第26回 筋の通ったプロジェクト運営を目指そう
野村隆(eLeader主催)
2007/5/22
将来に不安を感じないITエンジニアはいない。新しいハードウェアやソフトウェア、開発方法論、さらには管理職になるときなど――。さまざまな場面でエンジニアは悩む。それらに対して誰にも当てはまる絶対的な解はないかもしれない。本連載では、あるプロジェクトマネージャ個人の視点=“私点”からそれらの悩みの背後にあるものに迫り、ITエンジニアを続けるうえでのヒントや参考になればと願っている。 |
■リーダーシップトライアングルにおける位置付け
この連載ではシステム開発プロジェクトにおけるリーダーシップを中心に、「私の視点=私点」を皆さんにお届けしています。
今回の内容は、リーダーシップトライアングルのManagementに関係します。Managementについては、第9回「ソフトウェアは目に見えない」を参照いただければと思います。
図1 リーダーシップトライアングル。今回は「Love」(ココロ)、「Management」に関連する内容について解説する |
■「自己定位」という考え方
まず初めに「自己定位」という考え方を紹介します。
自己定位という言葉は、哲学の領域では「自己や自分の位置付けを確認し、確実にする」という意味で使われることがあります。また、ビジネス、マーケティングの領域では、「マーケットにおける自社のポジションをしっかり位置付ける」という意味で使われることもあるようです。
今回の記事では、「自己定位」という言葉の意味を、以下のように理解してもらえれば、と思っています。以下は、赤福 会長で伊勢内宮前の「おかげ横丁」の振興でも有名な、濱田益嗣(はまだますたね)氏の自己定位についての考え方です。
「自己定位(じこていい)」 「自己定位」とは、企業の独自性のことです。そしてのれんとは、ほかの追随を許さぬ「自己定位」を持った企業のことです。それは、時代と市場の中で、その企業だけが座る確固とした場を持っており、かつ、絶えず優位性を持つだけの前進をし続けているということである。(赤福 Webサイトより) |
私はここでいう自己定位について、「その企業だけが座る確固とした場を持って」いる、つまり、一本の確たる軸のある経営をしていると理解しています。
例えば、戦中戦後の原料難の際に、濱田氏の祖母が、質の低下を懸念して製造を止めたこと。また、近鉄宇治山田駅での専売権交渉の際に、商品の品質維持に必要な利益を確保するために、一切妥協しなかったというのエピソードに代表される「良質な味を求める」「安易な妥協はしない」という確たる軸のある経営姿勢に自己定位の重要性を強く感じます。
コンサルタントという職務上、社長など経営陣と話をしてきましたが、やはり強い企業、組織を率いる人は一本筋が通った、しっかりとした軸のある人が多い印象を持っています。
■システム開発プロジェクトにおける自己定位
さて、ここで自己定位という考え方を、システム開発プロジェクトの運営に当てはめて考えましょう。
会社経営とプロジェクト運営は、会社経営の場合、企業の永続性、つまり「組織を長期にわたり継続、繁栄させる」という視点が大きなウエートを占める一方で、プロジェクト運営では「プロジェクト単体での損益」が大きなウエートを占めるという点に違いがあります。
しかし、「ヒト・モノ・カネを動かす」という視点、例えば、組織を運営する、利益を生み出す、参加している人のやる気を促し組織のチカラを最大化するといった場合、互いに同じ部分もあると思っています。
ですから、システム開発プロジェクトにおいても、自己定位という考え方、つまり、一本の確たる筋を通すということは非常に重要な考え方であります。
■プロジェクトでの自己定位=プロジェクトのミッション
それでは、システム開発プロジェクトにおける自己定位について、具体的に見ていきましょう。
プロジェクトの自己定位は、通常、プロジェクトのそもそものミッションに見いだすことができます。例えば、「納期までに絶対に仕上げるプロジェクト」の場合は、「納期を守る」ことがミッションです。
具体例を挙げると、大企業の基幹システムを更改するに当たり、決算の締めである3月末から4月初頭の時期しかデータを移行するタイミングがないという場合を考えましょう。
納期を守れなければ、次の納期は来年です。1年間プロジェクトを延長することは、プロジェクト予算の大幅超過につながり、最終的にプロジェクト中断となるでしょう。こんな場合は、「納期を守る」ことが最大のミッションとなります。
■自己定位の軸があるリーダーの下での意思決定
上記の例、つまり、「納期を守る」ことがミッションの場合、以下のようなさまざまな困難や越えるべき壁が、プロジェクトリーダーの前に立ちはだかります。
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こういった場合に、プロジェクトのリーダーが「もうだめだ、納期を遅らせよう」と安易に考えてしまってはいけません。これでは、自己定位がないリーダーといわざるを得ません。
自己定位として「納期を守る」ことが軸としてしっかりあれば、以下のような行動を取るでしょう。
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これらの行動のいずれも、プロジェクトリーダーとしては、恥ずかしくてなかなか踏み切れないものです。やはり、新しく導入するシステムは、「ユーザーに快適に使ってもらいたい」「安定したシステムを納品したい」と考えます。「品質を保証したい」「安心して使ってもらいたい」という思いもまた、システム開発のプロジェクトリーダーとして当然のことです。
しかし、自己定位がある、つまり一本筋の通った軸を持つリーダーであれば、この場合「納期を守る」ということを第一に考え、多少の困難や障害があったとしても、軸をぶらさずに決断ができるのです。
■プロジェクトのミッションを定義し、守る
別の例を挙げましょう。
「パッケージシステムに極力業務を合わせるプロジェクト」の場合、当然「現行業務をパッケージの機能に合わせて変更する」ことがミッションとなります。現行業務を尊重し、パッケージシステムに機能追加をしないことや、現行業務に固執する人たちを説得して、業務をパッケージシステムに合わせることがミッションとなります。
この場合、パッケージシステムの機能への合理的な反論や、感情的な中傷といったユーザーからの注文が次々に寄せられます。
その際に、リーダーが「やっぱり、現行業務の方が、ユーザーの皆さんは慣れていますから、少々の注文は受け入れましょう」などとしてしまうと、収拾がつきません。いつの間にか、現行業務に合わせた追加機能のアドオンだらけになり、パッケージシステムが跡形もなくなる結果となることが多いのです。
これでは、プロジェクトのミッションは一体何だったのかという話になってしまいます。やはり、リーダーたるもの、一本筋の通った軸を持ち、それを貫く志が必要なのです。
ユーザーから寄せられる注文をできるだけ切り捨て、「業務をパッケージシステムに合わせる」というプロジェクトのミッションを軸にプロジェクトを推進するリーダーが求められます。
これら2つの具体例からもご理解いただけるように、プロジェクトのミッションを明確化し、それをリーダーが一本の軸として守る。つまり自己定位がしっかりとしている。こういうプロジェクトリーダーの下では、プロジェクトの運営は円滑になります。
■プロジェクトメンバーのチカラも最大化
プロジェクトの自己定位を持つことによって得られる、もう1つの大きな効果に、プロジェクトとしての自己定位を持つリーダーの下では、プロジェクトメンバーは、仕事がしやすいことが挙げられます。
なぜなら、リーダーの発言に一本の軸があるので、プロジェクトのミッションと日々の仕事が同一であり、軸がぶれることを考えず、安心してミッション遂行を目指すことができます。結果として、プロジェクトが活性化され、円滑に推進されます。
簡単にまとめると、リーダーが自己定位を貫くことで、プロジェクトのミッションがクリアになり、プロジェクトメンバーも活性化される。結果、プロジェクト成功に近づくということになります。
上記にあるように、企業経営、あるいはプロジェクト運営であっても、自己定位が重要になってくるのです。
次回もシステム開発プロジェクトにおけるリーダーシップを中心に、「私の視点=私点」を皆さんにお届けします。
筆者プロフィール |
野村隆●大手総合コンサルティング会社のシニアマネージャ。無料メールマガジン「ITのスキルアップにリーダーシップ!」主催。早稲田大学卒業。金融・通信業界の基幹業務改革・大規模システム導入プロジェクトに多数参画。ITバブルのころには、少数精鋭からなるITベンチャー立ち上げに参加。大規模(重厚長大)から小規模(軽薄短小)まで、さまざまなプロジェクト管理を経験。SIプロジェクトのリーダーシップについてのサイト、ITエンジニア向け英語教材サイト、人材派遣情報サイトも運営。 |
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