出光の営業利益が80億円増加した理由お茶でも飲みながら会計入門(21)

意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど。すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。

» 2009年10月08日 00時00分 公開
[吉田延史日本公認会計士協会準会員]

本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。


今回のテーマ:棚卸資産の評価方法

 当社は、たな卸資産の評価方法について、従来、後入先出法によっていましたが<<中略>>当第1四半期連結会計期間より総平均法に変更しています。この結果、従来の方法によった場合と比べて、営業利益は8,018百万円増加し、経常損失、及び税金等調整前四半期純損失は同額減少しました。(出光興産 平成22年3月期第1四半期報告書「会計処理基準に関する事項の変更」より抜粋)

 企業が製造・販売する目的で保有する資産は棚卸資産と呼ばれ、ほとんどの企業にとって本業に直結する資産です。上記の出光興産の四半期報告書によると、同社は棚卸資産の評価方法について変更し、その結果、従来の方法と比較して約80億円営業利益が増加したと説明しています。評価方法を変更しただけで、どうしてそれだけの利益変動が起こるのでしょうか。今回は、棚卸資産の評価方法について解説します。

【1】仕入値はいつも同じとは限らない

 まず、どういった場合に棚卸資産の評価が必要かについて解説します。原油を仕入れて販売するA社を例に取ります。A社が原油を常に同じ価格で仕入れることができれば、後入先出(あといれさきだし)法を採用しても総平均法を採用しても、結果は同じです。しかし、原油の値段は常に変動します。先月は1万円でも、今日は1万5000円かもしれません。そこで、以下の設例について考えます。

【設例】

原油を先月1万円で1バレル買い、昨日1万5000円で1バレル買い、今日そのうちの1バレルが売れたとします。残った1バレルの原油の購入単価はいくらでしょうか。


 この単価の算定が、棚卸資産の評価方法です。この評価方法はいろいろありますが、ここでは重要な4つの方法を取り上げます。

【2】棚卸資産の4つの評価方法

 棚卸資産の評価方法について、4つの方法を順にみてみましょう。

(1)先入先出(さきいれさきだし)法……先に入庫したものから順番に出庫したと考えて、購入単価を算出する方法です。この方法を採用した場合には、設例の答えはどうなるでしょうか。先に入庫したのは、先月買った1万円の1バレルです。これを出庫したと考えるのですから、残っているのは昨日買った1バレルです。つまり、残った1バレルの購入単価は1万5000円となります。

(2)後入先出法……後に入庫したものから順番に出庫したと考えて、購入単価を算出する方法です。(1)先入先出法と1文字違いですが、大違いです。同じように設例を考えてみましょう。後に入庫したのは、昨日買った1万5000円の1バレルでした。これを出庫したと考えるのですから、残っているのは先月買った1バレルです。つまり、残った1バレルの購入単価は1万円となります。

(3)総平均法……ある期間に買った金額の合計を買った個数で割って、購入単価を算出する方法です。この方法によると設例の在庫購入単価は「(10000+15000)÷2=12500」で1万2500円となります。

(4)移動平均法……購入したときに、在庫と購入したものの平均を取って、購入単価を算出する方法です。この方法によると設例の在庫購入単価は「(10000+15000)÷2=12500」で1万2500円です。この設例では、(3)総平均法と同じ結果となりましたが、売り買いを繰り返すと、両者の結果がずれてくることになります。

【3】総平均法はお得な評価方法なのか

 さて、冒頭の出光興産は、評価方法を後入先出法から、総平均法に変更しました。その結果、後入先出法で決算を行うのに比べて、80億円も利益が増加しました。その理由について考えます。

 前期末までは、後入先出法を採用しており、後から仕入れたものを出庫したと考えて計算していました。つまり、在庫は昔に仕入れた原油の購入単価ということになります。ここ数年、原油価格は上昇し続けていますから、相対的に安く仕入れた原油が前期末の在庫として貸借対照表に計上されることになります。上記の設例では1万円でした。この第1四半期でも同じ後入先出法を採用していれば四半期末の在庫は1万円になっていたはずです。

 総平均法にすると、この四半期末の在庫は高いものと低いものの平均で貸借対照表に計上されます。上記の設例では1万2500円になりました。売り上げに要した費用(売上原価)は、「期首在庫+当期仕入−期末在庫」で決定されるので、期末在庫が高い総平均法による方が、売上原価が低くなり、利益が増加するのです。

 なお、総平均法に変更すれば必ず利益が増加するかというと、そうとは限りません。出光興産は損益を良く見せようと思って、総平均法に変更したわけではありません。国際会計基準では後入先出法は認められておらず、日本でも認めない方向に会計基準が改正されたため、それに合わせて会計方針を変更したのです。

 これらの評価方法はシステム構築においても、単価計算のメカニズムに影響するため、非常に重要なものです。

 棚卸資産の評価方法について再度おさらいしておきましょう。

【キーワード】 棚卸資産の評価方法

同一商品の売買を繰り返し行い、期末に残った在庫の(単価)評価を行う方法のこと。主な評価方法として、先入先出法、後入先出法、総平均法、移動平均法などがある。


 先入先出という言葉は、会計以外の場面でもしばしば使われるようです。わたしは会計の知識がない前職時代に「先入先出的に仕事をするのではなく、重要なものから片付けていくようにしないといけない」と先輩に諭されたのですが、当時は理解できませんでした。4つの評価方法についてなじみを深めて、それぞれの処理を直感的にイメージできるようになるといいですね。それではまた。

筆者紹介

吉田延史(よしだのぶふみ)

京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。

イラスト:Ayumi



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