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〜自分戦略研究所 転職者インタビュー〜
転職。決断のとき

第23回 運を味方に、2次請けから元請けへ転職

岩崎史絵
2005/3/18


転職が当たり前の時代になった。それでも、転職を決断するのは容易なことではない。スキルを上げるため、キャリアを磨くため、これまでと異なる職種にチャレンジしたり、給料アップを狙ったり――。多くのエンジニアが知りたいのは、転職で思ったとおり仕事ができた、給料が上がった、といったことではなく、転職に至る思考プロセスや決断の理由かもしれない。本連載では、主に@ITジョブエージェントを利用して転職したエンジニアに、転職の決断について尋ねた。


今回の転職者:端山太郎さん(仮名・27歳)
プロフィール■工業大学在学中に「顧客から要件を聞き、設計、開発する」というSEの仕事内容に関心を持つ。2000年3月に大学を卒業後、中堅システム開発会社に就職。この会社が大手メーカー系システム開発会社の2次請けであったため、顧客との折衝や要件定義は元請け会社のSEが担当、端山さんは主に実装工程の担当となる。3年半勤務するも、もともと抱いていた「要件定義から入り、顧客と共同でいいシステムを作りたい」という希望から、元請けとなるシステムインテグレータ(SIer)への転職を決意。約3カ月の転職活動を経て、2004年12月に大手の独立系SIerへの転職を果たす。

「顧客と共同でシステムを作り上げたい」とSEを希望

 「プログラミングそのものだけでなく、ほかの人から『こういうアプリケーションがほしい』という要望を聞いて、それを一緒に形にしていく、という過程に面白さを感じました。だから仕事も、単にプログラムを書くのではなく、要件定義から入って共同で形にしていく、ということがやりたかったのです」と語るのは、2004年末に大手の独立系SIerに転職したばかりの端山太郎さん(仮名・27歳)だ。

 端山さんは工業系の大学を卒業後、中堅のシステム開発会社に就職。その動機は、前述したように「顧客の要件を聞きながら、共同でいいシステムを作り上げていく」というSEの仕事に興味があったからだ。大学では電子回路やCプログラミングを学んだが、作業そのものよりも、ほかの人からのリクエストを形にするところに面白さを感じたという。

 こうした希望もあり、就職活動では当然システム開発会社を希望。要件定義から実装までを担当するSEになりたかったそうだ。

 大学卒業の2000年4月に入社したのは、中堅規模のシステム開発会社だった。2カ月の研修ではみっちりJavaを仕込まれた。2000年当時はeビジネスブームもあり、Webシステム案件が飛躍的に増えた年でもある。その根幹となる技術として、新入社員はJavaを叩き込まれたそうだ。これ以降、端山さんはJava開発プロジェクトを担当することになる。

 最初に担当したのは、オンライントレードシステムのスクラッチ開発だった。「最初はもちろん、プロジェクトのメンバーとして一部のプログラミングを請け負っただけです」(端山さん)

あらゆるプロジェクトを通じ、技術を自分のものに

 「Javaは会社に入ってから覚えた」と語る端山さんだが、その習得スピードはかなり速かったようだ。就職して1〜2年も経つと、Javaプロジェクトの実装リーダーとして、新人3〜4名を率いて仕事を進めるようになった。例えば入社して2年目には、飲食店検索サイトの構築プロジェクトに携わり、パートナーのシステム開発会社をマネージしながらスペックの仕様を決め、実装に落とし込むところまでを担当した。「大きなプロジェクトと並行して、小さめのプロジェクトにもたびたび出向していたので、自然と技術力がついたのかもしれません」(端山さん)

 基本的にJavaでの実装を担当していたというが、実際に携わった技術はそれだけではない。オープン系システム開発の要件として、LinuxやPostgreSQLといったオープンソース系のOSやデータベース、それに主要アプリケーションサーバのチューニングなども担当した。かねてより関心があった要件定義については、UMLを勉強し、UML技術者認定試験にも合格している。こうした新しい技術を要領よく自分のものにしていったことも、後の転職に大いに有効だったといえる。

 また、別のプロジェクトではカード会社の基幹系システムの構築を担当し、元請けのシステム開発会社へ常駐。ここでは要件定義から入り、設計・実装というフル工程を担当した。「もともと、お客さんとコミュニケーションを取りながら1つのシステムを作り上げていく仕事をやりたかったので、2次受けの仕事にずっと不満がありました。このとき元請けの仕事を経験したことがきっかけで、本格的に『転職したい』と思うようになりましたね」(端山さん)

転職活動に打ち込むため、退職を決意

 端山さんが所属していた会社は、全国に5カ所の拠点を持つほどの規模だったが、基本的に仕事は大手メーカー系システム開発会社からの2次請けが中心だったという。プロジェクトの立ち上げや顧客との折衝は、当然元請け会社のSEが担当する。「この会社にいる限り、仕事の内容は変わらない」と端山さんは思った。

 転職への思いが募り始めたのは2003年の夏ごろのこと。思い切って人材紹介会社に登録し、転職活動に足を踏み入れた。人材紹介会社を利用した理由は、「知り合いから、転職するには人材紹介会社を有効活用したほうがいいと勧められた」(端山さん)からだ。

 ところが「その人材紹介会社さんが、全然ITのことを分かっていなかったんです」(端山さん)とのことから、本格的な活動に行き着く前に断念。ちょうど新規プロジェクト立ち上げの時期に当たり、設計書を書かなくてはならないなど、忙しくなり始めたころだった。このプロジェクトは1年近く続き、終了したのは2004年の8月だった。

 「でも、そこで一息つく暇もなく、次のプロジェクトが見えていたんです。落ち着いて転職活動をやるには一度ここで区切りを付けなくてはいけないと思って、辞表を出すことにしました」(端山さん)

 人間関係などに不満はない。ただ「本当に自分のやりたい仕事に就きたいから辞める」。上司は「決心は固いんだな」と念を押したうえで、辞表を受け取った。こうして転職先も決めないまま8月に退職し、9月の1カ月間は有休消化期間。「何とかなるさ、と思っていました。技術力には自信があったし、何があっても食べていける、という思いがありました」(端山さん)

 下手をすると、ここでずるずると無職の道へ落ちていくところだが、端山さんは違った。退職前に大手の転職サイトへ登録し、有休中に担当者と会って転職条件を詰めた。条件は元請けであること、もし元請けでなかったら技術的に優れた会社であること。

 また、時間に余裕ができたので、自分のやりたいことをゆっくり見つめ直すこともできた。結果として出てきたのが、「アーキテクトが好き」ということだった。「インフラのリソース配分を考え、トラブルが起きないように全体を組み立てていく。そういうことから始めたいと気が付いたんです。自分がこれまでやってきたオープン系のシステム開発や技術知識も生かせますし。ただし技術のみを追求するのではなく、顧客とコミュニケーションを取りながら、ということにも重点を置きました」(端山さん)

目標を定めて転職活動開始

 行きたい会社の理想像と、やりたいことが定まったところで転職活動を開始。9月には@ITジョブエージェントにも登録した。その理由について、「IT系サイトの転職支援サービスなので、IT業界については詳しいだろうと思いました」と端山さんは語る。こうして複数の人材紹介会社を有効活用し、10社ほどの面接を受けた。多いときで週3回くらいのペースだったという。

 「最初の面接では、ついつい技術の話題に走ってしまい、続けて『顧客とコミュニケーションを取る仕事をしたい』というと、びっくりしたような顔をされました。多くのSIerでは、技術屋は技術、コンサルタントはコンサルティングと明確に区分けがあるので、『顧客とコミュニケーションを取りながら設計したい』といってもすぐには理解されないケースもあったのです。そこで技術的な話題はあまり出さないようにしつつ、やりたいことをアピールする方法に変えました」(端山さん)

 こうした戦略が功を奏したのも、端山さんが自分の技術力や指導力に自信を持っていたためだろう。自信がないと、どこかで心の揺らぎが出てくるものだが、端山さんは違った。10月末時点で、2社から内定が出たという。

 どちらに行こうかと思っていた矢先、@ITジョブエージェントのコンサルタントから「大手の独立系SIerの面接を受けてみないか」という話が舞い込んだ。規模、技術力、どれを取っても申し分のない会社だ。すでに内定は出ていたものの、「受けないと後悔する」と思い、10月末に1次面接とSPI(Synthetic Personality Inventory)を受けた。週明けにはすぐ2次面接の案内がやってきて、とんとん拍子に内定が出た。

 どの会社に行くべきか。1社は技術的に優れた新興企業。もう1社はコンサルティング子会社。そして最後に、超大手SIerだった。最後のSIerについては、実はオープン系の技術基盤を作っている部門で、顧客との要件定義を担当する部署とは少し位置づけが異なる。とはいえ、「とにかく請け負っている仕事が大きいですし、いろいろな部署があるので、いろいろな仕事ができる。それに、アーキテクチャに携われる。将来的には顧客へのコンサルティングを担当できるチャンスもある。こうした将来性を買って、最後のSIerに行くことに決めました」(端山さん)

運を味方にして転職に成功

 晴れて2004年12月に転職を果たした端山さん。大企業にふさわしく、少々ドライな社風だという。前職はどちらかというとフラットな組織だったため、最初はとまどうことも多かったようだ。

 また、大企業のため、社員数はもちろん、プロジェクトに携わるスタッフ数も多い。「将来的には、プロジェクトを開始から終了まで一貫して担当したい」と語る端山さんだが、この中で頭1つ抜きんでるには、さらなる努力が要求されるだろう。端山さんは「インフラからアプリケーションの設計まで、幅広く勉強しています」とやる気を見せている。

 最後に、下請けから元請けSIerへの転職に成功した理由について、端山さん本人に尋ねてみた。返ってきた答えは「運がよかっただけです」。「たまたま転職活動をしていた時期に、いまの転職先が人材を探していた。狙ったわけではないので、本当に運です」(端山さん)というが、運を味方にできたのは、技術力やこれまでの経験への自信があったからだろう。「何が起こっても食べていける」という、一見開き直ったかのような気構えも、信念があったからこそできたといえる。こうした“気楽さ”と“覚悟”が転職を成功させる鍵のようだ。

担当コンサルタントからのひと言
 転職に当たっての端山さんのご希望は、次の2点でした。

(1)上流工程で、ユーザーの顔が見える位置で仕事がしたい
(2)優秀な人材が豊富な企業に身を置き、成長したい

 そのため、大手のSIerに加え、特定分野に特色を持つ中堅SIerという方向でご提案をしました。

 私どももご本人の前向きな姿勢に感銘を受け、強力にサポートしました。やりたいことや動機などの方向性が明確であったため、企業からの評価も高く、合計3社から内定をもらうことができました。大手SIerは、当時のトレンドとして採用基準が高く、半ばあきらめていたのですが、念願かなって入社いただくことができました。

 端山さんの、常に前向きでチャレンジを惜しまない姿勢が幸運を呼んだのでしょう。今後もこの前向きさを大切にしていただきたいと思います。



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