加山恵美
2006/3/9
■ドラマ「24」のように動くのが理想
コミュニケーションの不完全さが問題を引き起こすとはいっても、やはり人間なので完ぺきにはなれない。相手のことを完ぺきに理解できる人間はいないし、自分のことを完ぺきに伝えられる人間もいない。最初は小さな溝でも、気付かぬうちに広がっていくことが多い。
と、田中氏はテレビドラマの話を始めた。
「『24』って知っていますか?」
人気ドラマなので知っている人も多いだろう。CTU(テロ対策ユニット)のメンバーの活躍を描く米国のテレビシリーズで、リアルタイムに進行する物語の緻密(ちみつ)さやスピード感で人気を博している。田中氏もこのドラマのファンだという。「彼らのように動くのが理想です」と、わくわくした顔をしながら話す。
ドラマではメンバーは別行動を取る。それぞれが持ち場で問題に挑み、必要なことをリーダーに連絡する。的確な判断力と自立した行動力を持って動く姿は確かに理想的だ。加えて「関係者が問題を取り囲む体制がポイント」と田中氏は指摘する。
一般的な組織はピラミッド型で命令系統が上下に流れるが、火を噴いたプロジェクトなどの緊急事態では、問題を中心に据えてそれを関係者が取り囲む体制がいいという。それぞれが問題から等しい位置にいるので、機敏に動くことができる。
「問題を中心に、個人が面で動くことが重要です」
上下(指揮系統)の1次元の動きではなく、上下と左右(同僚)を合わせて縦横無尽に、2次元の動きをするのがいいという。動きの早いエンジニアは指示をただ待つのではなく、自ら作業を積極的に進めていく。
■大量の人員投入で組織を立て直す
ドラマ「24」のテロ目前の状態と火を噴いたプロジェクトは、緊急事態という点で共通している。田中氏は「ドラマでは主人公が超法規的な手段を取ることもあります」と話す。緊急事態におけるプロジェクトでも通常のルールで動いていては事態の解決は困難だと説く。
状況を劇的に変えられる手段の1つに大量の人員投入があるという。田中氏が経験したプロジェクトでは100人の現場に60人が追加投入された。メンバーは1.6倍に膨れ上がり、あらゆるポジションに新しい人員が配置される。こうなると命令系統も組織構造も、コミュニケーションの流れも変わる。「組織を一度『壊す』くらいのインパクトがあります」と田中氏はいう。この組織の再編成で状況を立て直す。
大量の人員投入には、単に手足の数を増やすだけではなく、組織の動きを変える効果がある。停滞してしまったプロジェクトにはこうしたショック療法が必要なときもある。
■新参者が戦友に変わるとき
古参メンバーにしてみれば、新参者の到来はまさにショッキングな出来事だ。「最初の3日間は大ゲンカ」と田中氏が話すとおり、異質な新メンバー到来のストレスで現場の生産性は一度は下がる。さらに現場では緊張感が高まっている。その理由を田中氏はこう付け加える。
「煙が出ると、人間は自然と守りに入ってしまいますから」
古参メンバーも最初にどこかで煙が出たとき、うすうすは気付いている。不具合の気配のようなものを感じ取っているのだ。だが解決に乗り出すほどの余裕はなく、自分に火の粉がかからないように警戒態勢に入ってしまうことが多いのだ。それがプロジェクトの停滞という悪循環を生んでしまう。助っ人が到着するころには精神的にも体力的にも限界に近く、新メンバーを受け入れられない精神状態になっていることもあるという。
緊張状態で新メンバーに自分の作業をひととおり精査されるのだから、古参メンバーにとって心地よいはずがない。しかし確認は必要だ。胃カメラを飲むようなものだろうか。多少の苦痛は伴うが、問題がないことを証明しなくてはならない。もし問題が見つかれば治療も必要になる。
ショックの後、古参メンバーと新メンバーの緊張が緩和してくると状況は上向きに転じる。最初は「おれの作業のどこに穴があるというのだ」と強情な態度でいたITエンジニアも、新参者が戦友と思えるようになると「実はここが危ないと思うんだ」と打ち解けてくるという。和解が進めば、問題解決も効率よく進む。
■コミュニケーション不全を解決する
とはいえ、信頼関係を築くことは簡単ではない。人間関係は時間が解決することもあれば、反りが合わずどうしても駄目なこともある。温厚そうな田中氏ですら、最後まで警戒されたままのときがあるという。そういう場合は割り切って必要最低限の会話で過ごす、ほかの人を経由して状況を聞くなどするそうだ。
同僚とは仲良しになれ、そう勧めているわけではない。火を噴いたプロジェクトではコミュニケーション不全が生じている。正常な状態にするには、必要な情報が正しく流れるように、停滞しているコミュニケーションを立て直さなくてはならない。
コミュニケーションを立て直すとは、プロジェクトで必要な情報が正しく流れるようにするということだ。「この作業はあと1日で終わります」「この処理でこういうデータがくるとエラーになります」「手前で○○のチェックが必要です」など、メンバーの間で共有するべき情報が伝わるようにすることが必要だ。
「プロジェクトがコントロールを取り戻すと、今度はメンバーの心にいい火が付きます」と語る田中氏 |
決められた系統で情報伝達が行われるようにするだけでなく、縦横無尽に連絡が行き交うようにすることが望ましい。先に田中氏が指摘した「それぞれが問題を中心に面で動くように」ということだ。上下とだけ連絡を取り合うのではなく、関係するあらゆるメンバーと確認し合う。すると連絡経路が上下だけでなく左右や斜めに渡されるようになり、情報の過疎地域が減る。
状況が改善してくると次第にメンバーの心理状態も回復してくるという。「この様子なら乗り越えられそうだ」と思えるようになり、状況打開への勇気がわいてくる。そうなると好循環が生まれてくる。
よく「人海戦術」というが、今回の話では単に頭数を増やせば成功するとは限らないということが分かる。追加動員で組織を一新させることに意義がある。
もちろん機動力のあるメンバーでないと逆効果になりかねないので、人選には注意が必要だ。のろのろしていたらかえって足手まといになってしまう。だが、そうした人員を即座に投入できるかどうかは企業の体力次第でもあるだろう。
「弊社では比較的即座かつ柔軟に人員を投入したり、エキスパートを呼び寄せたりすることができます」と田中氏はいう。ここは日本HPの強みでもあるのだろう。
■火消しに裏技はない
ひととおり話を聞き、当然といえば当然だが、安易に一発逆転となるような火消しの極意やツボはないように思えた。混沌とした状態をいかに正常の状態に戻すか、プロジェクトとしての制御をいかに取り戻すか。それにはメンバーが連携して問題を解決するのが確実で賢明な道だ。
たいていは消防車1台、スーパーエンジニア1人で鎮火できるほど容易ではない。火事場ではあらゆる分野のエキスパートが助っ人として登場し、それぞれのメンバーが連絡を密にして自発的に行動することで、事態は収拾に向かう。問題発生の背景にはコミュニケーション不全が潜んでいる可能性があるので、情報伝達を停滞させないようにすることが鉄則だ。
素早さも肝心である。火消し部隊は機敏に動かなくてはならない。メンバーの機動力を確保するためには、従来のピラミッド型のような指揮系統ではなく、自由に行動できるような組織構造にすることも効果がある。それが「面で動く」ということだ。
火を噴いたプロジェクトの現場では、メンバーのコミュニケーションや機動力が早期解決に必要な要素だといえそうだ。
今回のインデックス |
出動! 火消しエンジニア 火事場では何が起きているのか (1ページ) |
出動! 火消しエンジニア 火事場では何が起きているのか (2ページ) |
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