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ITエンジニアを続けるうえでのヒント〜あるプロジェクトマネージャの“私点”

第11回 信頼は河原の石のように

野村隆(eLeader主催)
2006/1/26

信頼はコミュニケーションの地中の根

 コミュニケーションがリーダーシップの基礎であるということは、この連載ですでに説明しています。

 さらにいうと、コミュニケーションの基礎はCredibility(信頼)なのです。信頼、特にクライアント(発注元のお客さま)の信頼がない中でのコミュニケーションは、非常に効率が悪いものだからです。

 例えば、進ちょくに何らかの遅れがあるという報告(コミュニケーション)を例としましょう。信頼があれば、あの人に任せておけば大丈夫と思われます。クライアントにも、いつかキャッチアップ(挽回)するだろうと思ってもらえます。

 しかし信頼がない場合には、またあいつ遅れやがったと否定的に受け取られます。クライアントの印象としては、どうせキャッチアップできず、納期を遅らせるタイミングを虎視眈々(たんたん)と狙っているだけだろう、というところでしょうか。あんなやつのいうことは信じられないと認識されてしまいます。

 このように、同じ遅れの報告であっても、信頼の有無で全く異なる印象を持たれてしまいます。

 孔子が政治で最も大切なのは信頼だといったのと同様、私はシステム開発プロジェクトで最も大事なのは信頼だと考えています。

 信頼はクライアントのみならず、プロジェクトの内部メンバーにとっても重要です。多少プロジェクト運営がうまくいっていなくとも、信頼さえあればプロジェクトメンバーは「いつか何とかなる」という希望を持てます。

 一方で信頼がなければ、実質的にプロジェクト運営がうまくいっていたとしても「どうせうまくいかないよ。プロジェクトが順調なんていう報告はうそに決まっている」という否定的な考えがプロジェクトメンバーにまん延してしまいます。そういう否定的な考え方はだんだんとプロジェクト全体の雰囲気を後ろ向きにし、最後にはプロジェクト運営そのものがうまくいかなくなります。

 リーダーシップの基礎はコミュニケーションであるのですが、信頼はコミュニケーションの見えない基礎、土の中の根のようなものだと理解してください。

 システム開発プロジェクトでは、信頼がとても大切なものであり、何にも優先して信頼を失わないための努力を怠らないよう留意する必要があります。

信頼は河原の石

 クライアントからの信頼を勝ち取り、それを維持するために、どのような考え方が必要となるかについて解説します。

 信頼というものの性質について考えます。

 私は、信頼について話をする機会があるたびに、信頼を勝ち取るのは河原で小石を積み重ねるようなものだというたとえ話をします。

 河原で石を積み重ねるためには、1つ1つコツコツと積み上げていく必要があります。川の流れが急に変わってしまえば、積み上げた石は簡単に崩れてしまいます。再度積み重ねるためには、また1からやり直して積み上げていく必要があります。

 信頼も同様です。信頼を勝ち取るためには、やるといったことをやる、期日に間に合わせる、時間どおりに会議に出席するなどの小さいことを、1つ1つ確実にこなすしかありません。満塁ホームランのようにいきなり信頼を勝ち取るということはありません。

 その一方で、信頼を失うのは簡単です。

 たった1回、会議にうっかり欠席しただけで、「あの人はいいかげんな人だ」と思われてしまうことがあります。いつもは平静を保っていても、たった1回怒りをあらわにしたことで、「あの人はすぐに感情的になるので付き合いにくい」と思われてしまいます。

 失ってしまった信頼は、また最初から(場合によってはマイナスから)再度コツコツと、河原の石のように積み重ねる必要があります。

 こういう信頼の性質を把握し、リーダーシップにおいて信頼が極めて重要ということを念頭に置いて行動するべきです。

信頼に対して敏感になりすぎると

 一方、「過ぎたるは及ばざるがごとし」とはよくいったもので、信頼、特に目の前に相対しているクライアントからの信頼に対して過度に敏感になると、かえってうまくいかなくなります。

 目の前のクライアントから「これをしてほしい」とか「これはやってもらわなくては困る」という依頼があったとしましょう。依頼を断ると信頼を失うと思い、「ハイ、分かりました! 承ります!」と何も考えず回答するのは、必ずしも望ましい行為ではありません。

 なぜかというと、このようなクライアントからの依頼に対応することは、結果としてプロジェクトの進ちょく・予算に悪影響を与えることが多いからです。

 具体的に見ていきましょう。このような依頼は、プロジェクトとして当初からスケジュールされた作業にのっとっていない場合があります。むしろ思い付きの発言で、スケジュールされていないことの方が多いかもしれません。

 場合によっては、本来ならクライアント自身が実施すべき作業を、楽をするために意図的に平然と依頼されることもあります。

 プロジェクトとしてスケジュールされた以外の依頼について作業することは、スケジュールされた作業が遅延する原因となり、プロジェクトの進ちょくに悪影響を与える可能性があります。余計な作業を実施することで、残業が増えたり週末出勤することになったりすれば、プロジェクト予算へも悪影響を与えます。

 プロジェクトの進ちょく・予算へ悪影響を与えるということは、クライアントの最終目的である「プロジェクトの成功」から遠のくことを意味します。やはり「過ぎたるは及ばざるがごとし」なのです。

 目の前のクライアントからの依頼については、上記のようなことを念頭に置き、必要と判断した場合には毅然とした態度でお断りするという行動が望まれるわけです。

 こういう勇気ある行為が、クライアントの最終目的である「プロジェクトの成功」に貢献するのです。

リーダーシップトライアングルのまとめ

 リーダーシップトライアングルの周辺3要素について理解していただけたでしょうか。今回の記事で、リーダーシップトライアングルの解説は終了です。いままでのリーダーシップトライアングルの解説を総括すると、以下のようになるかと思います。

  • 中心はココロです。ココロを大事にしましょう。
  • リーダーシップの基礎はコミュニケーションです。気持ちのよい人間関係を構築できるよう留意しましょう。
  • コミュニケーションの土台となるものは、実は信頼です。信頼を大切にしましょう。
  • ビジョン、マネジメントなどの、一般的にリーダーシップの必須要件とされる要素は重要ですが、コミュニケーションや信頼などの基礎・土台がなければ、いかにビジョンやマネジメントが優れていても、不安定なリーダーシップになります。

 次回以降の連載では、リーダーシップトライアングルに一定程度準拠しながら、この連載のタイトルでもあるプロジェクトマネージャの「私点」を解説していければと思っています。

 私が主催するブログサイトはリーダーシップトライアングルの構成要素、Communication/Vision/Management/Loveによってトピックが分類されています。興味のある方は参照してくださるとご理解が深まるかと思います。サイトトップページの右上に分類が表示されています。

 

今回のインデックス
 ITエンジニアを続けるうえでのヒント(11) (1ページ)
 ITエンジニアを続けるうえでのヒント(11) (2ページ)

筆者プロフィール
野村隆●大手総合コンサルティング会社のシニアマネージャ。無料メールマガジン「ITのスキルアップにリーダーシップ!」主催。早稲田大学卒業。金融・通信業界の基幹業務改革・大規模システム導入プロジェクトに多数参画。ITバブルのころには、少数精鋭からなるITベンチャー立ち上げに参加。大規模(重厚長大)から小規模(軽薄短小)まで、さまざまなプロジェクト管理を経験。SIプロジェクトのリーダーシップについてのサイト、ITエンジニア向け英語教材サイトも運営。


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