図解の本質はここにあった ITエンジニアにも必要な国語力

図解の本質はここにあった
ITエンジニアにも必要な国語力

第15回 主題以外の「ちょっとした表現」に注目!

開米瑞浩(アイデアクラフト)
2006/12/15

コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。

 この連載は「ITエンジニアにも必要な国語力」がテーマなので、文章の「読解」については何度も扱ってきた。

 今回は少し視点を変えて、「順序・総括表現からの文章読解」について書いてみよう。本当にちょっとしたノウハウなのだが、意外に多くの人の盲点になっているらしく、一度書いておく価値がありそうだということが最近分かったためである。

マトリックスは順序と総括でできている

  これまでも事あるごとに書いてきたように、図解するというのは複雑な情報を整理整頓することであり、結局のところ「マトリックス」(表)を作ることである。そしてそのマトリックスという構造は、極端にいえば「順序と総括」でできている(図1)。

順序 料理の手順をまとめたマトリックス
工程
詳細
切る
ジャガイモ、ニンジン、
タマネギ、肉
煮る
水1000ccで
軟らかくなるまで
味付け
塩、コショウ
総括 明細
図1 マトリックスは順序と総括でできている

 従って、文章として書かれた情報をマトリックス化しようとするときは、これら「順序・総括」の関係を読み取らなければならない。実はそのための手掛かりは文章のちょっとした表現から得られるのだが、意外にそれが見落とされてしまうことが多い。

 例えば図1の「工程」部分が次のように書かれていたとしよう。

切ってから、煮たうえで、味付けします

 すると、この文中の赤字部分「てから」「うえで」は、どちらもその前後が時系列で順番につながることを意味している。抽象化して書くと下記のようになる。

「手順1」してから、「手順2」したうえで、「手順3」します

 こうあれば、手順1・2・3が何だろうと、その順序に行うものだということが分かる。

 当たり前の話ではある。当たり前すぎて、こんなことをわざわざ意識する必要があるとは私も考えていなかったぐらいだ。

 ところが、先日ある会社でプレゼンテーションドキュメント講座を開催したときのこと。受講生がごく簡単なマトリックスを考えるところを観察していると、この「当たり前の話」になかなか気が付かない様子が見て取れた。これは一体なぜだ? と私は思ったのである。1人や2人ではなくかなりの人数に共通する傾向だったので、ここには何か本質的な問題が潜んでいる可能性が高い。

 そこで私なりに考えた理由は2つある。

 まず第1に、この種の情報を読むときには、「手順1・手順2……」のように情報の核となる文言の方に気を取られてしまい、「てから」「うえで」のような、単に文法上必要だから書いてある言葉には意識が向かない傾向があるということ。

 人間の意識は1つに集中するとほかは見えなくなるわけで、これはいかにもありそうなことである。

 第2に、そもそもマトリックスを構成するための「順序解釈」をするとき、この種のちょっとした書き方が大きな手掛かりになるという事実が知られていないのではないかということだ。

 実際のところ、いつもいつも「てから」「うえで」が手掛かりになるわけではない。日本語の文法でこれを何詞というのか知らないが、現実の文章ではこれがさまざまなバリエーションで現れる。

 例として、次の文でそれを考えてみてほしい。

<例文1:e-Japan戦略>

わが国では、e-Japan戦略に基づく世界最高水準のIT社会が実現しつつあり、企業においてもITの利活用が飛躍的に高度化し、ビジネスの効率化・高付加価値化をもたらしている。今や我々の経済活動や社会生活はITによって支えられていると言っても過言ではない。(出典:経済産業省「企業における情報セキュリティガバナンスのあり方に関する研究会報告書」)

 このテキストの中では、どこが「順序解釈の手掛かり」になる文言だろうか。少し考えてから次を読んでみてほしい。

ちょっとした表現から順序構造を判断する

 実はこの例文1、私がプレゼンテーションドキュメント講座で出題した文そのものである。この文の主題は最後の「今や我々の経済活動や社会生活はITによって支えられている」にあり、前の文がその根拠を説明しているような関係になっている。これを「2行2列」のマトリックスに構造化してみようという出題だった。

 この中に、「順序解釈の手掛かり」を与えてくれるちょっとした表現が少なくとも3つある。

 比較的分かりやすいのは最初に出てくる2つで、まず「基づく」という言葉がそれである。

Aに基づくB

とあったら当然AはBよりも早く起こったことを意味しているので、これだけで「e-Japan戦略」が「世界最高水準のIT社会」よりも先であるということが分かるはずだ。

 もう1つ、ちょうどこの「基づく」の部分に対応するのが下記文中、赤字の「し」の1文字である。

ITの利活用が飛躍的に高度化、ビジネスの効率化・高付加価値化をもたらしている

 この2つは比較的分かりやすい。だが、分かりにくいのがもう1つある。

企業においてもITの利活用が飛躍的に高度化し

 この「においても」がそれだ。実はこの言葉は単なる順序ではなく、並列構造を表現するときに使われる。例えば下記のようなパターンである。

AについてはBによってCとなった
XにおいてもYによってZとなった

 つまり、「XにおいてもY」という表現があったら、そのすぐ近くのどこかに「AについてはB」というフレーズがなければいけないのである。もしそれがなければ、違う形で書かれているか、あるいは省略されていることになる。例文1では果たして「AについてはB」は存在するだろうか。

 実はこれがないのである。参考までにその「ない」部分を補って例文1をマトリックス化したチャートを図2として掲載しておく。

市民社会
企業
行動の方向性
e-Japan戦略
ITの利活用の高度化
その結果達成されたこと
世界最高水準のIT社会
ビジネスの効率化・高付加価値化
図2 ITは経済・社会の根幹

 「経済活動や社会生活」という言葉が見られることから、

経済活動=企業
社会生活=市民社会

と対応づけて、企業と市民社会を並列する当事者としてマトリックスに登場させたのが図2である。この「市民社会」という言葉が例文1には出てこない(ちなみにe-Japan戦略は国策として推進したものと考えて「市民社会」の代わりに「国」とする案もあり、そちらを採用すれば冒頭の「わが国では」という文言が一応あることはある)。

 原文に書かれていないなら自分で何か手ごろな言葉をひねり出さなければならないので、それはそれで難しい。だがしかしその難しさも「書かれていない空白部分がある」ことを発見してからの話で、そもそも空白部分に気が付かないうちは一歩も先に進まない。

 その「マトリックスの空白を見つける」ために大いに役に立つのが、今回紹介している「ちょっとした表現」なのである。

 「基づく」「し」のように単純な順序構造を表す言葉もあるし、「においても」のように並列構造を表す言葉もある。それらを手掛かりにすれば、マトリックス構造は1つ1つの概念に深入りしなくてもかなりのところまで組み立てられるわけだ。

 「e-Japan戦略」や「IT社会」のように原文のテーマに直接かかわる文言に比べると、これらの「文法的に必要だから使われるちょっとした表現」の文言は地味であり、地味な分だけ注目されにくい。しかしここまで見てきたとおり、構造を見極めるうえで非常に大きなヒントを与えてくれる場合が多いので、ばかにせず意識的に注目してみてほしい。

総括表現にも注意しよう

 一方、順序ではなく「総括」する表現にも注意しておきたい。若干長くなるが次の例文で考えてみよう。

<例文2:不十分な情報セキュリティ対策>

このようにITが企業、ひいては社会の「神経系」を担う一方、コンピュータウイルスやワームの感染拡大、機密情報の流出、システムダウン等、新しいタイプのリスクも顕在化しており、各企業は先に述べた競争の中で、このような新次元の事業リスクにも対応すること、つまり情報セキュリティ対策を適切かつ十分な形で推進することが必要不可欠となってきている。しかしながら、企業の情報セキュリティ対策は、上記のような事故が発生した後に場当たり的に対応するなど、適切になされているとは言い難い状況である。(出典:経済産業省「企業における情報セキュリティガバナンスのあり方に関する研究会報告書」)

 例文1に比べると長いし、一見入り組んだような印象を与えるが、意外に構造は単純だ。大まかな流れとしては

Aという背景のもと、
Bという問題が起きてきた。
本来はCでなければいけないが、
現実はDになってしまっている

というそれだけのものである。このパターンは問題点を考えるときによく出てくる典型的なもので、珍しくもない。

 だからもともと比較的簡単なのだが、「総括表現」に注目すると読解はさらに簡単になる。具体的には「等」「つまり」「など」の3つが総括表現に該当する。ちなみに総括部分を赤字で示すと下記のようになる。

コンピュータウイルスやワームの感染拡大、機密情報の流出、システムダウン等、新しいタイプのリスクも顕在化

このような新次元の事業リスクにも対応すること、つまり情報セキュリティ対策を適切かつ十分な形で推進すること

上記のような事故が発生した後に場当たり的に対応するなど、適切になされているとは言い難い

 ご覧いただけばお分かりのように、「等」「つまり」「など」は具体例に対して総括を持ち出すときによく使われる文言である。従ってこれらの文言を発見したら、その前後を「枝葉」対「総括」と見なし、枝葉を取りあえず無視して総括部分だけ眺めてみれば全体構図を読み取るのには十分だ。参考までに枝葉を削った文面を示すと下記のようになる。

<例文3:不十分な情報セキュリティ対策(総括)>

このようにITが企業、ひいては社会の「神経系」を担うに従い、新しいタイプのリスクも顕在化しており、各企業は情報セキュリティ対策を適切かつ十分な形で推進することが必要不可欠となってきている。しかしながら、現実にはそれが適切になされているとは言い難い状況である。

 以上、枝葉がなくなると一直線のストレートな流れがシンプルに見えてくることがお分かりいただけるだろう。

 さらにチャートを描ける場合は下記のように「総括+詳細」をマトリックス化しておけば完ぺきといえる。

概要
詳細
背景の動き
ITが企業・社会の「神経」へと発展
新しい困難
情報セキュリティリスクの顕在化
ウイルスやワームの感染拡大、機密情報の流出、システムダウン
あるべき姿
情報セキュリティ対策の適切な推進
新次元の事業リスクにも対応
現実の状況
極めて不適切
事故発生後の場当たり的な対応
図3 不十分な情報セキュリティ対策

「ちょっとした表現」に論理構造が表れる

 以上、例文1・例文2と2つの事例を通じて、「文法的に必要なのでやむを得ず置かれた、ちょっとした表現」が、全体の論理構造を読み取るための大きなヒントになることをご理解いただけただろうか。

 文章を読むときにはついつい「主題」に直接関係のある用語、固有の概念に目が向きがちだが、それだけでは大きなヒントを見落とすことがある。「ちょっとした表現」に注意するというだけの「ほんのちょっとしたノウハウ」ではあるが、ぜひ意識的に駆使できるようになってほしい。

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