図解の本質はここにあった ITエンジニアにも必要な国語力

図解の本質はここにあった
ITエンジニアにも必要な国語力

第18回 ネーミングをとことん考える

開米瑞浩(アイデアクラフト)
2007/5/25

コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。

 今回は、この連載の第1回で書いた「名前にとことんこだわるべし」の続編である。

 なぜ17回もたってから続編かというと、「名前にとことんこだわる」ことの重要性にあらためて気付かされる出来事が最近あったためだ。

 というのは2007年も4月を過ぎて新年度となり、いくつか新入社員研修に呼ばれて行ったところ、ちょうど第1回のテーマである「名前」を考える実習の評判が良かったのである。それならば「名前を考える」をとことんやるような続編があってもいいのではないか、ということで今回の記事となった。

 今回は初めに問題をまとめて出し、その後に解説をこれもまとめて書くという構成にした。もちろんその理由は、「問題」をまず自分で少し考えてから「解説」部分を読んで確認できるようにということである。そのつもりで本文を読んでほしい。

ある「構造物監視システム」の機能説明

 以下の課題文は、システム名称がSG9という「構造物監視システム」の一部の機能について説明している。SG9は要するに防犯のためのシステムであり、複数の入り口や窓、収納庫などのチェックポイントに配置したセンサーの状態を監視し、異常があれば必要な警告・通報措置を取る機能を備えている。この機能説明を読んで、それぞれの機能に付けられた名前が適切かどうか、適切でないならばその理由は何で、どんな名前なら適切かを考えていただきたいのである。

<課題文:SG9システム機能説明>

機能名:メモリ機能
機能説明:SG9は異常を検出した場合、その内容をメモリに保持し、管理者の操作に応じてレポートします。

機能名:コントロールモード機能
機能説明:SG9には複数パターンの動作モードを設定することができ、それぞれの動作モードにおいて一部のセンサーを監視対象から外す指定が可能です。

機能名:サイレントレポート機能
機能説明:SG9は侵入者を検出したとき、管理者にのみ通報を発することができます。これによって侵入者が気付いて逃走を図るタイミングを遅らせることが可能になり、緊急配備の時間を稼ぐことができます。

機能名:フェイズドアラーム機能
機能説明:SG9は「侵入」のフェイズを複数設定し、各フェイズにおいて異なるレベルの警告動作をさせることができます。例えばドアや窓に異常な振動を検知した「イエロー」フェイズでは小音量の警戒音を鳴らし、内部への侵入を検知した「オレンジ」フェイズでは大音量の警戒音を鳴らすなどです。これにより侵入者に警戒心を起こさせ、撃退することが可能です。

 以上、4つの機能名とその機能説明の組み合わせについて、考えてみよう。

メモリ機能〜メモリするものは何か?

 まずは「メモリ機能」という名前から考えてみよう。

 「メモリ」というからには何かメモリするものがあるはずなのだ。それが何なのか、この名前だけから想像がつくだろうか?

 思いっきり想像をたくましくしてみると、次のようなものが考えられる。

(a)監視中に検出した異常値 (課題文中で意図したもの)
(b)監視中の生データ(異常値以外のものも含む)
(c)SG9システム自体の設定パラメータ

 これは「メモリ=記録する」機能と考えた場合の候補である。あるいはほかにも「メモリに関する機能」と見なせば、こんなものも考えられる。

(d)メモリテスト機能

 さすがにメモリテスト機能はなさそうだが、それでも例えば「SG9で使用する記録媒体にフラッシュメモリのような外付けのメモリ媒体があり、それがしばしばエラーを起こすのでテスト機能を組み込んだ……」というような状況まで想定すれば、まったくあり得ない話とはいえない。

 結局のところ、「メモリ機能」という名前だけからその機能の内容を予想するのはほとんど不可能である。こういう名前はよくない。

名前から想像できる意味が何種類もあると、名前と意味の対応関係を全部覚えなければならず、負担が重くなる
   
意味 監視中に検出した異常値を記録する機能
   
   
名前 メモリ機能
意味 監視中の生データを記録する機能
   
   
   
意味 SG9システム自体の設定パラメータを記録する機能
図1 意味を想像できない名前はダメ

 ではどんな名前ならよいか。例えば(b)の「監視中の生データ(異常値以外のものも含む)を記録する機能」の場合、航空機のフライトレコーダーに似ているので、「○○○レコーダー」という名前が有力である。○○○の部分に使う候補としては「センサー」「ガード」「ウォッチ」「リアルタイム状況」などが考えられる。

 また、(c)の場合は「パラメータ保存機能」でよいだろう。(d)はそのまま「メモリテスト機能」で通用する。

 残る(a)の場合、「異常値」を記録するところに意味があるので、そのまま「異常値」「エラー値」「イリーガル値」などを使う名前が考えられる。また、その「異常値」の意味は何かといえば「侵入者と疑われる事象」ということになる。「事象」は「イベント」あるいは「インシデント」という呼び方もあるし、「侵入者と疑われる」については「不審」「不正」「疑惑」などが候補に挙がる。

 最終的に私が選んだ名前は、

不審インシデントレポート機能

だった。「レポート」という言葉の方に、「記録しておいてまとめて報告する」といったニュアンスがあるため、「メモリ」を使うよりも適切だろうと判断したわけである。

 ただし別にこの名前が絶対というわけではないので、読者はこれをヒントに各自考えてみてほしい。

コントロールモード機能

 説明を読むと、これは要するに「監視範囲を縮小する機能」であることが分かる。しかし、「コントロール」でその意味が素直に通じるとは考えにくい。確かに「コントロール」には「カロリーコントロール」「コピーコントロール」など、「制限する、削減する」を意味する用法がいくつもあるのだが、かといってここで読み手がその類推を働かせてくれることは期待できない。どちらかといえば、監視を止めてしまってシステムの調整を行う「メンテナンス」の意味とも取れる。これも別の名前の方がよいだろう。

 例えば、

縮退監視機能

などが考えられる。もし、これでは「複数パターンの動作モードを設定することができる」という面を表現できていない、ということが気になるようなら、

縮退監視パターン設定機能

あるいは念には念を入れて

縮退監視パターン複数設定機能

としておけばよいだろう。

サイレントレポート機能

 この名前の問題点は、「レポート」の語感にある。「レポート」という言葉は、少なくとも日本語では、状況を調べて整理して、「後で出すもの」なのである。しかし機能説明を読むとこのレポートは「侵入者を検知したその瞬間、すぐに」出されることが分かる。これを「レポート」と呼ぶべきではないだろう。

 ここはレポートの代わりに、その場ですぐに通報するようなイメージを与える言葉でなければならない。例えば「アラート」「アラーム」「ホイッスル」である。そこで、

サイレントホイッスル機能

は有力な案である。ホイッスルが「警報」として理解されにくければ「アラート」「アラーム」でも問題ない。また、「侵入者に気付かれないように」というところを「サイレント」で表しているわけだが、「気付かれないように」という部分を表現するのに少し遊び心を出すと「ステルス」を使うことも考えられる。

フェイズドアラーム機能

 この名前についての論点は2つ。1つは、「フェイズド」という用語が通用するかどうか。もう1つは、「アラーム」が侵入者を撃退するためのアラームだということが伝わるかどうかである。

 前者についてはなかなか微妙で、「フェイズ」が進行段階を表すことはビジネス用語としては広く認知されているとしても、それを「フェイズド」という形で使ったときに通用するかどうかは疑問が持たれるところである。

 後者についてもおそらく難しいはずで、「アラーム」だけでは「対・侵入者」のイメージははっきりしない。例えば「撃退」や「カウンター」という用語を使うとそのイメージがある程度伝わりそうだ。そこで、

多段階撃退アラーム機能

という案が考えられる。なお、「警告、警報」の意味に「アラーム」を使っているが、ここで使用する用語は前述の「サイレントホイッスル機能」で使用したものとは重ならないようにした方がいい。サイレントホイッスルの方は「侵入者に気付かれないように」設計されたものであるのに対して、撃退アラームの方は逆に「気付かれるように」設計されているわけで、その2種類に同じ名前を使うべきではないからだ。

名前はすべてのコミュニケーションの土台である

 以上、4つの機能名はいずれも何か問題があり、そのまま使うべきではないというのが結論である。

 もしそのまま使ってしまうと、誤解を与えたり、理解に時間がかかったりというコミュニケーション上の問題を引き起こす可能性が高い。

 名前はすべてのコミュニケーションの土台であり、しかも一度決めるとその影響は後々まで残る。安易な思いつきで名前を付けると、間違いなく後悔することになるだろう。

 ネーミングには細心の注意が必要なのである。

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