さまざまな困難をどう乗り切ればいいのか

ITエンジニアとしての道を究めるには

第1回 スランプを脱出する方法

萩本順三(豆蔵取締役)
2003/10/29

 読者の皆さんは、スランプに陥ったことがないだろうか。中には慢性のスランプに陥り、「もうこの業界は嫌だ」と考えている人も多いだろう。私もこの業界に長年いる中で、非常に優秀な技術者なのにこの業界についていけなくなり転職してしまったり、病んでしまったりするケースに出くわした。

 実は、私も幾度となく激しいスランプに陥ったことがある。いやスランプというのは、日常茶飯事であるが、もうこの業界では駄目ではないかと思ったことが何度かあるものだ。

 私のスランプの原因は下記のようなものであった。

1 技術が非常に難しすぎる。この業界には向かないのか?
2 新技術が次から次へと流れてきて、時代遅れになったような気がする
3 PCに向かってプログラミングやデバッグの繰り返し。自分の人生は何なのだ?
4 いくらデバッグしても原因が分からず、自分はやはり才能はないのだろうか?
5 いくら設計を考えてもよい設計が思い浮かばず。才能がないのか?
6 管理のことが気になり、細かな技術が見えなくなった。これで技術者引退か?
7 書こうと思った文章が書けない。人にうまく説明できない

 まだあるかもしれないが、大体このようなものであった。読者の中で上記と同様な悩みを抱いている人は、私がどのようにしてスランプを脱出したかぜひ読み進めてほしい。参考になるかもしれない。

1 技術が非常に難しすぎる。
この業界には向かないのか?

 これは、私がこの業界に入ってすぐに数カ月間悩んだことだ。このときばかりは精神的にも弱気になり、もう駄目かと思った。というのも、当時はCOBOLと簡易言語をユーザーのSE部門で覚え、20代後半になってこの業界(開発側)に転職したのであるが、転職先ではホストのデバッガをアセンブラで開発・保守するという仕事であった。

 そこでは、20代の若手技術者が楽しそうにコードを書いていたのであるが、私はアセンブラについては情報処理技術者試験の知識程度、OSといえばMS-DOSの知識くらいしかなかった。そのため、OSの構造を理解してデバッガがどのように実行プログラムを制御するのかなど、分かろうはずもない。

 そこで、理解し納得できるまで当時の同僚や上司に質問して勉強していった。しかし、そのやり方は一般的に見ると問題だった。私の場合、頭の中でさまざまな問題同士が複雑に絡みあっている状態で、とても気持ちが悪く、仕事には関係ない部分まで勉強して頭で整理し、その整理したものをさらに上司に質問し、報告していたのだ。当時は、かなり出来が悪い人間だと思われていただろう。なぜなら、日々の仕事はまったく理解できていない状況のまま、そこと直接関係のない分野まで深入りして、何の役に立つのかと思われても仕方がなかった。

 このような状況にあったため、自分にはソフトウェア技術者になるなど夢の世界で、そもそも能力が不足しているのではないかと悩みに悩んだ。しかし、いま振り返ると、このやり方はうまくいったように思う。なぜならあるとき、複雑に絡まった糸がスルスルと紐(ひも)とける瞬間を実感したからである。その後、誰よりも自信を持ってその仕事に取り組めるようになっていた。

 この経験から、私はスキルを構築する手法を得たような気がした。誰がなんといっても、上司に多少迷惑をかけようが、急がば回れで技術を黙々と習得すること。つまり、表面的な仕事に関係する技術だけではなく、そこに紐づいている技術まで理解を深めようとする努力を怠らないということである。そうすることで、割と簡単にスキルの面では周囲の人に追い付き、追い抜くことができるようになるだろう。

 そして、最後にもう1つ大切なのは、そのようなやり方を行う自分を信じることである。

2 新技術が次から次へと流れてきて、
時代遅れになったような気がする

 この悩みは、次から次へと発展する技術変化に追随できなくなってしまいそうになるときに、その不安感から生まれる。私はこの問題に対して、身に付ける技術を長期と短期で分けることにした。短期間で新たな技術やいま必要とされる技術を身に付け、長期的には普遍的な技術を身に付けるような戦略を持つようにした。

 当初は普遍的な技術といってもどのような技術が普遍的なのか分からなかったので、単に基礎技術としてのOSの知識、コンパイラ技術、ソフトウェア工学をターゲットとした。そして、ある程度基礎技術が身に付いてきた後は、5年後にメジャーになる技術を追求し始めた。そのターゲットの1つとなったのが、オブジェクト指向技術だった。

 このようなやり方を自然と身に付けたのであるが、そのうちに基礎技術や5年後の技術と考えて取り組んだ技術要素のほとんどが、普遍的、つまりいつまでたっても変化が少ない領域であることに気が付いた、そして、新たな技術やいま必要とされる技術は、その普遍性のある技術からある程度技術内容が推測できるものであることが理解できるようになった。技術が次から次へ流れていっても、変わらない技術領域さえしっかりつかんでいればいい。新たな技術であっても、流れの遅い基礎的な技術領域を覚えるように理解していけば、それほど怖いものはないと考え始めた。それからはかなり楽になったように思う。

3 PCに向かってプログラミングやデバッグ
の繰り返し。自分の人生は何なのだ?

 コンピュータと向かってばかりいると、精神的に情緒不安定になることがある。このような情緒不安定な状況を回避するには、やはり無理せず休むのがよい。しかし、なかなかこれができない。ふと気が付くと朝で、会社に遅刻しそうになった経験がないだろうか。そんなときは大抵、時間を忘れるほど夢中になっているのである。しかし、ふとわれに返ったときに虚しくなるのだ。

 このような現象は、プログラミングやデバッグ時間が少なくなったいまでも結構ある。そのような場合の私の戦略は、できるだけ社会に接点を求めるように工夫することである。何か、社会に自分の技術を役立てる方法を考えて実践することで、自分の価値を見いだそうとするのだ。

 このような目的で企画したのが「忘れまい神戸、Javaによるオブジェクト技術セミナー」である。このセミナーは当時私がいた会社(NJK)とサン・マイクロシステムズを説得し協賛で実現した。企業にこの企画の意義を説明し、協賛金を集め、参加者からは参加費を取り、震災で仮設住宅から抜け出せない方々への引っ越し資金として寄付をした。このときは1人のエンジニアの思いがこのような企画を実現できることを、ほかのエンジニアに知ってもらいたかったのである。

 こうした自分本位の活動は、いまでもほそぼそと続けている。いま私の心の救いになっている活動は、「智恵の和」である。智恵の和は、「Java道」を志す障害者と支援者の智恵を結集して、何か1つの目標に向かって進みたいという思いから結成された勉強会グループである。いまでは多くの講師、運営サポーター、参加者に囲まれ、私やほかの講師も、1つの目標を描きながら成長を重ねていることを実感している。このような活動では、受講者とのやりとりの中で、教え方を学ぶことができ、ほかの講師との刺激的な交流、そして何よりも受講者から発散される強烈なパワーをもらっているように思う。結局は、自分のためにやっているわけであるが、それが結果として世の中のために少しでも役立てることがうれしい。これは、企業レベルでも同じことがいえる。

 悩める皆さんも、ぜひこのような企画にチャレンジしてみてはどうだろうか。もちろん、智恵の和に参加してみていただければ大歓迎である。

4 いくらデバッグしても原因が分からず、
自分はやはり才能はないのだろうか?
5 いくら設計を考えてもよい設計が
思い浮かばず。才能がないのか?

 このような悩みは、スランプではなく幸せものの証である。生みの苦しみ、生んでしまえば幸せものといった感じである。

 しかし、デバッグや設計にはコツがある。それは、視点を変える、見る個所を変えるということだ。いままで考えた方法とは異なる視点で物事を考えてみるやり方は、非常に効果的なものだ。「押して駄目なら引いてみな」といった感じだろうか。これをうまくやる方法は、できるだけ頭の中だけで考えることだ、マシンやノートなどはむしろ邪魔になる。取りあえずマシンからおさらばしている電車の中や風呂の中で考えると、新しい発想が生まれ、それがベースとなって問題が解決することが多いものだ。皆さんは、いかがだろうか。ぜひ実践してほしい。

6 管理のことが気になり、細かな技術が
見えなくなった。これで技術者引退か?

 これは管理職の切実な悩みかもしれない。私も管理職になったときに部下の進ちょくは分かっても、その細かな技術的な内容に入り込むことができずに悩んだことが何回かある。しかし、考えてみよう。管理職が強くなれる技術領域があるはずだ。人をマネジメントするということだけが管理職ということではない。技術もマネジメントしなければ管理職ではないのである。この辺は、会社としても考えてほしいところだ。

 さて、技術もマネジメントするとは、どういうことだろうか? それは、個々の技術を学ぶということだけではなく、その技術を導入するということに対する明確な目的と効果を予測する力である。その視点を持ってそれぞれの技術を見るということである。例えば、UML、オブジェクト指向、データベース、要求管理、開発プロセスといったさまざまな技術はあるが、それらを導入する目的は何であるか。また、その際の効果は何を目指しているのか、といった点を明確に語れるまで考えることである。

 そして、それを部下にしっかりと説明できなければならないし、その視点で部下やチームを動かす先導者にならなければならないのである。もし、「会社は人をマネジメントすることしか考えていない」と悩む管理職のあなたがいたとしたら、そのようなことを考えている暇があったら、即、実践しよう。また、会社を変えることができる立場にいるのはあなたたちである。会社が変わるように動いてみてはどうだろうか。それがどうしても駄目であれば、転職というキャリアアップの方法が取れるではないか。絶対にあきらめて自分の才能をつぶしてはならない。

7 書こうと思った文章が書けない。
人にうまく説明できない

 私にとってこの悩みは、初めて設計書を書く際に気付いた。いまは当時を思い出して笑えるが、設計文書の説明を日本語でたったの2行も続けられないくらい文章能力がなかったのである。このときばかりは、自分の基礎学習能力のなさに悔し泣きしたものだ。

 しかし、下手の横好きで、私には自分で作ったものを書籍化してみたいという思いがあった、GUIコンポーネントの作り方集から始まり、オブジェクト指向方法論まで、いまだにオブジェクト指向方法論は書籍化が達成されていないが、常に書くことの鍛錬をやってきたように思う。そうするうちに、設計書も人並みに書けるようになったので不思議なものだ。

 やはり人は、好きになる、情熱を燃やす、継続する、この3つがそろえば達成できないものはないのではないだろうか。

 以上、私のスランプ脱出法をご紹介した。お役に立つものがあれば幸いである。

筆者プロフィール

萩本順三●豆蔵 取締役。20代後半でエンジニアに転身。その後、泥くさい開発の中からソフトウェアの構造をとらえることに関心を持つ。それをきっかけとしてオブジェクト指向技術に出合う。最初は同技術を疑い続けていたが、いつの間にかオブジェクト指向の虜(とりこ)となってしまい現在に至る。


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