第4回 現場で学び、将来への不安を減らす
野村隆(eLeader主催)
2005/6/16
将来に不安を感じないITエンジニアはいない。新しいハードウェアやソフトウェア、開発方法論、さらには管理職になるときなど――。さまざまな場面でエンジニアは悩む。それらに対して誰にも当てはまる絶対的な解はないかもしれない。本連載では、あるプロジェクトマネージャ個人の視点=“私点”からそれらの悩みの背後にあるものに迫り、ITエンジニアを続けるうえでのヒントや参考になればと願っている。 |
■減点主義へのソリューション
前回(第3回 失敗を恐れず行動しよう)、学校教育における「減点主義」は、弊害として行動力欠如をもたらすことがあると説明しました。
では、実社会への準備という意味で、どういうものがより良い教育なのでしょうか。今回は、このより良い教育について、ひいては職場における教育とは何なのだろうかということについて、解説したいと思っています。
何事にも前向きに、常に具体的なソリューション(解決策)を持っていたいと、私は個人的に思っています。前回の記事で学校教育の減点主義を一定批判したからには、減点主義への何らかのソリューションを提示したいのです。
■真の教育とは
陽明学の大家であり、昭和の時代において、首相をはじめとする多くの政治家や実業家の理論的かつ精神的支柱であり続けた安岡正篤氏は、著書『照心語録』(致知出版社刊)にて、「真の教育」を以下のように定義しています。
真の教育は一知一技を教えることにあるのではない。根本において、その人間をどこにもっていっても何かしら役に立つ、或いは何をやらせてもそれに習熟し得る心構えの人間を造ることにある |
私の理解では、ここでいっている真の教育を身に付けるということは、いわゆる「つぶしが利く」ようにするということです。現在の学校教育は手先にこだわり、氏の表現を借りれば、一知一技を教えているのではないでしょうか。知識や知恵の詰め込み学習に終始し、つぶしが利くようになるための考え方、氏のいう「心構え」を教えていないわけです。
高校以下の学校が心構えを教えない理由は結構簡単でして、大学入試にこの心構えが出題されないからです。かといって、大学入試で心構えを出題できるかというと、基本的に不可能でしょう。簡単に採点ができないから、入試科目にはそぐわないですよね。
このコラムは学校教育のコラムではないので、大学入試の議論はここで終わりにしますが、真の教育とは、学校では教えてくれないつぶしが利くようになるための心構えを教えることと理解してください。
■技術者(職人)の教育とは
同著で、職人の育成について、氏は以下のようにいっています。
但し、職人というものがその後継者を育成するときは、形というものにはめなければならない。そして、その形を継承させつつ、その中から独自の個性というものを発揮させるようにする |
ここでいう職人は、技術者と読み替えることが可能です。IT領域においても、スキルのある後継者を育成するためには、「形というものにはめる」ようにスキルベースで教育する必要があり、つぶしが利くようにするよりは、特定の技術を教え込むという格好になるわけです。
例えば、COBOLを使っている職場で後継者を育成しようとしたら、COBOLを教えるしかないですよね。いかに本人が「IT市場で求められているJavaを身に付けたい」と希望したところで、COBOLを熟知してもらわないことには後継者にはなり得ないわけですから。
この後継者はCOBOLの領域で専門家になりますが、COBOL自体が世間一般で使われなくなった場合、つぶしは利きません。とはいえ、後継者にはCOBOLを学んでもらう必要があるし、仮に(おそらくCOBOLよりも世間一般で今後使われるであろう)Javaを並行して学んだとしても、Javaだっていつまで使われるか分かりません。
COBOLかJavaかというのは程度問題で、技術者や職人が身に付けた能力やスキルそのものは、長い目で見ればつぶしが利かない部類に入ります。特に、IT領域は技術革新の波が早いですから、求められる能力やスキルが毎年のように入れ替わります。
技術者や職人に能力やスキルを付けるという意味では、先にも述べたように、特定の技術を教え込む必要があり、これは真の教育とは性質が違うということを理解してください。
■職場で学ぶということ
ここでちょっと話題を変えましょう。カルロス・ゴーン氏は、雑誌『日経ビジネスAssocie』(日経BP社刊)のインタビューに答えて、以下のようにいっています。
「私は会社が成功するために最も大切な要素は、社員1人ひとりが常に学習する姿勢でいることだと思っています。(中略)私が仕事をするうえでの一番のモチベーションは、日々、何かを学んだと実感できることです。学びは終わりがなく、飽きることもありません。成功だけでなく失敗からも学べます」
なるほど、共感するところが多いですね。モチベーション(簡単にいえばやる気)は、「プロジェクト作業完了時の達成感」「システム導入(いわゆるカットオーバー)の充実感」「給料が上がる」などの要素でも維持できます。しかし、カルロス・ゴーン氏のいうように、「常に学習する姿勢」でい続けることができれば、「飽きる」ということがないので、モチベーションは安定して継続するでしょう。
常に学ぶことが可能な職場を実現するために、職場のリーダーのみならず、各個人が努力すべきでしょう。
■ITの職場でどうすべきか
安岡正篤氏のいう「真の教育」、私のいう「つぶしが利く」ようになるための「心構え」は、連載第1回「WhyとHow、どちらで悩みますか?」におけるWhyの縦軸に当たると理解してください。この軸について連載第1回では、「ITビジネスを成功させるための前向きな考え方」と説明しました。こういう前向きな考え方は、業種や業態を問わず必要とされるものです。つまり、この考え方ができる人はつぶしが利く、と解釈することができます。
Whyの軸における教育や学びは、対人コミュニケーションを基礎とした前向きな姿勢、リーダーシップが主な要素となります。なので、日々の仕事自体から学ぶことが多いでしょう。学ぶ方法は、研修のような座学(座って本を読むような学び方)だけではないのです。
Whyの軸で学びが多ければ、つぶしが利くようになると理解しましょう。
一方、「職人の教育」は、連載第1回におけるHowの横軸に当たります。スキルベースでの考え方であり、ITの職場であれどんな職場であれ、職務を遂行するために必要となるものです。職場に特化したスキルを学ばないことには、職場において価値を発揮できません。
ですから、職人の教育は必要不可欠なのです。しかし、このような職場に特化したスキルベースでの教育しか受けないで日々を過ごしていると、将来のつぶしが利かなくなった自分が見えてくるに従い、不安に駆られることになります。
このような不安の解消法は、Whyの軸、安岡正篤氏のいう真の教育の考え方を学ぶことなのです。
WhyとHowの両方を常に学び得る職場であれば、カルロス・ゴーン氏のいうように、飽きることはなく、モチベーションが高く維持できますし、将来への不安も減りますよね。
■Whyの軸、Howの軸、両方での学びを
ITスキル、職人のスキルは職務を遂行するうえで大事だけれども、職人のスキルだけではつぶしが利かない局面があります。
仮に職人としてのキャリアパスが閉ざされても、Whyの軸は真の教育といえるので、つぶしが利くのです。どんな業種や業態でも求められるスキルなのですから。
今回は、前回批判した学校教育の減点主義へのソリューションを提示しました。
それは、職場での学びによってモチベーションを維持し、将来のキャリアをつくり上げていくというプロセスを実現することです。学びを大きく2つに分類すると、安岡正篤氏のいう「真の教育」と「職人の教育」とに分類できるといえましょう。
Whyの軸は真の教育、Howの軸は職人の教育と理解し、両方のバランスを取りながら、職場での学びを実現していきたいものです。
筆者プロフィール |
野村隆●大手総合コンサルティング会社のシニアマネージャ。無料メールマガジン「ITのスキルアップにリーダーシップ!」主催。早稲田大学卒業。金融・通信業界の基幹業務改革・大規模システム導入プロジェクトに多数参画。ITバブルのころには、少数精鋭からなるITベンチャー立ち上げに参加。大規模(重厚長大)から小規模(軽薄短小)まで、さまざまなプロジェクト管理を経験。SIプロジェクトのリーダーシップについてのサイト、ITエンジニア向け英語教材サイトも運営。 |
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