「コーチング」を身に付けよう〜必要とされるビジネススキル、マネジメントスキル

第2回 プロジェクトリーダーのコーチング実践記

小田美奈子(執筆)、竹林一(監修・執筆協力)
2005/2/18

ここ数年、新聞、雑誌でも多く取り上げられ、注目を集めている「コーチング」。本連載では、ITエンジニアが身に付けておくと役立つコーチングの考え方、活用事例を紹介するとともに、職場や生活ですぐに実践できるコーチング・スキルについても解説します。

  前回(第1回 コーチングが注目される理由と定義を知る)はコーチングが注目されている背景とコーチングの基本的な考え方を中心にお伝えしました。今回は、ビジネスにおけるコーチングの活用事例として、プロジェクトリーダーがコーチングを実践した事例を取り上げます。

メンバーの力を発揮させる

 今回の連載に当たって、IT関連企業に勤務するマネージャ数名から、現在、部下とどのようにかかわっているかについてお話を伺いました。いずれもマネージャ自身がコーチングを学び、職場で活用しています。

 彼らが職場にコーチングを取り入れた目的で多かったのは、「部下の力を最大限に発揮してもらう」「部下から意見を引き出す」というものでした。具体的には、マネージャが部下に対して、質問をしたり、対話を重ねることで、部下の考えやアイデアを引き出したり、自発的な行動を促すことを実践しています。

 大手音響機器メーカーの技術部門で事業部長を務めるAさん(50歳)は、「自分の役割は部下の意見を聞いてまとめること。そして、それを決断していくこと」と決めているそうです。自分のスタンスを決めて、部下の意見を聞くAさんは、部下から信頼される存在となっています。

 ほかにコーチングを活用する目的としては、「社員のモチベーションアップ」「セールスで顧客のニーズを引き出す」「顧客との打ち合わせで生かす」などが挙げられました。

 ここで、大手電機メーカーでシステム開発のプロジェクトリーダーを務めるUさん(34歳)がシステム開発に当たり、コーチングを導入した事例をお伝えします。

相手からたくさん引き出す

 Uさんは、2年前から職場でコーチングを取り入れています。チームメンバーは7人、Uさんがどんな場面でコーチングを活用したのか、そしてその成果を追ってみましょう。

 Uさんがまず始めたのは、新しいプロジェクトがスタートするときに、メンバーからアイデアをたくさん出してもらうことでした。Uさんが行ったのは、問い掛けをして、メンバー自身に考えてもらうこと。

「どんな手段があると思う?」
「○○さんは、どんなことをやってみたい?」
「それはどうしたらできると思う?」

アイデアが出尽くしそうになったときも、

「ほかにないかな?」
「ほかに知っている人はいないかな?」

といった問い掛けをしました。

 この方法の良い点は、チームメンバー全員で作り上げる感じを持って、みんなでやっていこうという気持ちが出てきたことです。

 Uさんはその後もできるだけ、メンバーからアイデアを出させるという機会を多く取りました。すると、一番年下のメンバーが、アイデアを出すために、自主的に勉強をするようになるという変化が現れました。Uさんの問い掛けは、部下の成長という成果につながったのです。

1人ひとりへの声掛けで生まれたチームの連帯感

 もう1つ、Uさんがメンバーのモチベーションを上げるために毎日意識して行ったのが、1人ひとりへの目配りと声掛けでした。

 例えば、子どもが熱を出したメンバーに対して、翌日「大丈夫だった?」と聞く。

 遅い時間に仕事をしていたメンバーには、「遅い時間までお疲れさま」。また別の日には「いつも遅いから、今日は早く帰ったら」と話しかける。とにかくメンバー1人ひとりに対して、声を掛けるよう心がけました。

 Uさんが声掛けを行うことで、チーム全体のコミュニケーションの量が多くなっていきました。仕事以外の情報も共有できるようになり、あるメンバーが大変なときは、ほかのメンバーが仕事を代わるなど、チームの連帯感が深まっていったのです。

成果を生み出した「リーダーの思い」

 Uさんのこれらの取り組みを通じて得られた最も大きな成果、それは「品質向上」でした。その理由は、チームの結束力が高まったことで、メンバー全員がよりいいものを作ろう! という気持ちになったこと。そして、自主的に調べものをしたりすることが増えたことで、結果的に品質向上に結び付いたのです。

 これらの成果を生み出したのは、Uさんの努力に加え、リーダーとしての「思い」がありました。それは、「限られたメンバー、予算の中で、メンバー1人ひとりに最大限にその力を発揮してもらう」「メンバーの強みを引き出す」という思い。

 そして、Uさんが大切にしたのは「かかわり合いをオーダーメイドにする」こと。メンバー7人それぞれの状況に応じて個別対応をしたのです。リーダー自身がこれらの思いを持って働き掛けをしたことが、この成果につながったといえます。

 Uさんのケースでは、コーチングを導入したことでチーム内でのコミュニケーションが深まり、結果的に品質向上という成果が生まれました。リーダーがメンバー1人ひとりに最大限に力を発揮してもらいたいという思いからスタートした結果、パフォーマンス向上に結び付いた例です。

 以上、プロジェクトリーダーがコーチングを取り入れたケースを紹介しました。次回は「コーチング実践」をテーマに、Uさんの事例を基にコーチングの基本スキルについて具体的に紹介していきます。

執筆:小田 美奈子
1968年生まれ。消費財メーカーで商品開発・マーケティング業務に携わるうち、コーチングの考え方に出合う。2000年11月より、コーチ養成機関であるコーチトゥエンティワン、CTI ジャパンにてコーチングを学ぶ。現在は「本当にやりたい仕事につき、自分らしく幸せに生きる」をテーマに、20〜30代の会社員を対象に、転職・就職・独立に関するキャリアコーチングやワークショップを実施している。財団法人生涯学習開発財団認定コーチ/日本コーチ協会東京チャプター監査監事。

監修・執筆協力:竹林一
オムロン ソーシアルシステムズ・ソリューション&サービス・ビジネスカンパニー セキュリティソリューション事業推進室 エンジニアリング部長。1981年立石電気(現オムロン)入社。事業企画室にて非接触ICカードシステム、ATM後方支援システムなどの新規事業化に従事。その後、駅務システム開発部にて国内・海外の駅務システムSE、スルッとKANSAI、関東パスネットなど大規模システムを開発プロジェクトリーダーとして推進。新規事業開発部長、グーパス推進部長を経て、2004年から現職。共著として『ここまできた!モバイルマーケティング進化論』(日経BP企画)がある。
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