第17回 コミュニケーション・テクノロジストの時代が来る
三浦優子
2008/4/18
企業各社にとって、人材戦略は非常に重要な課題だ。人材の育成に当たって、トップは何を思うのか。企業を担う若いITエンジニアに何を求めているのか。 |
電通国際情報サービスの取締役で、CTOとして同社を率いる笠健児氏は、「新しい技術を生み出すことも重要だが、お客さまのニーズを聞き、既存技術を適切な形に仕立て、提供するのがわれわれの本来の役割」と話す。笠氏が考えるITエンジニアに必要な資質を聞いた。
■技術のすごさだけにとらわれてはダメ
電通国際情報サービス 取締役 笠健児氏 |
「技術者は、新しい技術を見ると、そのすごさにとらわれます。しかし、ユーザーが求めているのは技術そのものではありません。例えば製造業のユーザーが3D CADを使うのは、あくまで『ものづくりをする』という手段のため。3D CADで描く画像がいくら素晴らしくとも、画像を作ることがお客さまの目的ではありません。IT技術者はその点をもっと認識しなければなりません」と、笠氏は、ITエンジニアが陥りがちな点を指摘する。
ITエンジニアは、とかく新しい技術こそ素晴らしいと考えがちだ。ところが笠氏は、「歴史を振り返ると、デファクトスタンダードとなった技術は、必ずしもそのときの最高・最新のものとは限らない。現在も進化するITをお客さまに提供するエンジニアは、その点を肝に銘じて、最適な技術を選択するべきでしょう」と反論する。
技術革新が続くITの世界で、「どの技術を採用すべきか?」は悩ましい問題である。どの技術を選ぶかによって、顧客のビジネスは大きな影響を受ける。
■電力供給の例え話
電通国際情報サービスは、もともと1975年に誕生した電通と米ゼネラル・エレクトリック(GE)の合弁企業である。GEは発明王・エジソンが興した会社として知られている。
設立時のGEの社名は、エジソン・ゼネラル・エレクトリック・カンパニーだった。技術争いの結果、社名からエジソンの名前が外されたのだ。
「電力供給事業がスタートしたとき、エジソンが主張したのは直流方式での送電でした。確かに起電力でいえば、直流方式は交流方式を上回ります。ところが、最終的に電力供給は交流方式が採用されました。理由は明確です。直流方式で電力を供給するためには、送電距離が長く取れないため、発電所を都市中心部に設置しなければならなかったのです。交流方式は起電力で劣りますが、市街地から遠いナイアガラの滝の近隣に水力発電所を建設し、そこから送電できました。技術よりも、生活するうえでの利便性が優先された結果、最終的にエジソンの主張は敗北することとなったのです」
これは、今日のIT業界にも置き換えて考えることができる、技術と顧客にとっての利便性を象徴したエピソードである。
■いまあるものを組み合わせると世界は広がる
さらに笠氏は「新しい技術を作り出すことよりも、既存の技術を組み合わせることで新しいものが生まれるということを、もっと意識してほしい」と、ITエンジニアに提言する。
「これだけ素晴らしい技術がたくさん存在しているのです。『それを上回る新しいものを生み出す』と考えるのではなく、『いまある技術をいくつか組み合わせることで、新たな世界が広がる』と考えた方が現実的。いまあるソフトウェアやハードウェアも、いろいろなものを組み合わせて作られたものがたくさんあります。好奇心を持って、『この技術とこの技術を組み合わせたらどうだろう?』と考えることができる人材が増えてほしいと思います」
発想を変える例えとして、笠氏は「エンジンの技術」を挙げる。
「本来、エンジンは発電機、自動車、飛行機など汎用的に利用されるものです。自動車用エンジンをどう改善しようかという発想だけでは、いい自動車は作れません。顧客が望んでいる『乗り物』という視点で発想すると、乗り心地、燃費、ナビゲーションシステムなど、組み合わせなければならない技術が見えてきます」
同様に、ソフトウェアでは、PCが普及し、データのI/O(インプット/アウトプット)が個人単位で容易になったころ、新たな発展を遂げた象徴的な存在がERP(Enterprise Resource Planning)である。
「PCの技術だけを追求してもERPの発想は生まれませんでした。このように、お客さまは新しい技術よりも、自分たちに役立つ技術を求めています。既存の技術を組み合わせ新しい価値を生み出すという点を、技術者にももっと認識してほしいと思います。われわれはシステムインテグレータです。お客さまのパートナーとしてお客さまの成功を喜ぶ、そのための技術開発をしなければならないのです」
■日本語の「お客さま」は、英語では?
笠氏が自社のITエンジニアに求めるもう1つの要素が、「コミュニケーション能力」だ。
「システムインテグレーションは労働集約産業です。だからこそ、大勢で一緒に仕事をする際、きちんとコミュニケーションを取らなければさまざまな問題が生じます。例えば、『速い』といっても速さに対する感覚はそれぞれ異なる。感覚ではなく、きちんと数値データに置き換え、把握しておかなければ、問題が起こります。相手が何を考えているのか、1対1の場合なのか、それとも1対Nの場合なのか、きちんと確認する習慣を持つことは必須だといえます」
コミュニケーションに留意しなければならない状況は、システム開発がグローバル化していくことで、さらに進んでいく可能性があると笠氏は指摘する。
「日本語では『お客さま』とひと言で済ませてしまいますが、英語では顧客をカスタマー、わが家に招くお客さまはゲストと使い分けます。米国では顧客はあくまでもお金を払って成立する契約関係です。ところが、日本ではお金を払った契約関係であっても、ゲストに近いニュアンスでお客さまのことを考える習慣があります」
実際にシステム開発に影響を与えた例として、「5以上」という表現での認識が異なったため、どうしてもシステムがうまく開発できなかったケースがあったという。
「日本では『5以上』といえば当たり前に5を含みます。ところが、ある外国の技術者は『5以上』といったら5は含まないと解釈したのです。そのため、何度やり直してもシステムエラーが起きてしまいました。当たり前と思っていることも、確認しなければ問題が起こる好例といえるでしょう」
コミュニケーション力を持つことで、本当の意味で顧客が望むシステム開発ができるというのが笠氏の見解だ。
「システムインテグレータにとってITとは、エンジンのようなものだと思います。コミュニケーションによってお客さまが望むもの(乗り物)をよく理解し、自動車として仕上げて提供するのがわれわれの役割です。目指すのは、コミュニケーション・テクノロジ。コミュニケーションによって技術を最適なものにして提供することです」
一般のITエンジニアにも、コミュニケーション・テクノロジという言葉は、十分参考になるはずだ。「コミュニケーションによって、最適なものを提供できるテクノロジストを、目指せ!」
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