新しい人事制度の導入支援IT企業のための人事制度導入ノウハウ(11)(1/2 ページ)

IT企業の人事担当者に読んでほしい、人事制度導入ノウハウ。導入プロジェクト開始の準備から設計、導入、実際の運用まで、ステップごとに詳細に解説する。

» 2009年09月11日 00時00分 公開
[クレイア・コンサルティング]

 これまで、10回にわたって人事制度の設計のノウハウをご紹介してきました。今回は、いよいよ人事制度導入前の準備や工夫について取り上げたいと思います。

「社員の気持ちへの考慮」なくして、制度導入の成功はありえない

 新しい人事制度の導入(または改定)は、社員に大きな影響を与えるイベントです。仕事の評価基準や個人給与の決め方が変化するため、現場の不安や不満を招くことが予想できます。人事担当者としては、混乱やトラブルを招かないようにと、制度内容を詳細に周知することや、社員の同意を取り付けることを考えがちです。

 ところが、どれだけ説明を尽くしても、社員に無用な不安を与えてしまったり、ネガティブな印象を与えてしまったりする例が少なくありません。これでは、せっかく苦労して人事制度を作り込んだ努力が報われません。

 人事制度がうまく機能するかどうかは「制度設計の良しあし」が50%で、残りの50%は「社員が新制度を前向きに受け入れること」にかかっています。

 よって制度を導入する前には、制度設計が「論理的に正しいかどうか」だけでなく、「社員にどう受け取られるか」という視点から、社員へのメッセージ内容と伝え方を検証する「慎重さ」が求められます。

 「社員の気持ち」をおろそかにしてしまうと、「説明したつもり」の一方的なコミュニケーションに終わってしまいます。結果として「社員の意識と行動を変える」という本来の目的が達せられない恐れがあります。

 制度導入に当たって特に強調したいのは「社員へのコミュニケーション方法に、唯一の正解はない」ということです。制度を運用する管理職の理解度・評価能力や社員の感情的側面を考慮して、メッセージ内容と伝え方を工夫していくことが課題になります。

 本編は次の2つの章で成り立っています。

I.人事制度導入にありがちな失敗とその原因

II.スムーズな導入を後押しする施策例

 どちらも具体的な事例を交えて解説しています。人事制度導入の経験のない方でも、導入時の状況をリアルに想像しながら読み進められる内容になっています。

失敗事例から学ぶ社員へのコミュニケーション方法

I.人事制度導入にありがちな失敗とその原因

 成長期にある多くのIT企業では、資金調達やマーケティングを優先するあまり、人材育成や動機付けといった「人」の側面をどうしても後回しにしがちです。重要性は理解していても「いまは『人』のことまで考える余裕がない」という企業が多いのではないでしょうか。

 このような状況下でも、新たに人事制度を導入(または改定)しようとする企業では、「人」が競争優位の鍵であることを強く意識し、真剣に人事制度を作り込む場合が多いように思います。ところが、せっかく設計段階で注いできた努力も、社員感情への配慮不足や不適切なコミュニケーションによって、十分に報われないケースも少なくありません。ここでは、よくある失敗例とその原因を見ていきましょう。

(1)「孤立した人事部」のケース

 ある大手メーカーが設立したソフト開発ベンチャー企業 A社の事例をご紹介しましょう。

 同社の経営陣は全員親会社からの出向者で、多くの管理職はここ数年で中途採用した社員です。A社は、もともと親会社の制度を参考にした人事制度を運用していましたが、専門性の高い人材を育てることを目的に、人事制度の見直しを検討することにしました。

 社長も当初は積極的に関与し、すべてのミーティングに参加していました。しかし、親会社の業績悪化など予想外の事態の対応に追われ、次第に関与できなくなっていきました。それでも、人事部は何とか独力で人事制度を完成させ、制度導入にこぎ着けました。

 ところが、人事部が制度改定を発表すると、複数の部門長から「聞いていない」とのクレームが殺到しました。何とか部門長を説得し、時間をかけて管理職向けの説明会を実施しました。しかし、実際に制度の運用が始まると、今度は一般社員から制度に関する質問や不満が続出しました。どうやら管理職自身が「自分はよく分からないから人事部に聞いてくれ」と説明を放棄してしまっている様子でした。

 こうなってしまったのには、いくつかの原因が考えられます。

 もともと、プロパーの管理職の間には経営陣への不信感がありました。今回の制度改定についても同様で、新制度の必要性や目的を、経営側が現場に理解してもらおうとしていなかったことに不満を抱いていました。また、新しい人事制度はこれまでの制度と比べると、厳しい評価や報酬の仕組みを導入していました。評価する側の管理職としては「評価の根拠を部下に説明できるだろうか」「自分だけ厳しい評価にならないだろうか」という不安を抱いていたと思われます。さらに、ここ数年で中途採用した管理職には、マネジメント経験が少ない人が多く、人事評価の知識やスキルが十分でなかったという背景もあります。この事例から、円滑な導入に向けたポイントを考察してみましょう。

  • 人事制度の中身よりも、制度導入の「必要性」や「目的」といった背景情報の周知・伝達に重点を置く
  • 経営陣が人事制度の導入・定着に対する「本気度」を見せる
  • 評価者である管理職が「自信を持って評価できそうだ」と感じられるように、管理職の不安や疑問を解決するための実践的な知識・スキルの教育に時間をかける

(2)「膨大な人事制度マニュアル」のケース

 次は、ある老舗IT企業 B社の事例です。B社は伝統的に管理部門が強い会社で、自由闊達(かったつ)というよりは、仕事の計画性や効率性を重んじる風土の会社です。人事制度に関しては、社員アンケートなどを参考にして人事部が頻繁に見直しを行っています。最近の社員アンケートでは「努力が正当に評価されていない」「評価基準が不明りょうだ」とのコメントが多くなっていたため、人事制度の見直しを検討することになりました。

 前回の制度変更では、家族手当などの属人的な手当を廃止しましたが、その際に多くの社員から、制度変更の妥当性や同業他社との比較などについて厳しい追及を受けました。その反省も踏まえ、人事部では今回の制度改定に当たり、制度設計の根拠となる膨大なデータや解説を掲載した、分厚い人事制度マニュアルを作成しました。さらに、国内各拠点で説明会を実施するなど、社員からネガティブな指摘を受けないよう十分に配慮しました。

 ところが、制度導入後に行われたアンケートでは、以前と同様に「評価基準が不明りょうだ」というコメントが人事部に多く寄せられました。

 失敗の原因はいくつか考えられます。もともとB社では、人事の責任者が変わるたびに人事ポリシーが二転三転し、社員は改革疲れを起こしていたという背景がありました。このような中で、人事部が配布したマニュアルは社員にとって「理解しよう」という気が失せるほどの量であり、かつ制度の細かいメカニズムを正確に説明しようとするあまり、受け手である社員にとっては、かえって分かりにくい内容となってしまいました。

 この事例から円滑な導入に向けたポイントを考察すると、以下のようなものになります。

  • 社員の理解度や意識状態に合わせてメッセージの内容や量を工夫する
  • 「これまでと何が違うのか」を簡潔に伝える(過去の反省や問題点を謙虚に認め、今後目指したい方向を明確にする)

コラム 導入スピードは、速ければいいわけではない

 われわれが人事制度導入に携わった、あるベンチャー企業の話をご紹介します。4月からの新人事制度導入に向けて、弊社が1月に管理職研修を実施した際に、経営者の方が次のようにおっしゃいました。

 「今回の導入時では60点ぐらいの理解度が得られれば十分です。1年たって80点、2年目にほぼ100点に近づけるように順を追って導入していくつもりです」

 「何を悠長なことを!」と思われる読者の方もおられるかもしれませんが、この企業はITベンチャーで、スピードを自社の強みとしていました。それでも、導入に時間をかけたのにはそれなりの理由があったのです。

 この経営者は、「うちはまだまだ若い会社。組織が急成長したため、管理職も含め全社員が若く、経験も少ない。そんな社員たちに対して、細かい部分まで制度の理解を求めても無理に決まっている。それにいままで制度らしい制度がなかったため、社員が人事制度を受け入れるのにも時間がかかる。焦らずに様子を見ながら導入する」という考えを持っていました。導入後の経緯を見る限り、この企業は順調に成長を続け、制度も着実に浸透しているようです。

 IT業界は比較的若い管理職が多く、人事評価やフィードバックに不慣れな管理職も多いかと思われます。一度に完ぺきな導入を目指さず、社員の成熟度や組織風土を考慮した導入スケジュールを描いた方が、結果的にスムーズに導入できる場合もあるのです。


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