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日本のITエンジニアは生き残れるのか

下玉利尚明
2006/3/ 11

ITエンジニアが、中・長期的に自らの市場価値を高めていくために「いま、何をすべきか」。そんなテーマのもとに開講されている稚内北星学園大学・東京サテライト校の「ITエンジニア コンピテンシ開発法・概論」(講師はアイティメディア代表取締役会長 藤村厚夫氏)。その中で、ウルシステムズの代表取締役社長 漆原茂氏が特別講師として招かれ、藤村氏との質疑応答の形で講義が行われた。

これからのITエンジニア

 「ITエンジニアとしての将来に希望が見いだせない」「今後10年を見据えたときに不安ばかり先立つ」。そんなITエンジニアに向けて、長期的に自らの価値を高めていこうという「セルフモチベーテッド エンジニア」(藤村氏の造語)であり続けるための方法論を探り出すというのが、藤村氏の講義の一貫したテーマである。そして、今回の講義には「開発受託業としてのIT、その問題と可能性を探る」というタイトルが付けられた。

ウルシステムズ 代表取締役社長 漆原茂氏

 多くのITエンジニアは、受託開発業であるシステムインテグレータ(SIer)やソフトハウスで活躍していることだろう。労働集約的な開発業務であれば「優秀で低コストな」中国やインドの開発会社、それらの国のITエンジニアとの競争に勝ち残らなければならない。あるいは、システムそのものがパッケージ化されてしまい、将来的に開発業務が存続しなくなってしまうのではないかという懸念もある。

 講義の冒頭に藤村氏は「当初は『SIerは滅びる!』というタイトルで漆原さんにお話をしていただこうかと考えていた」とショッキングな言葉で切り出した。果たして、将来的に受託開発業務が直面する現実はそこまで厳しいのだろうか。そんな厳しい環境の中、多くのITエンジニアたちはいかに自らの価値を高めていくべきなのだろうか。

5つの質問

 今回の講義は、基本的に藤村氏が漆原氏に「5つの質問」を投げ掛け、それに対して漆原氏が答えていく、という形式で進められた。

 漆原氏は東京大学工学部卒業後に沖電気工業に入社し、その後スタンフォード大学に留学。2000年に沖電気を退社し、ウルシステムズを設立した。基幹系やオープン系のシステム開発での豊富な知識と経験を誇り、現在は起業家・経営者として活躍している。それだけに、質問に対する解説、つまり講義の内容は示唆に富んでいた。

 そこで、まずは5つの質問とそれに対する漆原氏の回答を簡潔に記しておこう。

(1)IT投資が一時的に減退している。それは復活して2000年前後の勢いを盛り返すか。
回答:イエス。ただしIT投資の中身はより「戦略的IT投資」へと変化していく。

(2)ソフトウェア開発は複雑になり、もはやオーダーメイド型「受託」業態は存在し得ない。
回答:8割がたはイエス。スクラッチビルドの開発は減少し、多くのシステム開発はパッケージ化される。ただし、「戦略的なIT」はパッケージ化されない。

(3)ソフトウェア産業も「デフレ」が進行。体力のあるSIerのみが生き延び、多くは重層下請けに位置付けられることになる?
問答無用でイエス。大手SIerの寡占状態が進行する。ただし、ある技術に特化している、ある地域・エリアに強いといった「戦略性のある」、特徴のあるベンチャー系SIerは生き残る。

(4)受託開発はパッケージ開発と付加価値販売(VAR)業者に置き換えられる?
回答:イエス。ただし、「戦略的IT」に関連したシステム開発はパッケージ化できない。

(5)たくさんのITエンジニアはいらなくなる?
回答:イエス。ITエンジニアの必要数は今後も増え続けるが、そのリソースは海外に求められる傾向が強まる。国内で求められるのは精鋭部隊のみ。

「お金を払ってもいい」と思わせるサービス

 5項目の質問に対する漆原氏の回答を総合すると、受託開発業としてのITを取り巻く環境は厳しいが、「戦略的IT」の受託開発業務は存続し得るということになりそうだ。それでは戦略的ITとはどのようなものなのか、そして、戦略的ITに対応できるITエンジニアとなるにはどうすればよいのだろうか。

 漆原氏によれば「戦略的ITとは、その企業のビジネスの生命線となるようなITシステム」である。「ある大手航空会社は国内線のチケット販売の50%以上がネット販売となっている。そのシステムにトラブルが発生したら大きな被害となる。生命線を握る戦略的ITシステムといえる」(漆原氏)

 当然、そのシステム開発には高い技術力が求められる。「システム開発は二極化している。単純なものはオフショア開発やパッケージに置き換わり、その一方で戦略的ITについては以前よりはるかに複雑で難しい案件が多くなっている。それに対応できるだけの質の高いITエンジニア、つまりプロフェッショナルなサービスを提供できるスペシャリストのみが生き残れる」(漆原氏)のだ。

 いわゆる「人月商売」に終始している受託開発のSIerやソフトハウスは、ゆくゆくは低コストで優秀な中国やインドの開発会社との競争に敗れて消滅していくだろう。その一方で「(クライアントから)高いお金を払ってもいいから使いたい」と思われるプロフェッショナルサービスを提供できれば、受託開発業のSIerとしてもITエンジニアとしても生き残れる。

 それでは、プロフェッショナルサービスを提供できるスペシャリストのITエンジニアとなるにはどうしたらよいのだろうか。「今後、システム開発の現場ではITエンジニアの必要数は増えていく。つまりITエンジニアの市場を山に見立てれば『すそ野は広がる』。しかし、その必要数はアウトソースや海外のリソース、派遣、アルバイトなどで賄うことになる。だったらスペシャリストとして山の頂上を目指して登っていけばいい。自分の価値を高めていけばいい」(漆原氏)

 自分の市場価値を高める。その方法として漆原氏は2つの方法を示してくれた。まず、スキルや知識においては「10年後には『そういえば以前にJavaってあったよね』という時代が来る。

 アセンブラやC言語もそうだった。その時々で個別の技術の表層の部分を見るのではなく、根幹となる技術を押さえること。Javaの原理原則について理解しているか、オラクルのデータベースはこういう機能でこう動くと理解している人は多いが、『なぜこの実装なのか』と聞くと、答えられるITエンジニアは少ない。このことも、表面ではなく根幹を見ることに尽きる」(漆原氏)という。同時に「変化の激しいIT業界では常に技術の最先端にいることも大切。そのためにコミュニティや技術交流会などに参加するなど、自分自身で最先端に触れられるチャネルを確保することも重要」(漆原氏)というアドバイスだ。

お客の期待値を必ず超えること

 一方、自分自身の価値を高めるもう1つの手法は「客と握れ!」だった。「握る」とは金のやりとり。といっても、別にリベートを要求する、という物騒な話ではない。クライアントから深く信用され「あなたになら(高くても)お金を払ってもいい」と思わせるまでの信頼関係を築くことだ。これは将来独立して起業を考えているITエンジニアにとっても重要なことだ。

漆原氏は講義中、何度も笑いながら繰り返しいっていた言葉が、「客と握れ」だった。クライアントの期待を常に超えていれば、信頼関係が築かれ、そして仕事が流れるようになるという

 「ITコンサルタントなど上流工程を目指すITエンジニアは多い。しかし、上流ができても『客と握れていない』と独立後に誰も仕事をくれない」(漆原氏)という。ただし、クライアントと「握れる」ようになるまでの信頼関係を築くのは簡単ではない。いかにすればいいのか。

 「お客さんとなるクライアントの期待値を『必ず超える』。その気持ちで取り組み、クライアントにお金を支払うことを納得してもらう」(漆原氏)。認めてもらえれば、それが信頼関係構築の第一歩となる。

 さて、プロフェッショナルサービスが求められる受託開発業だが、漆原氏は「受託開発業の将来は悲観することはない」といい切る。

 「ITシステムの開発は日本の重要な知的財産。ここが弱体化しては日本が技術的に崩壊してしまう。ITによるイノベーションは必ずやってくる。約10年前には携帯電話は大したことはなかったのに、いまではそのビジネスが大きく成長している。ITエンジニアのみが感じ取れる次のイノベーションが必ずあるはず。10年後の社会を想像し、そこで何が必要かを考え、そこから逆算すればいま、何をすべきか考えるヒントになる」(漆原氏)と語った。

 続けて漆原氏は「ITシステムの開発業務はお客さんから『ありがとう。本当に助かったよ』とお礼をいわれて、しかもお金を受け取れるという本当に『素晴らしい』仕事。やりがいも魅力もある世界だ。その仕事に携わるというプライドを持ってプロフェッショナルなサービスを提供するITエンジニアになってほしい」というメッセージで講義を終えた。

 なお、講義終了後の受講生との質疑応答では、「開発現場で修羅場にならないようにするコツは?」「重層下請けのシステム開発会社のエンジニアがクライアントに自分の技術力を売り込む方法は」といった「現場で活躍するITエンジニアならでは」の質問が寄せられた。漆原氏によれば、修羅場には2種類あるという。

 1つは「受注した時点ですでに修羅場でひたすら単純な開発を継続しなければならないもの」で、もう1つは「クライアントの期待値が高く、頭を使う前向きで『健全な』修羅場」。このうち、「単純な修羅場は受注の仕方を見直す必要がある。ウルシステムズでも受注時の経営管理を見直して、健全な修羅場になるような仕組みをつくった。あとは、職場が悪循環に陥らないように、定期的に勉強会を開くなどして、新しい風を吹き込む努力も必要。

 あるテレビ局のディレクターを招いた勉強会で、『困ったときには天井を見ろ』とアドバイスを受けた。それだけでムードが変わり、前向けに仕事をしようというムードも生まれてくる」という。また、「重層下請けのITエンジニアがクライアントに技術力をアピールする方法」としては、「大胆だけどクライアントの人を食事に誘って話をする。そのくらいのアピールをしないと、前にも上にも進んでいけない」(漆原氏)とアドバイスした。

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