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コラム:自分戦略を考えるヒント(37)
なぜ、専門性だけでは十分でないのか

堀内浩二
2007/1/30

 こんにちは、堀内浩二です。先日、ITmedia オルタナティブ・ブログに書いた「真のエキスパートに至る9+1のステージ」というエントリにいくつかの反響をいただきました。「専門性とキャリアについて、もう少し深く書いてほしい」というありがたいリクエストをいただきましたので、当コラムにて書いてみたいと思います。

 ちなみに、そのエントリで紹介したのは、以下のリストです。「The nine stages to becoming an expert」というエントリを訳したものです。

1. 興味を持てる分野を発見する
2. 最初は自分で学ぶ
3. きちんとした教育を受ける
4. 現場で恥をかく
5. 真剣に挑戦する
6. 成功体験を得る
7. 専門家としての自信を付ける
8. 井の中の蛙であったことに気付き、打ちのめされる
9. すべてを知ることはできないことを理解する

 わたしの理解では、「エキスパート」は素人に対する玄人、アマチュアに対するプロフェッショナルという意味合いを持っています。「専門家」はそれよりやや狭く、ジェネラリストに対するスペシャリストという意味合いで使っています。

専門家という誘惑とリスク

 ある領域の専門家であるかないかは、周囲の人にどれだけ尋ねられるかで決まると、わたしは考えています。絶対的な知識や経験よりも、そのとき属している集団の中における相対的な位置で決まるということです。例えば小さな会社によくいらっしゃる、にわかシステム管理者。コンピュータ好きが社長に知られてシステム管理の仕事をいいつかっただけで、システム管理の経験は浅いとしても、社内では専門家です。

 「社内専門家」になることで仕事への自負心も高まりますし、より多くの事例に触れることができます。うまく運べば研修や社外の交流会など知見を広げる機会も得られます。興味のある分野があれば、まず社内専門家を目指すのはよい選択だと思います。

 しかし、「専門家」という役割には、落とし穴もあります。自分が専門家を気取って失敗した思い出から、また過去のプロジェクトで垣間見た社内専門家の振る舞いから、成果を阻害する専門家マインドを挙げてみます。

・情報の囲い込みや出し惜しみをする(自分のささやかな地位を保つために)
・専門と自認している領域で自分に相談なく事が進められると、不安・不快・不満に感じ、攻撃する(第一人者のプライドが傷つくので)
・言葉の使い方や知識の適用に関して過剰に厳密になり、自分のアドバイスを求める(自分のささやかな地位を保つために)
・アドバイスを求めることを要求する一方で、言質を取られるのを嫌う(専門家としての評判を気にしすぎるために)
・自分で決めた専門領域では第一人者であろうと努力するが、そのほかの領域ではむしろ無知をひけらかす(専門家とはそう振る舞ってよいものと思っているがゆえに)
・自分で決めた専門以外の領域では、事情はどうあれ「専門家の回答」を要求する(「専門家たるもの……」という自負の裏返し)

 上記は当人の心の持ちようの問題であることに留意してください。例えば、職制上自分がかかわるべき問題なのにスルーされたのであれば、自分に知らせるよう対処すべきでしょう。

 とりわけ最後から2番目の「無知をひけらかす」という点については、先日読んだ本で「知的傲慢」と強く戒めていて、印象に残りました。

 多くの人たち、特に一芸に秀でた人たちは、ほかの分野をばかにしがちである。他の知識などなくとも十分だと思う。一流のエンジニアは、人間について何も知らないことをむしろ鼻にかける。彼らにすれば、人間というものは、エンジニアリング的な視点からは理解しにくく、あまりに不合理な存在である。(『P.F. ドラッカー経営論』ダイヤモンド社、600ページより)

 一般的には、知らないことを知らないというのは勇気を要します。知的に誠実な態度です。しかしそれを狭い了見と結び付けてしまうと、自分の成長のためにならない(上記で引用した個所は、自己成長について語っています)ばかりか、組織の成果にもつながりません。

専門家とエンジニア(問題解決者)は、同じではない

 上であえて「狭い了見」と書いたのは、読者をITエンジニアと想定してのことです。ITエンジニアは多くの場合、専門的見地からYes/Noの答弁をするだけの存在ではありません。顧客(プロジェクト)の目的を達成する、問題解決者としての役割を担っています。冒頭で引用したリストでも、「現場で恥をかく」「井の中の蛙であったことに気付き、打ちのめされる」など、視野の狭さに気付くステージがあり、そのあたりが先輩方の共感をいただいたポイントかもしれません。

 専門性と聞いていつも思い出すのが、「自分の専門性から降りることをする人をプロとする」という言葉です。以下は、玄田有史氏×田口ランディ氏の対談より。「火がつかなければ誰だって無能の人」より引用。なお、もともとの対談記事がインターネット上で見つからなかったため、この対談のことを取り上げた「起-動線」へのリンクとしました。

田口 「自分の専門性から降りることをする人をプロとする」と「べてるの家」の精神科医である川村先生が言っていた。専門性をもっている人は専門性から降りられなくなって、破たんするんですよ。目の前に患者がいて、精神科医だったらこの患者を治さなくてはいけないと思ってしまう。その専門性から状況に合わせて一旦降りることができるのはプロだとおっしゃっていて、すごいと思った。

 そのとおりじゃないですか。専門性から降りられなくて、専門知識だけで何かやらなくてはという脅迫観念におびえるかのように何かをやってしまい、労働の質を非常にせばめてしまう。

ITエンジニアに求められる職能――今後の動向

 専門性がなくてもいいということではありません。先に引用したドラッカー氏も、(少なくとも社内で)追随を許さぬ専門性を持つことを勧めています。

 ただ、ITエンジニアに求められる専門性の質は、変わっていくことが予想されます。専門的なサービスを提供する専門家企業では高度な専門家が求められる一方で、そういったサービスを調達するインテグレータやユーザ企業では、専門サービスを組み合わせて事業に貢献する役割が求められる。

 アメリカの調査会社ガートナーは、2005年11月に発表したレポートの中で、上記のような流れをまとめたうえで、これからのITプロフェッショナルに求められる役割を表現する言葉として「バーサタイリスト」(Versatilist)という言葉をつくりました。専門職に対して「多能職」とでも訳せると思います。

 ITという専門に軸足を起きつつ、職種あるいは業界にも詳しくなってほしい。ちょっと過大な期待をされているようにも感じます。ただ、ITがすべての産業の基盤として浸透していく過渡期における、社会からわれわれへの期待ではないでしょうか。

筆者紹介
堀内浩ニ●アーキット代表取締役、グロービス経営大学院 客員助教授。アクセンチュア(当時アンダーセンコンサルティング)にて、多様な業界の基幹業務改革プロジェクトに参画。シリコンバレーに移り、グローバル企業のサプライチェーン改革プロジェクトにEビジネス担当アーキテクトとして参画。帰国後、ベンチャー企業の技術および事業開発責任者を経て独立。現在は企業向けにビジネスリテラシー研修を提供するほか、社会人個人の意志決定支援にも注力している。

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