ITエンジニアにも必要な国語力
第3回 必要なのは「言葉のダイエット」開米瑞浩(アイデアクラフト)
2005/10/13
コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。 |
本連載第1回「名前にとことんこだわるべし」では名前、第2回「 『これ・それ・あれ』に気を付けろ」では指示代名詞を取り上げた。3回目に当たる今回は、短くいうことの重要さについて書こう。冗長な表現をそぎ落とす「言葉のダイエット」は、国語力を向上させる重要なポイントなのである。
■取りあえず40字に要約しよう
ITエンジニアは仕様書、提案書、報告書などさまざまな文書を書かなければならない。そのときに心掛けてほしいのが次のような原則だ。
<40字原則> どんなに長い文書を書くときも、最終的にはそれを40字以内に圧縮する |
そんなむちゃな、と思われるかもしれないが、別に無条件にいついかなるときもそうしろということではない。ただ、心掛けとしてはこうあってほしいし、それだけのメリットはある。国語力が向上し、考えている問題についての理解が深まり、相手にもうまく伝えられるという効果が得られるのである。
今回は、この「短くいう」ことによってなぜそんな効果が得られるのかを解説し、実践例を紹介しよう。
■短くいうことの効果
仮に、森羅万象を知り尽くした全知全能の神様がいたとして、その神様に「今度の日本シリーズではどこが優勝しますか?」と聞いてみたとする。神様の答えは、どこか1チームを挙げて「○○が勝つ」というシンプルなもののはずだ。答えるべきことは「どこが勝つか」だけなので、すべてを見通せる目を持っているなら「○○が勝つ」というひと言が答えになるのだ。
ところが、分かっていないとそうはいかない。普通の評論家なら、例えばこう答えるだろう。
<普通の評論家的回答> 投手力、守備力ではAチームが明らかに有利です。一方、打撃力で見るとBチームに一発攻勢の迫力があります。ただAチームの打線もつながると怖いですよね。本命はAチームだと思いますね。 |
「本命はAチーム」という最後のひと言が結論だが、神様ではない人間は分かっていることに限りがあるため、ピシッと結論だけを断言するのは不安なのだ。そのためどうしても「○○だから、××だから」と理由を長々と語りたくなる。こまごまとした理由を列挙する方が知識が豊富そうに見えるからなおさらだ。
場合によっては理由を列挙するだけで満足してしまい、肝心の結論「Aチームが本命」をいうのを忘れてしまうこともある。ひと言でいえば評論家化現象である。これではいけない。
いけないなら、どうすればいいのか。取りあえず短くいうようにするだけで、評論家化現象は回避できる。
ここまでの野球の例を図式化したものが図1である。
図1 短い結論を意識すると、関心と理由の追求が進む |
「短くいう」というのは、実は特定の関心事項に対する結論を出すということであり、当然その前提として「特定の関心事項」が明確になっていなければならない。
前述の野球の話にしても、そもそもの質問が「どこの野球チームが最高ですか」というようなあいまいなものだったら、たとえ神様であっても短く答えることは不可能だ。ファンにとって、選手にとって、オーナーにとって、賭け屋にとってなどなど、視点によって「最高」の意味が違ってくるためだ。
従って、「短くいう」ことを心掛けると、必然的に特定の関心事項を意識するようになる。関心が明確になれば、今度は必要な根拠情報も限定されてくる。そうすると、必要な根拠情報を漏れなく検討したかどうかも検証できるようになる。これが「短くいう」ことの効果なのだ。
<短くいうことを心掛けることによる効果>
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そこで私がお勧めしているのが冒頭の「40字原則」である。どんなに長い文書を書くときも、最終的にそれを40字以内に圧縮(要約)する。
40字というのはかなり短いので、実際にやろうとすると非常に難しい。しかし難しいからこそ、情報を読み取り、考え、表現する力のトレーニングとして効果がある。
手ごろなのは、数行〜数十行、文字数にして1000字程度までの文章である。そのぐらいの文章を書いたとき、あるいは読んだときに、それを40字にまとめることを心掛けよう。40字以下なら普通のワープロ文書の1行にぎりぎり収められるので、見出しとしても使いやすい。
■関心は何か? を考える
前述のとおり、要約するためには、特定の関心事項を明確にしておかなければならない。「いまの関心は何なのか?」を常に意識しておこう。
例えば「明日は台風が来ます。交通機関はすでに運休を決めており、花火大会の開催も不可能です」という文も、誰が聞くかによって、最も重要なひと言が変わってくる。
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表1 聞く人によって関心事項は異なる |
短く要約するのが苦手な人は、関心事項の明確化につまずいていることが少なくない。基本的に、関心事項は相手(読み手、聞き手)に聞かなければ分からない。自分が知っていることを一生懸命書いても、相手の関心とは何の関係もないことなのだ。相手の関心が分からないなら、直接本人に聞くしかない。
それができない場合(相手とコンタクトが取れないとき、不特定多数に向けて書くときなど)は、自分で関心を設定し、それを明記しておこう。FAQによくあるようなQ&A形式(図2)を使えば、関心・回答・補足説明というフォーマットが明確になり、読み手はその関心(Q)が自分の関心と一致するかどうかを読み取れるため、分かりやすい文書になる。
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図2 Q&A形式で関心事項を明記する |
■定型文は取り除く
事故報告やおわび系の文書にありがちなのが定型文である。「この事態を真摯(しんし)に受け止め……」「2度とこのような事故を起こさないように体制を見直し……」「社内の意識の引き締めを図り……」などのいい回しがそれに当たる。
結婚式なら「本日はお日柄も良く」「遠路はるばる」「貴重なお言葉をたまわり」などが常とう句であるように、おわびの文書といえばこれらの文言が必ず出てくる。それらは結婚式の常とう句同様、事実上何の意味もない言葉なのだ。わざわざ要約に書く必要はない。
しかし、はっきりそう意識していないとついつい要約に入れてしまいがちなのである。ある研修の場で事故報告の文書の要約を出題したところ、解答の中には次のような文言が続出した(150字制限の解答から一部を抜粋)。
- 今後の在り方を十分検証し、事故対策を充実させることが肝要である
- 今回の事故を踏まえて事故対策の向上、充実の一層の努力がわれわれの責務である
- 今後は残された課題の解決を図り、事故対策を実効あるものとする
- 今後はさらなる安全対策に努める
上記4例のいずれも、どんな事故の報告書にもそのまま使えそうな文である。このように、別の文書にそのまま使える文を要約に書いてはいけない。
逆に、下記のような、
- 非常時を想定した訓練の不足が、事故を拡大させました
- 今後はすべての回線設備の2重化を行い、可用性の向上を実現します
「訓練不足」や「回線設備の2重化」などの問題を特定した記述なら、その事故特有の事情について語っているため、別の事故報告書にそのままコピーすることはできなくなる。要約にはこのような「特有の事情」を含めるのがポイントである。
ちなみに定型文を使うと、それだけで20〜30文字は費やすので、さすがに40字要約の中に入れるのは難しい。上記の例も150字制限で要約を出題したときの解答の一部だった。だからおそらく、40字で要約しようとすると定型文は自然に少なくなるだろう。実はそれが、40字という厳しい制限をする理由の1つでもある。
■意味内容を構造化(図解)する
要約前の情報がある程度長くなったら、必ず構造化(図解)をしてみよう。図解して全体像を眺めながら細部の整合性を把握すれば、複数の角度から問題を理解することができるようになるものだ。例として次のような文章を要約することを考えてみる。
<インベントリ管理> 企業は自社で使用しているクライアントPCなどのIT資産を適切に管理しなければならない。そのためにはすべてのPCのハードウェアとソフトウェアの資源(インベントリ情報という)を調査・把握する必要がある。インベントリ情報の自動収集ツールを使えば、ネットワークに接続されたPCの資源情報を自動的に収集できる。そのため、管理のための調査労力(コスト)を大幅に削減することができる。 |
このような文章を図解しようとすると、大抵の場合、書かれている情報だけでは足りないものだ。
実際に私が上記例文を読んで書いた図解例を見てみよう(図3)。
図3 書かれていない全体像を把握しよう |
元の例文には、「目標」「ライン業務」「管理業務」「ユース(利用)」「評価・処置」といった文言はない。これらは私が、こうすれば例文の全体像がより効果的に把握できると判断して補ったものだ。図解をしようとすると、どうしてもこうした補足作業が必要になる。難しいことだが頑張ってほしい。
具体的に解説しよう。図3は、目標、ライン業務、管理業務という大まかな3つのブロックでできている。「そもそも企業は目標を達成するために活動する」ととらえ、その活動を「ライン業務」と「管理業務」に大別したわけだ。
ライン業務は、目標を直接遂行するための活動である。システム開発会社ならプロジェクトの成功に向けて打ち合わせを行い、設計書を書き、開発するといった活動を指す。
管理業務は、ライン業務を管理する活動である。
こうした区分をしたとき、例文が「ライン業務に必要なPCについての管理業務」について語っているところまでは分かりやすい。PCのハードウェアとソフトウェアの資源情報(インベントリ情報)を収集する必要があり、それを自動化すればコストダウンができるというわけだ。
この構図を頭に入れて、「AをすればBができる」という形で実際に要約してみよう。
「Aをすれば」の方は比較的簡単で、「インベントリ情報収集を自動化すれば」でほぼ決まりである。
問題は「Bができる」の方で、いくつもの可能性がある。
B1 インベントリ情報収集を自動化すれば、管理業務のコストダウンができる
B2 インベントリ情報収集を自動化すれば、PC管理の最適化を実現できる
B3 インベントリ情報収集を自動化すれば、ライン業務の最適化を実現できる
B1はストレートに「管理業務のコストダウン」とする解答。関心事項がインベントリ情報収集にかかるコストである場合はこの解答でよい。
それに対して、インベントリ情報収集の先にある、評価・処置という活動に注目するとB2のような解答になる。
「本当は評価・処置をきちんとやりたいのだが、その前の情報収集に手間がかかりすぎてそこまでできていない。だから何とか自動化したい」という場合、コストダウンではなく評価・処置そのものの実現が関心事項である。評価・処置というのはPC管理業務の中核である。そこで「PC管理の最適化を実現」としたのがB2の解答だ。
しかし、そもそもPC管理の最適化は何のために行うのかというところに注目すると、B3の解答が出てくる。PCをきちんと管理できれば、必要なPC資源を適切に配分することができ、ライン業務の効率が上がるというわけだ。
以上の3案は、どれが正解というものではない。聞き手の関心事項がどこにあるかに応じて、どれでも正解になり得る。
だが注意してほしいのは、元の出題の例文を目を皿のようにして熟読しても、なかなか3案すべてには気が付かないということだ。B1はすぐに分かるだろうし、B2も何とか思いつくかもしれないが、B3にたどり着くのは難しいだろう。文章を読んでいる間は、書かれていることに発想が限定されてしまう傾向があり、書かれていないことには気付きにくいのである。
だから、図解が必要になる。意味を構造化し、図に表すと必ず空白部分ができるので、空白のところに「気付き」を文章で書き込んでいけば、元の文章に書かれていないことまで発想を広げられるわけだ。今回の問題の場合、「ユース→ライン業務→目標」という展開が「書かれていない気付き」だった。
■今日から実践、40字原則
以上、今回は余計な言葉をそぎ落とし、徹底して短くいうことの効果と注意点について書いた。このような「言葉のダイエット」は、コピーライターだけでなくエンジニアの文書においても、非常に重要であり効果的なのである。ぜひ、今日この瞬間から実践してほしい。
<今回のまとめ> 40字原則:どんなに長い文書を書くときも、最終的にそれを40字以内に圧縮せよ
Point2:定型文は取り除け Point3:意味内容を構造化(図解)せよ |
編集部からのお知らせ |
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