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転職。決断のとき

第34回 マネジメントができる場を求めて

永井理恵子
2006/7/6


転職が当たり前の時代になった。それでも、転職を決断するのは容易なことではない。スキルを上げるため、キャリアを磨くため、これまでと異なる職種にチャレンジしたり、給料アップを狙ったり――。多くのエンジニアが知りたいのは、転職で思ったとおり仕事ができた、給料が上がった、といったことではなく、転職に至る思考プロセスや決断の理由かもしれない。本連載では、主に@ITジョブエージェントを利用して転職したエンジニアに、転職の決断について尋ねた。


今回の転職者:佐藤真奈美さん(仮名・29歳)
地方のIT系企業に新卒で就職し、システムエンジニア(SE)としての第一歩を踏み出した佐藤さん。小さなプロジェクトに多数携わり、プロジェクトマネジメントの才能が開花した彼女はその後、東京支店のてこ入れ部隊として転勤。だが東京支店で訪れた“空白の時間”がきっかけとなり、自分の希望を見つめ直した結果、より上流工程に携われる会社への転職を決意した。

就職活動の最中、SEを目指すことを決意

 大学では、理学部でミトコンドリアDNAの遺伝子について研究していた佐藤さん。実験が好きで、熱心に研究をしていた彼女は、もっと研究を続けたいと思った。そんな彼女が、大学院進学を志すのは、ごく自然なことだろう。ところが運悪く、大学院の入試に失敗。そのため1週間ほど、将来のことを真剣に考え、悩んだ。このときは1998年。就職氷河期といわれた時代で、求人が少なかった時期だ。それでも彼女は、両親に掛かる負担などを考え、就職という道を選んだ。

 同じ研究室の先輩たちや同級生のほとんどが、製薬会社や食品メーカーへ就職していた。とはいえ、彼女が就職活動をスタートさせたのは夏だった。研究室の推薦枠は、当然ほかの学生に決まっていた。結局、佐藤さんは、大学の就職課に求人票のある企業を受験するしか道がなかった。実験が好きな佐藤さんは、いままでの専攻とのつながりを考え、まず求人票にあった食品系と化学系の企業2社を受験。だが内定はもらうことはできなかった。

 そんな彼女がIT系企業を志したのは、大学での勉強でコンピュータを使い慣れていたことと、システムエンジニアという職業に対するあこがれがあったことがきっかけだ。

 「研究を続けられる企業に就職したいという気持ちもありましたが、心のどこかに、コンピュータを使った仕事をしてみたいという気持ちがありました」という佐藤さんは、先の2社以外に、IT系企業も視野に入れていた。就職氷河期とはいえ、SEは求人の多い職種だった。そしてついに、地方都市に本社を置くIT系企業から内定をもらい、就職を決めた。

C言語とJavaを学ぶ

 入社後、配属が決まってから行われた3カ月の研修では、C言語を学んだ。大学でプログラミングについての講義を受けてはいたが、実用としてプログラミングに触れたのは就職してからだという。そしてC言語を使った研修の後、実際に大きなプロジェクトにかかわるまで少し時間があったので、その間に、自習に近い形で、Javaの勉強を始めた。

 佐藤さんがJavaを勉強するきっかけとなったのは、上司から勉強しておいた方がいいとアドバイスされたため。当時、Javaを使った案件はそれほど多くなかったが、「これから使う機会が増えるだろう」という上司の言葉にインスパイアされ、自分で本を買い、Javaの勉強をしている同期や先輩と分からないところを教え合いながら、勉強をし始めた。

 「JavaはC言語と非常に似ている部分があるので、文法をマスターするのにそれほど時間がかかりませんでした。ただ、Javaの概念であるオブジェクト指向に基づいた設計ができるようになるまでは、積み重ねが必要でした。いまもまだまだ勉強中です」という佐藤さんが実際にJavaを使ったプロジェクトに携わるのは、入社から2年目の秋ごろ。上司にJavaを使った仕事がしたいと訴え続けた末にかかわれた仕事だった。

Java関連の開発を経験

 それはコンテンツ配信系のサーバ構築という、比較的規模の大きなプロジェクトだった。このときのリーダーが、佐藤さんにJavaを勉強するよう勧めてくれた上司。その上司が佐藤さんをプログラマとして抜擢し、プロジェクトに参加することができたそうだ。

 リーダー1人、設計2人、プログラマ2人の計5人でスタートしたプロジェクトが完成するまでに、約8カ月かかった。時間がないうえ、量が膨大だったため、土日出勤は当たり前、年末年始の休暇もろくに取れないという、多忙を極める日々を送った。

 「このプロジェクトは、ある先輩が設計し、骨組みが決まった状態で仕事が流れてきました。仕事を進める中で、設計に疑問を感じることが多々あり、設計者である5年先輩に話をしたんです。こうした方が効率がいいのでは? という具体的な提案をしたのですが、あまり受けはよくなかったです。『そうしたければそうすれば』といわれたので、そうしました」(佐藤さん)

 なるべく効率良く仕事を進めたい。何かを変えることで良くなるのなら変えた方がいい。自分よりもキャリアの長い先輩へ意見することは、あまり後味の良い出来事ではなかった。

 「そのプロジェクトは、収支的には厳しかったのかもしれません。当時、そういうことを把握する立場にいなかったので、詳しくは分かりませんが。でも、微々たるものですが、勇気を出して提案して良かったと思っています」(佐藤さん)

プロジェクトを黒字化し、成功させるには

 この経験から、プロジェクトの収支を意識するようになった。設計から携われるプロジェクトでは、決められた開発期間の中で、極力残業をしないで完成させる。作業効率を上げるため、よりシンプルな設計にすれば、残業時間が短くなるほか、バグが混入しにくいなどのメリットもある。何より、プロジェクトの予算と実績を管理し、効率的に進める力は、プロジェクトマネージャの資質として最も大切なものだ。

 「予定していた期間よりも早く終わって、黒字になるケースもあります。クライアントに対しても余裕を持って話ができますしね。それに、私自身が、効率良く仕事をして、なるべく早く終わらせたいタイプなんです。早く終われば、大手を振って帰れますし」と佐藤さんは笑いながら話す。

「次の仕事が来ない」状態に陥る

 2004年秋、もともとあった東京支店を再建し、営業だけでなく、技術的な拠点にもするため、4名の技術者が東京に転勤となった。入社3年目からプロジェクトマネージャを任されるようになっていた佐藤さんも、そのメンバーの1人に選ばれた。彼女を推薦してくれたのは、Javaを勉強するよう勧めてくれた上司だった。

 「東京支店の立ち上げメンバーというからには、何か目標を持って仕事をしたいじゃないですか。でも、私にはその目標が見えなかったんです」と、佐藤さんは東京支店勤務時代を振り返る。

 入社以来、年間3〜6つの短期プロジェクトにかかわることが多かった。そのおかげで、たくさんのスキルを身に付けることができた。しかしプロジェクトとプロジェクトの間には、仕事のない状態がある。これといって何もすることのない空白の時間……。それは東京支店でも変わらなかった。

 「私は早く仕事を終わらせたいタイプ。上司も営業も、早く終わらせれば早く次の仕事に入れるからというので、早く終わらせたのですが、まだ次の仕事が決まってないということが多かったんです」(佐藤さん)

 次の仕事に向けて頑張っても次がないから、モチベーションが下がる。仕事がなかった原因の1つに、営業が取って来た仕事で、面白みのない仕事だと上司が受けたがらないというのがあった。

 「どうせ仕事がないのなら、どうでもいい仕事でもやるべきだと思ったんです。それにより収入はあるわけだし、その仕事をきっちりやることで、次につながると思うんです。やりたくない仕事でも、上司をつついて、その仕事をもらうようにしていましたね」(佐藤さん)

 果たして私はこのままでいいのか……。ぬるま湯のような環境で仕事をする中、佐藤さんは考えた。このままここで、5年、10年と過ごしたら、私はどうなるんだろう。いまの会社にいても、成長できないかもしれない。考えたら恐くなった。かといって、転職のきっかけがない。

 そんな彼女を後押ししたのが、@IT自分戦略研究所に掲載されていた記事だった。それは、ある転職者の経験談だった。その人は転職した先で、いままで以上に輝いているらしいのが、魅力的に感じられた。自分もそんなふうに、壁を1つ乗り越えて輝けたらいいなと思った。そして、転職を決意した。

上流行程に食い込める会社を目指す

 @ITジョブエージェントに登録後、最初に人材紹介会社のコンサルタントに会ったとき、佐藤さんは29歳になっていた。が、まだ転職しようという確固たる決意があったわけではなかった。

 「良い話があったら考えてみようかな、という気持ちでした。それから、年齢的に、転職するなら20代のうちの方いいような気がしたんです」(佐藤さん)

 やりたいことは見えていた。小さなプロジェクトの経験しかなかったので、これまでより大きな、やりがいのある仕事に挑戦したかった。さらにいえば、大きなプロジェクトのリーダーを目指したかった。「アイツに任せておけば赤字にはならないから大丈夫だよ」、同僚からそういわれるようなリーダーになりたかった。そのためには、3次請けや4次請けの仕事をしていた前職とは異なり、上流工程に食い込んでいける規模の大きな会社に転職する必要があった。

 人材紹介会社の紹介で3社を受験し、2社目の会社から内定をもらった。それが現在勤める会社だ。社員数は、本社と東京支社合わせて約900人という会社で、現在、開発部隊の一員として、日々の業務に携わっている。

 「いまは、主にJavaを使っての開発業務をしています。忙しくて、前の会社のように、いろいろ考える時間はありません。でも、いろいろと経験することで、ああすればよかったんじゃないか、こうすればよかったんじゃないかというのが出てきているんです。それが私の糧になっていると思います」(佐藤さん)

 転職からわずか3カ月しかたっていないいまはまだ、業務をこなすだけで精いっぱいの毎日だ。その中で、設計者と、仕事をよりスムーズにするための話をする機会があった。前の会社での経験がきちんと生かされていると感じた。

 「いままでの経験が役立っていると実感することはもちろん、新しい経験ができるのも楽しみ。いままで経験したことのないような、大きなプロジェクトが動き出しています。先のことを考えるとあまり時間はかけられないけれど、少しずつでもよいので、ステップアップしていきたいです」と語る、佐藤さんの満足そうな笑顔が印象的だった。

担当コンサルタントからのひと言

 佐藤さんは、当時お勤めの会社にて、受注した小規模・下流工程の案件の開発を引っ張るエンジニアでした。これまでさまざまなトラブル案件を乗り切ってきた中で、身に付けてきた芯(しん)の強さが印象に残っています。

 当時のお仕事の状況をお伺いしたところ、会社としてのプロジェクト管理がなっていない中で、孤軍奮闘する立場にいらっしゃったようです。

 佐藤さんはJavaでの開発経験があり、リーダーの素養もお持ちの方でしたので、私としては、佐藤さんがその職場にとどまってしまうと、特にリーダー、マネージャ経験という点で、今後成長できるチャンスを失いかねないと思い、転職をお勧めしました。

 そのような経緯から、佐藤さんには、上流工程・中規模以上の開発案件にかかわることができ、しっかりとしたマネジメント能力を身に付けられるシステム開発会社へのご応募を提案させていただきました。

 その結果、佐藤さんは、技術力とプロジェクトマネジメントに定評のある中堅システム開発会社に見事ご内定し、入社されました。

佐藤さんが入社して3カ月後、彼女と再会する機会がありました。新しい会社のプロジェクトマネジメントはどうですかと尋ねると、佐藤さんは「現場で仕事をしている中でプロマネの仕事とはどういうものかが身に付いていくような会社です」とおっしゃっていました。背中を見て学ぶべきプロジェクトマネージャが社内にいるということなのでしょう。

 この会社で成長を続ける佐藤さん自身もまた、遠くない将来、周囲から慕われるプロジェクトマネージャとして活躍される日が来ることはまちがいないでしょう。期待しております。


記事のためインタビューに出てくれる転職経験者募集中
本連載では、さまざまな理由で転職したITエンジニアを募集しております。なぜ転職したのかを中心にお話を聞かせてください。記事のインタビューに当たっては、実名、匿名どちらでも構いません。インタビューを受けてもいいという方がいらっしゃいましたら、次のアドレスまでお知らせください。なお、インタビューを受けていただいた方には、多少ではありますが謝礼を差し上げております。
連絡先: jibun@atmarkit.co.jp

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