長谷川玲奈(@IT自分戦略研究所)
2006/8/10
ビジネスの世界で注目されるコーチング。知識としては知っていても、体験する機会は少ないだろう。そんな中、「Experiencing the Art of Possibility〜コーチングを実証する」というテーマで興味深いイベントが開催された。その様子を紹介する。 |
■誰もが持っている「可能性」
「『可能性』とは、誰もが持っている力。人を可能性の世界に導くのがコーチの仕事であり、それは誰にでもできることなのだ」
ボストン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者であり、団員指導の経験からコーチとしても活躍中のベンジャミン・ザンダー(Benjamin Zander)氏が7月30日、「コーチングフォーラム2006『Experiencing the Art of Possibility〜コーチングを実証する』」(コーチ・トゥエンティワン、コーチ・エィ共催)での講演で繰り返し伝えていたのはこのメッセージだった。
ボストン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者、ベンジャミン・ザンダー氏 |
可能性の世界とは何だろうか。ザンダー氏は、考え方によってまったく異なる2つの世界があるとする。「これをしたらどうなるだろう?」と考える、あらゆる可能性に満ちた世界と、「不可能だ、希望がない、もうだめだ」と考える下降らせんの世界だ。コーチの仕事は、下降らせんの世界を可能性の世界に変容させることだという。
2つの世界について、ザンダー氏はこうも説明する。「固定化された現実の世界では、富や名声、力を得ることをゴールとしている。いい成績を取り、いい結婚をし……というようにゴールに至る手順が決められ、『〜べきだ』『必要だ』とおどかされ、責められるばかり。こんな世界で子どもたちの目が輝くだろうか? これに対し、可能性の世界には手順もゴールもない。宝物はどこに埋まっているか分からない。そこではボストン・フィルハーモニー管弦楽団の『情熱を持って世界中に音楽を届けたい』のようなビジョンが動力源となる。『もしこうしたらどうなるだろう?』という考えや提案に満ちている」
ザンダー氏は、ビジネス界の指導者も9歳の女の子も、皆リーダーでありコーチであるという。「なぜなら、言葉を発するたびに人を可能性に向けるか、『下』に向けるかどちらかであるからだ」。この言葉は、誰もが可能性を持っていること、自分だけでなく周りの人の可能性をも開くことができることを明確に表している。
■すべては作り出されたもの
ザンダー氏は、人を縛り、考えや行動を規制してしまう認識のようなものについて「すべては作り出されたもの。いくらでも作り替えることができる」と語る。
「皆が枠を作りたがる。枠を超えて可能性の世界に踏み出そう」と呼び掛ける。枠を超えるためには、自分が気付いていないことは何だろう、何か自分にできる新しいことはないだろうかと問うだけでいいという。
作り出されたものの1つの例として、ザンダー氏は「評点のA」を挙げた。実際に大学で教えたとき、学生が成績への不安によって自分の可能性をつぶしてしまうことを防ぐため、全員にAを付けることを考え出したという。「Aを付けることは可能性をプレゼントすることであり、相手が尊敬に値する人であることを示す」とザンダー氏は話す。これは教師と生徒という関係だけでなく、すべての人間関係に当てはまるものだという。相手にAを付けることによって、双方の可能性を広げ、新しい関係を築くことができる。尺度に縛られることや他人と比較することから解放され、あらゆる可能性を見いだすことができるからだ。
「可能性を見いだしたとき、人の目は輝く」とザンダー氏は語る。
■音楽を通じてコーチングを実証
ザンダー氏はただ話すだけではなく、実際にコーチングの手法を用いて観客やゲストを巻き込んでいく。
「カルテット・ノン・トロッポ」のメンバーにコーチングをするザンダー氏 |
開催当日に誕生日を迎えた観客の1人をステージに上げ、全員で「ハッピーバースデー」と歌う。どこに強弱をつけるか、どの言葉にアクセントを置けばいいかと問い掛け、「もっといい歌い方ができないか」を観客とともに考える。「これは皆からの贈り物。彼がこの誕生日のことを一生忘れないように。彼の経験は、将来彼の周りの人にも影響を及ぼすから」と訴え、会場全体を1つにする。
「皆さんはこの歌の歌い方が1つではないことに気が付いた。今後、このことを知らない人に出会ったとき、3つの選択肢がある。無視するか、怒るか、そこに可能性を見いだして自ら指揮を執るか。これはすべての状況においていえることです。選ぶのは皆さん自身なのです」と語り、すべてはどの世界を生きるかにかかっていることを強調する。
アマチュアのカルテットの演奏に対してコーチングを行う。「パートナーシップが重要だよ」と演奏者のいすを近づけ、「この音はどこにつながる? どちらの弾き方がいい?」とやりとりし、チームをまとめ上げる。実際に音が変わっていき「可能性の世界に飛び立つ」のを観客とともに確認する。音楽を通して、まさにコーチングを実証していく。約1300人の観客は身を乗り出して聞き入った。
■可能性に戻る、たった1つの言葉
ザンダー氏の夢は、1週間どんな人とのどんな会話にも可能性があること、もっと大きな夢は1カ月間どんな人とのどんな会話にも、どんな人間関係にも可能性があることだという。「皆さんが今後、周りの人の可能性を開いていく可能性にかけて日本にやってきた。これは何という素晴らしいことなのだろう。こんな特権を与えてくれてありがとう」
「可能性はいつも1つの文章に込められています。いかに悲しんでいようと、怒っていようと、不幸なことが起きようと、1つの文をいうことで可能性に戻ることができます。コーチである皆さんの仕事は、そのたった1つの言葉を探し出すことです。幸運を祈ります」と語り、4時間弱にも及んだパフォーマンスを締めくくった。
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