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ITエンジニアを続けるうえでのヒント〜あるプロジェクトマネージャの“私点”

第10回 正しいことをし、行動力を発揮するココロ

野村隆(eLeader主催)
2005/12/22


将来に不安を感じないITエンジニアはいない。新しいハードウェアやソフトウェア、開発方法論、さらには管理職になるときなど――。さまざまな場面でエンジニアは悩む。それらに対して誰にも当てはまる絶対的な解はないかもしれない。本連載では、あるプロジェクトマネージャ個人の視点=“私点”からそれらの悩みの背後にあるものに迫り、ITエンジニアを続けるうえでのヒントや参考になればと願っている。

リーダーシップトライアングルの中心は「ココロ」

 前回の「ソフトウェアは目に見えない」で、リーダーシップトライアングルの構成要素の「Vision」(ビジョン)/「Management」(マネジメント)について説明しました。今回の記事では予定どおり、リーダーシップトライアングルの中心をなす構成要素、「Love」(ココロ)を解説します。

図1 リーダーシップトライアングル。今回は「Love」(ココロ)について解説する

 リーダーシップトライアングルでは、リーダーシップの基礎であるコミュニケーションの上に、ビジョン、マネジメント、そしてココロ(心)が配置されます。基礎としてのコミュニケーションの上に、リーダーとして先の見通しを示すビジョン、管理者として適正にプロジェクトを管理するマネジメント、人としてのココロの3要素がそろって初めて、リーダーシップがしっかりと上に載るという考え方を表現しています。

 前回説明したとおり、ビジョン、マネジメントは非常に重要な要素です。ただ、リーダーシップトライアングルの中心であるLove、ココロこそがこれらの要素を有効にすると考えています。今回はココロに焦点を絞ります。

 まず、Loveという言葉の定義をさせてください。

 ここでいうLoveとは、男女の愛とか、好き好きという恋愛感情とは異なります。Loveとは儒教でいう仁愛です。他者への思いやりの心、自分の感情をコントロールして正しく生きる精神ともいえます。

 ビジョンとマネジメントも重要な要素ですが、Love、ココロなしではリーダーシップは成立しないと考えています。リーダーシップトライアングルの形も、ココロを抜くと不安定になるように表現しました。

 ビジョンとマネジメントがなければリーダーシップは成立しません。これは当然でしょう。ビジョンがないため先が見えず、マネジメントがないため適正な管理もされないプロジェクトでリーダーシップを発揮しようとしたら、どうなるでしょうか。蛮勇といいますか、ヤケクソになって前後の見境もなく突き進むような、理性も知性もなく無駄の多い指導者になってしまうでしょう。これでは適正にリーダーシップが発揮されているとはいえないと思います。

 ココロはどうでしょう。本当にリーダーシップに必要なのでしょうか。ビジョンとマネジメントだけでもリーダーシップが成り立つのであれば、別にココロはなくてもいいのではないかといえますからね。

 私は、リーダーシップの必要条件にはLove、ココロがあると考えます。リーダーシップが成立するためにはココロが必要なのです。その理由を、本連載第6回「正しい行いは将来を変える」を引用しながら説明したいと思います。

「正しい行いをする」という気持ち

連載第6回「正しい行いは将来を変える」より

 「楽をしたいと思ったときにも正しいことをしましょう」

 仕事をしていると、「楽したいなあ、手を抜きたいなあ」という衝動に駆られることがあるでしょう。人間は弱い存在なので、こういう誘惑に駆られることは誰にでもあります。

 例えば、以下のような場合でしょうか。

 プログラム設計書に設計ミスを見つけた。修正自体に結構工数がかかるし、変更による影響範囲を調査するとなると、ほかのチームにも影響調査を依頼しなくてはならず、数日はかかる。設計書の納期は明日だ。設計ミスには誰も気付かないだろうから、後工程の開発段階で修正すればいい。今日のところはこのままにしておこう。

 プログラムを開発しているが、どうしても納期までに完成しない。先週の報告で進ちょくに問題なしといってしまった手前、いまさら遅れましたともいえない。主要な機能は開発したから、例外処理の一部くらいなくても動くには動く。どうせバレないから一部開発せずに納品しよう。

 プログラムのテストをしているが、不具合(バグ)が取り切れない。並行で作業しているほかのチームは不具合を順次解消しているのに、私のチームは不具合が毎週増加している。このままでは、後工程の統合テストに間に合わない。不具合解消済みとうその報告をしてもバレないだろうから、後工程の統合テストで不具合を直せばいいだろう。今週はオンスケジュールと報告してごまかそう。

(中略)

楽をしたいという誘惑に駆られるだけでなく、実際に不正なことをしてしまう人は「誰でもやっていることだ。どうせバレないからやってしまえ」とでも思っているのでしょうか。

(中略)

 自分にうそをつくことはできません。このような手抜きに慣れてしまうと、最終的には自分自身を律することができなくなります。

 ちょっと視点を変えてこの問題を考えましょう。皆さん、小さいころのことを思い出してください。親、兄弟、親戚、先生、友人などいろいろな人からいろいろなことを教わったでしょう。家庭では特に何を教わりましたか。意識するしないにかかわらず、家庭では具体的な知識や知恵よりも、道徳観・倫理観を学ぶのではないかと思っています。

 少々前に人から聞いた話ですが、最近中高生の万引が後を絶たないそうです。万引をした中高生は、逮捕(正しくは補導でしょうが、あえてこの言葉を使います)された後こういうそうです。

 「バレたら商品を棚に戻せばいいんだろ。それか親に金払ってもらえば、店ももうかるだろ」

 要は、彼らは「万引=窃盗=犯罪行為」という理屈が分かっていないわけです。万引きを回避するための店側のコストや店の人の気持ちにも、思いが至らないようです。

 さらにいうと、これらの中高生の親もまた親で、万引したわが子を注意するどころか、以下のように開き直るそうです。

 「ちゃんとお金を払って商品を買う。何なら余計に払う。何が問題なの?」

 罪悪感のかけらもないとのことです。思うにこういう親子は、長い世代、こういう残念な考え方を家庭の中で脈々と伝承してきたのでしょうね。

 さて、この辺でビジネスの話題に戻りましょう。

 万引是認親子が残念な考え方を継承してきたこと同様、会社組織においても、残念な考え方を継承していることがあります。不正な行為を当たり前のように繰り返す人が多い組織があるのです。

 連載第6回で挙げた上記の例は、少々アレンジしてありますが、すべて本当にあったことです。「信じられない! そういう人の良心(両親?)を疑う!」という人は、正常な神経の人なのでしょう。少なくとも私はそれが正常と信じたいです。

 「ああ、よくある話だよね。おれなんてもっとひどい話を知っているよ」という人は、個人的には極めて残念です。

 そういう場合、本人よりもその人が所属している組織に問題があることが多いです。組織全体に不正を是認する風潮があれば、自然に全員が不正をはたらくわけです。

 先の万引是認親子の例では、子どもよりも親の方が問題だと思います。これも同じ理屈です。本人の問題というよりはむしろ、本人が所属している家庭・組織の問題だというわけです。

 ですから、連載第6回にも書いたとおり、以下のような考え方が重要なのです。

 あくまでも自分のために、自分の将来のために、いまがつらくても正しいことをしようという考え方が重要です。このような行為の積み重ねが、ひいては自分の将来を変える「立命」につながるのです。

 どうでしょうか。「正しいことをしよう」という考え方ができるかどうかは、気持ちの問題だと思います。万引はいけないということを説明するにしても、議論の根拠となる理論があるわけではないでしょう。理路整然と説明することには一定の困難を伴うでしょうし、そもそも万引は犯罪だから、理屈抜きでやってはいけないわけです。

 「万引をしない、罪を犯さない」という気持ちを持つことは、ココロの問題といえましょう。同様にSI(システム開発)プロジェクトにおいても、「うそをつかない、手抜きをしない」という気持ちを持つことはココロの問題でしょう。

 このようなココロの強さ、英語でいえばメンタル・タフネスを持つことが、プロジェクト遂行上重要になると私は考えます。ですから、ココロ、リーダーシップトライアングルでいうLoveが、リーダーシップを発揮するために必要となると考えます。

   

今回のインデックス
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