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必要とされるキャリアとスキルを追う!

第3回 「ググる」の精度を高めるために必要なもの

加山恵美
2006/3/15

友人から米グーグル見学の誘いが

 そんな工藤氏に転機が訪れたのは2004年9月のことだ。米国のグーグルでインターンをしていた大学時代の友人から電子メールが届いた。見学がてら「遊びに来ないか」という内容のものだった。とはいっても、行き先は実家の福岡よりもはるかに遠い米国だ。気軽に「おいでよ」といわれても、普通なら2つ返事で「行く」とはいえないだろう。

 だが工藤氏は受け流すことなく考えた。もともとグーグルには興味があった。同年4月に米Googleは日本の研究開発センター設立と大学院生のインターンシップ実施の予定を発表した。そのとき工藤氏は大学院を卒業していて、「あともう1年学生をしていたら」と悔やんだ。だからこそ「いいチャンスでした。もちろん自費ですが、それでも見学できるなら行く価値はあると思いました」と訪問を決めた。準備をしていると、友人は意味ありげな電子メールを送ってきたという。

 「レジュメ(履歴書)を持参するといいことあるよ」

 会社見学が入社面接になることをほのめかすようなセリフである。半信半疑ながらも工藤氏はちゃんと英文でレジュメも用意し、渡米した。まずは友人と再会し、ヨセミテ公園に観光に出掛けた。

 だがヨセミテの翌日はいきなり面接だったという。工藤氏がどこまで予期していたのかは定かではないが、突然の面接を何とかこなした。基本的にグーグルでは入社面接はかなり入念にすることになっており、1人につき5〜6回は実施する。多くのメンバーの意見を取り入れて採用を判断するためだ。工藤氏も慣例どおり、2日間にわたって多くの人物と顔を合わせた。

 面接と同時並行で、当初の目的どおり社内見学もできた。職場の雰囲気は大学のものに近く、「大きな学生寮のよう」という印象を持ったという。

喜びのあまり、自転車で疾走して信号無視

 会社見学が面接に変わってしまったが、約1週間の滞在後に帰国した。その後グーグルへの入社が決まり、社員生活は2005年4月からの研修で幕を開けた。場所は面接を受けたカリフォルニア州の米グーグル本社で、期間は約3カ月だった。

 研修として検索のクオリティチームに参加し、検索の質を向上させるための技術や作業手順などをいろいろと教わった。「メンター(指南役)が良かったです」と工藤氏はいう。相性も良く、スパイラルにプロセスを進めていくことなどを学んだ。

「ユーザーが驚くような何かを作りたい」と工藤拓氏

 クオリティチームで仕事をしながら、工藤氏は学生時代と評価のされ方が違うことに気付いた。学生時代は研究の成果となる論文で評価されてきた。または片手間に作ったツールなど、成果物として指し示す対象物があった。だがいまは違う。検索結果の精度が仕事の成果として評価されるのだ。

 ある程度精度を高めても、それが維持されるとは限らない。不当に検索結果を上げる手法が新たに出てくる可能性もある。精度を改善するアイデアを思いつき、実施してみても、その改善に気付くユーザーはまれだろう。毎日同じキーワードで検索結果を比較するユーザーなどめったにいないのだから。もっとも、成功すればまだいい。「期待どおりにいくとは限りません」と工藤氏はいう。

 それでも工藤氏は地味な業務を純粋に一喜一憂しながらこなしている。この純粋さもまた天性のもののようだ。ちなみにいま工藤氏は渋谷のオフィスまで自転車通勤しているが、いい結果が出た日の帰り道は格別に壮快だという。「いい結果が出るとすごくうれしくなります。喜びのあまり、信号無視に気付かなかったことも」と笑う。

昼休みには円周率で記憶競争

 米国での研修を終えると、日本オフィスでの勤務が始まった。初めての出勤日、到着するとオフィスはもぬけの殻だった。ぽかんとしていると、広報をしている社員が偶然入ってきた。

 実はその日は慰安旅行で、社員はほとんどがディズニーランドに向かっていたそうだ。帰国でばたばたしているうちに連絡が行き違いになってしまったらしい。たまたま用があり会社に立ち寄った社員のおかげで事情が飲み込めた。図らずも出社初日にエピソードを作ってしまったようだ。

 いまでは数名の同僚とともに日本語の検索結果向上に取り組んでいる。工藤氏を面接に誘ったインターンの友人も、いまではグーグルの社員だ。研修や入社の時期は多少ずれるが、ほぼ同期である。いまでは工藤氏と一緒に助け合いながら日々努力しているという。

 日本オフィスでの働きぶりを聞いていると、広報の斉藤香氏が「工藤さんといえば、最も印象的だったのは……」と話してくれたことがある。昼休みに工藤氏とほかの社員が談笑していると思ったら、黒板に円周率を延々と書いていたというのだ。

 「どこまで記憶しているかということになり、書いていました(笑)」

 ちょっとした遊びだったという。たまに円周率を長く記憶している人にお目にかかるが、工藤氏もその1人らしい。「乱数にも使えそうだと考えたことがあります」と工藤氏。特に業務とは関係ないが、特殊な定数がすらっと出てくるところが学識を感じさせる。

工藤氏の20%プロジェクトは

 グーグルといえば、雑誌でもよく取り上げられる「20%ルール」がある。すべてのエンジニアは、業務時間の20%を自分が重要だと思うプロジェクトに費やすことができるというルールだ。会社公認の自由研究となるこの時間から、新たなサービスが次々と生まれている。グーグル版SNSのOrkutやフリーメールのGmail、Google Newsも20%ルールから生まれた。Googleの進化の源泉でもある。

 そうなると気になる。工藤氏は20%を何に費やしているのか。残念ながら、「秘密」だそうだ。内部処理的な研究であれば、「Google 〜」と命名された新しいサービスとして使える機会はないかもしれないが、まだ分からない。いつか世に出る日を楽しみに待つことにしよう。

 20%ルールに限らず、工藤氏は「人に役立つ何かをしたい」と強く感じているという。NAISTの指導教授と研究室が特にそういう雰囲気だったそうだ。研究に長く没頭していると、実在する必要性とかけ離れたところに労力を費やしてしまうことも往々にしてある。だが工藤氏はそうなることなく、社会への貢献を常に意識しているという。

 加えて、面白いことへの純粋な興味と行動力も備え持つ。ツールを独自開発したり、米国の会社見学に誘われたら応じてしまうのもその証拠だ。何か物事を始めると目標物を完成させるまで夢中になって取り組む。集中力の持続性と能力は相当なものなのだろう。しかし工藤氏は謙遜(けんそん)してこういう。

 「いやいや。世の中、すごい人はたくさんいますよ」

 高い専門能力を持つ、純粋なエンジニア。これからも淡々としていながら皆をあっといわせる仕組みを発明し、不可能を可能にしていきそうな人物だ。

 

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