第43回 フリーランスから会社員で再出発
加山恵美
2007/8/8
■大手の親会社に不満と不安が募っていく
だがプロバイダ運用業務では心のどこかで「これではシステムエンジニアじゃない」と感じていた。そう思うようになった矢先、東京勤務が命じられた。親会社が受注した金融系の開発プロジェクトに参加することになった。インフラ構築が中心で、佐々木氏は設計書作成などを行った。
当時会社の評価は売上ベースであったが、それは表向きであり実際は等級制が幅をきかせていた。佐々木氏はこなした仕事の売り上げや利益を分析し、それを上司に見せ「これだけ売り上げに貢献している。それなのになぜボーナスに反映されないのか」と問い合わせた。しかし上司は「なぜだか分からない」と答えるのみ。腑(ふ)に落ちなかった。だが「少なくとも3年は我慢しよう」と自分にいい聞かせた。
待遇は釈然としなかったが、仕事については「このときが一番楽しかった」と佐々木氏は話す。当時はスキルをめきめき吸収していたころで、新人の面倒見役でもあった。売上リストや新人の教育計画を作成するなど、仲間がいて裁量の範囲も広かったからかもしれない。
しかし内心抱えていた不満は徐々に危機感へと発展していく。大手企業だと良くも悪くも目立つせいか、インターネットには佐々木氏の親会社を批判するWebサイトがあった。さらに親会社が巨額の赤字を発表するなど、こうした不安なニュースを多く見るようになり、佐々木氏は親会社や関連企業の行く末に不安を覚えた。「この会社にいたらこの先、駄目なんじゃないか?」
■フリーランスエンジニアとして独立する
また「いっそ会社員として表に出て働くのではなく、自宅で株取引をして暮らせないだろうか」なんて考えたこともある。しかし数字には強い佐々木氏である。試しに少額の株投資を行うことで株を研究し、ほどなく「やはり株で暮らすには膨大な資金がないと無理だ」と痛感した。
佐々木氏はこうした株投資など一見「リスクある道」へと踏み込むことはするが、実は慎重である。やみくもに飛びつくことはしない。実情を把握するためにリスクを承知で身を投じ、そこで一通り試せることを試して多くを吸収する。しかしリスクは最低限に抑えるようにうまく手を引く。これは株投資だけではなく、フリーランスを選んだことにも共通していえそうだ。
就職してから3年が過ぎたころ、いよいよ退職してフリーランスとなった。
「お金払って、辞めましたよ」と佐々木氏はいう。一瞬耳を疑うような言葉だ。一般的には辞めれば退職金を手にすることができる。しかし事務手続きのミスか、退職後に社会保険料の不足分が請求され、それを振り込んだ。そのことを指しているらしい。
フリーランス時代には元同僚から仕事を紹介してもらえた。こうした知り合いがいたからこそ、踏み込めた道なのかもしれない。
■オーストラリアにワーキングホリデーへ
とはいえ、フリーランスの仕事は不安定でもある。最初紹介してもらった仕事は着手する前に中止になってしまった。また企業によっては「個人には仕事を依頼しない」という方針を持つところもある。そういうケースだと便宜的にどこかの会社から委託という形を取ることもある。
実際には大手企業の子会社に常駐して金融システムの保守を引き受けた。金銭面ではフリーランスをしているときの方が、手にする金額は多かった。「およそ額面的には倍は手にすることができました」と佐々木氏。
1年ほどフリーランスで働いたところで、世界を見て回ることを決断した。オーストラリアへ1年間、ワーキングホリデーに出掛けることにしたのだ。
ワーキングホリデー制度とは、2国間の取り決めに基づき互いの国の青少年に対して、一定期間の休暇滞在と滞在費を補うための就労を認める制度だ。現在は8カ国がその制度に加盟している。日本ワーキング・ホリデー協会の「ワーキング・ホリデーのビザ発給数」(リンク先はPDFファイル)によると、近年では年間約2万人の日本人がいずれかの国にワーキングホリデーへと旅立っている。
ワーキングホリデーを決断した背景には、そのときの年齢が大きかったかもしれない。そのとき、佐々木氏は29歳だった。ワーキングホリデーの申請は30歳までだ。滑り込みセーフでオーストラリアへのワーキングホリデーのビザを入手することができた。
佐々木氏にとってこれが初めての海外渡航だった。そのため最初の3カ月は現地の語学学校に通い、後はいろいろなアルバイトを転々とした。最もつらかったのはラーメン屋のアルバイトだったという。「システム開発と違い、1杯のラーメンを作る短い時間の間にちょっとしたミスも許されない」ことを思い知らされた。それに労働条件はそれほどよいとはいえなかった。運が悪かったのだろうが、「もうラーメン屋でアルバイトはしない」とこりごり。
■東京へ向かう新幹線で仕事の依頼
そのほかは現地の日本系企業でシステム関係のアルバイトをした。経歴や得意分野を考えればそれが最良だったかもしれない。加えて長期海外滞在中でもIT業務を続けたことは腕を鈍らせることがなくてよかったかもしれない。
帰国すると、まずは地元の京都に戻った。親しい友人などに帰国を伝え、仕事を探しに東京へ向かおうとしたところ、まさにその道中の新幹線で携帯電話が鳴った。まだ携帯電話を契約し直したばかりである。新幹線のデッキで受けた電話は仕事の依頼だった。
その仕事は旅客鉄道会社で使う端末の開発だった。プロジェクトが火を噴いたことで、急きょ対応できる人材を募集していたという。このとき、佐々木氏はまだフリーランスのエンジニアである。人材を探していた側にはまさに「渡りに船」が帰国したというところだろう。
■フリーランスから再び会社員へ
急きょ依頼された仕事は最初のうちは悪くなかった。開発フェイズの間は忙しかったが給料は良かった。そのうちに保守がメインとなってくると実働時間数は減り、その分報酬も減ってきた。システムを委託する会社は内情を理解している佐々木氏をなかなか手放そうとしない。それなのに佐々木氏がシステムに意見をいおうとすると「口を出すな」といってくる。制約が多く、自分の領域を越えると意見をいえない。フリーランスの限界を感じた。
収入は減るし、粗末に扱われては面白くない。「そろそろ解放してほしい」と思いながら佐々木氏は脱出を目指して次の仕事を探し始めた。フリーランスという形を継続するかどうかも含め、あらためて考えた。
現在は人脈があるため仕事の依頼が来ている。だが安定性はないし、仕事が切れないという保証はない。それに今後収入が上がるとも限らない。「むしろフリーランスだと右肩下がりではないだろうか」と思った。
そこでJOB@ITの@ITジョブエージェントに登録してみることにした。即座に7〜8社の人材紹介会社からメールが届き、うち1社を選び仕事と並行に就職活動を始めることにした。担当のキャリアコンサルタントも海外滞在の経験があり、業界の話も合った。
「今後は自分の経験が生かせる職場でプロジェクトマネージャを目指して働きたい」という意向から応募する企業を6つ選び、そこから書類選考や面接を経て最終的な再就職先が決まった。転職して1カ月ほど経過するが、これまでのフリーランスの状況から会社員に戻り、まずその環境に慣れることに苦労しているという。
これまでは会社の人というと「お客さん」という立場にあったのが、現在は「同僚」になる。接し方など含めて、相手との距離の取り方、間隔がフリーランスと正社員では大きく異なる。
しかし、そうした苦労をしつつも「ようやく会話が多少かみ合ってきたなと思います」と佐々木氏はいう。しばらくは様子をうかがいつつ、周囲との信頼関係を構築することが必要だが、今後もさまざまな経験を積み、活躍していくことだろう。
担当コンサルタントからのひと言 |
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佐々木さまと初めてお会いした際に、株取引やワーキングホリデーのことなど、ざっくばらんにお話を伺い、フランクで非常に奔放(ほんぽう)な方という印象を受けました。それと同時に、その奔放さがフリーランスから会社員へと環境を移したときに、果たして会社という制約の中で枠に収まりきれるかな? という印象も持ちました。 しかし、じっくりといろんなお話をしていくうちに、堅実で、地に足の着いた現実的なお考えも持っており、会社員に戻られてもしっかりとやっていかれる方だなということが見えてきました。 そこで面接の場になれば、企業の方々にも書面だけでは分からない佐々木さまの良さが理解していただけるのではと思い、大手のシステムインテグレータを数社、ご紹介いたしました。 ITエンジニアとして力量は十分ですので、転職活動が成功するかどうかのポイントは、技術的なことよりも、佐々木さま自身の感性が企業にどう受け止められるかという点だと考えていました。 企業によってその見方は分かれたようですが、無事に大手のシステムインテグレータ2社から内定が出て、そのうちの1社を選ばれました。佐々木さまの実力をしっかりと見極めて頂いただいた結果かと思います。フリーランスから会社員に戻ることについて、ご自身の中でいろいろとご検討されたと思います。佐々木さまにとって、大きな決断だったかもしれません。 今後は企業の一員として、これまでの仕事のスタンスとは大きく変わる部分もあり、最初はご苦労されることもあるかと思います。しかし、持ち前の明るさ・何とかなるさ的な前向きさで頑張っていただければと思います。
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今回のインデックス |
転職。決断のとき(43) (1ページ) |
転職。決断のとき(43) (2ページ) |
記事のためインタビューに出てくれる転職経験者募集中 |
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