を与え、その形に機能という合理性を付与し、人間の生活のクオリティ向上に役立つ道具としてこの世に送り出して、初めて製品となる。
ジョブズはアップルのトップとして、プロダクトデザイン、機械工学、情報工学、通信ネットワークなどの専門家からなる壮大なプロジェクトチームを牽引し、プロジェクトを見事成功に導いた。ありとあらゆるものづくりの舞台裏には、彼のように、強力なリーダーシップを発揮できる人材が必ず必要だ。何十年、何百年に1人の天才が現れるのを待っているわけにはいかない。
“感性と機能の統合デザイナー”を育成するために
伝統的にものづくりに強いといわれてきた日本の産業界だが、実際には、感性と機能の統合デザイナーとしてイノベーションをもたらすジョブズのような「ものづくりアーキテクト」の圧倒的な不足に悩まされてきた。公立大学 産業技術大学院大学は、このジレンマを、体系的な専門教育で解決するため、産業技術研究科 創造技術専攻を開設した。
創造技術専攻では、“感性が機能という合理性に裏付けられたときにこそ、イノベーションを加速する新たな創造が生まれる”という考えにもとづいて、「感性デザイン領域」と「工学的機能性デザイン領域」を融合したカリキュラムを組んでいる。個々の知識体系のもとでは生まれない高度な価値の創造を目的に、2008年4月に開設されたばかり。日本で唯一無二の専攻科目である。
商品企画の提案から製品設計、製造に至るプロダクトサイクルを統轄してマネジメントできる人材の育成を目指し、2年間かけてPBL(Project Based Learning=問題解決型学習)教育を含む約30の履修科目を提供する。担当する教授陣は、産業界で実際にものづくりをリードしてきた実務経験者が多い。
社会人大学院であるため、講義は平日夜間と土曜日昼間が中心だが、学部卒業生がいることを考慮して、平日午後にも講義科目を置いている。平日午後の講義の多くは、次年度には夜間開講となるため、社会人も網羅的に履修することができる。
“夢を持ち、刺激を受けて成長したいと願う人”のための場
産業技術大学院大学 産業技術研究科 創造技術専攻長である福田哲夫教授は、工業デザイナーとして、高速新幹線N700系の設計開発にかかわった人物だ。自動車を出発点として、自転車から小型船舶まで、トランスポーテーションとその関連領域のデザインで著名である。
創造技術専攻長 福田哲夫教授
福田教授によると、日本の産業界の弱点は、利潤追求を宿命とする企業の論理でものづくりを進めてきたことにあるという。彼らが知恵を絞ったのは“効率的な大量生産の方法”だ。使い勝手などの生活者の視点は、どうしても後回しになりがちだった。
しかし、社会の成熟化とともに、人々は真の快適さや、本当の豊かさを生活のあらゆる場面で求め始めている。このニーズを実現するには、作り手の論理から一歩離れ、社会全体の最適化を目指す頭脳が求められる。そのような人材の育成こそが、創造技術専攻開設の目的である、と福田教授は語る。
「感性と機能の統合デザイナー『ものづくりアーキテクト』。こういう人材は、いまでも企業にいます。しかし、社会の発展とともに、ものづくりアーキテクトがもっともっと必要になってきたということなのです」
例えば、公共交通機関としての路線バス。人はバスに乗ると、なかなか後ろの方の座席に行こうとしない。降りるのが大変だからだ。しかし、スタンションポール(手すり)の位置をアレンジし、バスの奥が広く見えるように座席の形を調整するなど、降りやすく魅力的な仕掛けを施せば、乗客は自然と奥の座席から詰めて座るようになる。
福田教授が、N700系の設計段階で知恵を絞ったのは、「構造上広くは取れない室内を心理的にどう広く見せるか」だったと語る。乗降口から続くデッキ部分にはできるだけ角を設けず、アールをとって奥行きを感じさせる。車両内部は、床と側壁にグラデーションカラーを施し、四角い空間で感じる圧迫感を和らげる。座席はクッションと最適リンクの工夫で、乗り心地の向上に努めた。
「デザインは、社会をより豊かな方向へ誘う力を持っています。世の中にはまだ、デザインの力を発揮しなければならない分野がたくさんあるのです」
社会人であっても、その気さえあれば、自分が作ったもので社会を変えるという壮大なプロジェクトにかかわれる。そう思うと期待は膨らむが、一方で一抹の不安もよぎる。大学院というからには、過去にデザインやものづくりに類する教育を受けたか、すでに何らかのデザイン工学分野での経験がなければ、講義を理解するのは難しいのではないか。福田教授は即座に首を横に振った。
「重要なのは、経験よりも夢。人類はまず初めに“月に行きたい”と夢を抱き、そこから宇宙工学を発展させていきました」
創造技術専攻は、夢を持っている人のために用意された学びの場だという。「人は人に出会うことで大きくなり、そのたびに刺激を受け化学反応を起こして成長していく」と福田教授は強調する。
「産業技術大学院大学には、自分の知識と経験を伝えることで、学生の持つ夢を後押ししたい、と考える教授がたくさん揃っています。また、さまざまな世界で多様な経験を積んできた多彩な仲間がいます。何ができるか、どう実現させるかは、勉強しながら考えていけばいいことです。夢の大きさだけ情報は集まります」
「普段は絶対に使わない頭を使う。それが本当に刺激的」
竹内健二さんは、創造技術専攻の1年生。メーカー勤務の29歳だ。竹内さんがこの社会人大学院に入ろうと決めたのは、大学時代に勉強した理論を、仕事の実践で生かせないか、もう1度その可能性を探りたいという思いからだった。
竹内健二さん
当時、理論としての美学や芸術学を専攻し、研究者や評論家としての道を考えていたが、超氷河期だった就職市場を勘案して、民間企業への就職を決めた。
しかし、理論と実践の可能性がデザインにあるのではないかと考えるようになり、仕事がひと段落をしたのを機に、社会人大学院への進学を決意した。
大学院の候補は、ほかにもいくつかあったという。その中で産業技術大学院大学に決めた理由は、大きく3つある。
まずは専攻科目。デザインだけなら、あるいは工学だけなら、ほかにも選択肢はある。しかし、従来ならまったく異なる分野に分類されていた領域の壁が取り払われ、一度に学べる環境となっていたのは、見渡すかぎり産業技術大学院大学しかなかった。メーカーに勤務し、ものづくりの場にいる自分と、デザインの可能性を見つけ始めた自分。その両方を満足させられる場は、ほかにはなかった。
次に、教授陣のレベルの高さだ。N700系の設計開発を代表プロジェクトに持つ福田哲夫教授や、メーカーの立場で数々の家電製品を世に問うてきた國澤好衛教授など、産業界の第一線で活躍していた人物の講義を直接聴くことができる、という点に大きな魅力を感じたという。
そして、学費だ。年額52万800円という授業料は、他の社会人大学院と比較して格段にリーズナブルだった。
平日の夜と土曜日の昼間に大学院へ通う日々。今のところ通学に問題はないが、レポート作成など課題が多いので、社会人と学生生活の両立は「正直いって相当ハード」だそうだ。しかし、竹内さんは「普段は絶対に使わない頭を、ここに来ると使う。それが本当に刺激的」と、顔を輝かせる。
「例えば、インダストリアル・デザイン演習I。前半はチームを組んで、後半は個人で、新製品開発に取り組み、教授にプレゼンテーションをするという内容です。その時のテーマは“新しい音楽体験を提供する製品”。私のチームは、建築事務所のCADデザイナーからプログラマ、耳鼻科向けの医療器具を作る人まで、実に多種多彩なメンバーが集まっていました。打ち合わせは本当に白熱しました。『東京夢工房』という技術室で、考案した製品のモックアップを作り、学生はそれぞれ、製品提案の発表を行いました。チームで行う考案プロセスから、製品提案発表まで、ものづくりのプロセスの一部を少しでも経験できるのが、創造技術専攻の良いところだと思います」
なお、すべての講義はビデオに収録されており、インターネット上でいつでも視聴可能になっている。そのため講義に遅れても、あとからいつでもキャッチアップすることができる。
また、専攻内には、学卒学生から最年長60歳の社会人学生まで、さまざまなバックボーンを持った同級生が約50人いる。学生のキャリアの多彩さも、彼がこの大学院に入学してよかったと実感する理由の1つだそうだ。
卒業後は、ここで学んだことを自らの強みとして、デザインにかかわる業務へステップアップしたい、と竹内さんは将来への希望を語る。日本からスティーブ・ジョブズのような人材が生まれるとしたら、ここが最も孵化しやすい場所といえるかもしれない。
産業技術大学院大学では、創造技術専攻の説明会を行う予定だ。事前申し込みは不要なので、一度足を運んでみてはどうだろうか。
提供:産業技術大学院大学
企画:アイティメディア株式会社
制作:@IT自分戦略研究所編集部
掲載内容有効期限:2009年2月14日
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